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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第三章
77/333

6

洗濯を終えたイヤナは、畑が無い方の庭に組み立てた物干し台に自分のインナーとペルルドールのワンピースを吊るした。

サコのズボンとセレバーナのYシャツが先に干してあったので、邪魔にならない様に気を付ける。


「……これで、良しと」


朝の仕事を終えたイヤナは、青いノートを持って村の畑の手伝いに行く。

すると、ウェンダが先に仕事を始めていた。

昨日は昼過ぎになってからやっと顔を出して来たくらいだったのに。


「あ、イヤナちゃんおはよう~」


「おはようございます、ウェンダさん。今日は早いんですね」


「イヤナちゃんの課題の締め切りが今日だから、先に色々とやっておこうと思ってね」


ウェンダの手には小さな木箱とピンセットが有る。

葉物野菜に付く虫を取ってくれていた様だ。


「ありがとうございます。私も箱を取って来ますね」


早速イヤナも虫取りを始める。

二人で一生懸命頑張ったので、昼食に丁度良い時間で今日の仕事が終わった。


「この虫は燃やすのかな。確か、母さんはそうしてたと思ったけど」


「いえ。村外れの森に逃がしてあげましょう。可哀想ですしね」


「分かった。イヤナちゃんは優しいね」


「え?い、いえ、そんな事は……」


この人は何か有るといちいち褒めてくれる。

セレバーナも結構他人を褒めるので、都会の学生さんはそう言う物なのかも知れない。

昼食をご馳走になった後、母屋の座敷で課題をする。

ウェンダに仲間達の事を話し、どう書いて良いかのアドバイスを貰いながら。


「このサコ・ヘンソンって子も有名人の娘さんだね」


ウェンダが書き上がったノートをチェックする。


「そうなんですか?」


課題が終わると黄桃のタルトとフルーツのミックスジュースが出て来たので、イヤナはほんのりと幸せ気分になっている。

もしかするとアーモンドクリームが大好きかも知れない。

生活費に余裕が有る内に、遺跡でもフルーツタルトを作ってみよう。

きっとみんな喜んでくれる。


「ウチの大学のスポーツ特待生にも、ヘンソン流格闘術を習っている人は結構居るよ。プロの冒険者になって異種格闘大会に出てる奴も居る」


「じゃ、本当に私だけが平民なんだなぁ。何だか場違いな感じ」


「そんな事ない、と言いたいところだけど、このメンツだとしょうがないよね。下手な芸能人より有名だし」


ウェンダはノートを閉じる。


「そんな有名人達の理由も気になるけど、イヤナちゃんはどうして魔法使いになろうと思ったの?」


訊かれたイヤナは、照れた様にモジモジする。


「私には、特に理由が無いんです。実は」


「理由が無い?何の目的も無しに山を越えて来たの?」


「そうです。――私の名前、どうしてイヤナって言うか、分かります?」


「さぁ……?」


「私の村で畑をしているのは、殆ど子供。働ける年齢になったら、自分の食い扶持を自分で稼ぐのは当たり前なんです」


「この村もそうだけど」


「この村は、それでも大人がメインじゃないですか。私の村では、余所者がバイトで畑に入る事は出来ません。バイト代を払う余裕もありませんから」


イヤナは笑顔で続ける。


「成人したら結婚して村に残るか仕事を求めて旅に出るかの選択をしないといけない。食料が足りないので、長男長女以外は家に留まる事が出来ないんです」


「そんなに貧しいんだ」


「はい。そんな私のところにお師匠様からの手紙が来た。弟子になりませんか?って。だから私は、ちょっと早いですけど、村を出たんです」


「そうだったんだ。苦労したんだね」


「村ではそれが普通だったので、苦労とは思っていません。で、私の家は七人兄弟。私は末っ子で、実は産まれる予定じゃなかったんだそうです」


「名字が無い地域は子沢山みたいだしね」


「食い扶持が減るから、兄や姉達が産まれたばかりの私を嫌な子って呼んだんだそうです。それをそのまま名前にしたんだそうです」


『いやなこ』

『イヤナ』


「そ、それはまた、酷いって言うか、何と言うか……」


そんな理不尽な名付け方が実在するとは。

ウェンダは苦笑いするしかない。


「私が居なくなった事で、私の分の畑の取り合いが起こった事でしょう。今から帰っても、もう私の畑は無い」


もう故郷では食べて行けない。

ここで頑張るしかない。


「呼ばれたって事は、ここには居場所が有るのかなって思ったんです。生きるのに苦しかった実家よりはマシかなって。だから山を越えて来た、と言う訳です」


「なら王家が嫌いなんじゃない?ほら、このペルルドールとか」


ウェンダは、ノートの表紙を人差し指で叩いた。


「どうしてですか?」


イヤナは本気でキョトンとする。


「だって、辺境の村が貧しいのは政治が悪いからだろう?苦労している平民が王族を恨むのは自然な事だよ」


ウェンダはそれが常識だと思っていたが、イヤナは困った表情で赤毛の頭を掻いた。


「あは。そう言う難しい事は良く分からないです。これにも書いた様に、ペルルドールは素直な良い子ですし」


ノートを見ながら笑むイヤナ。

そもそも王様が何をしている人なのかを知らない。

知らない人を恨むも何も無い。


「外の事を何も知らずにただ生きている。そんな私のところに、弟子募集の手紙が来た。村の中で、私だけに。これはきっと、私は特別なんだと思った」


胸を張って誇らしげに笑んだイヤナは、一転背中を丸めて自嘲する。


「でも、村を出て来てみれば私だけ平民。私は特別じゃなかった。それが現実」


沈黙。

村のどこかで犬が吠えている。


「……ごめんなさい、変な事を言って。雰囲気、おかしくなっちゃいましたね」


イヤナはノートを胸に抱き、勢い良く立ち上がる。


「いや。訊いたのは俺の方だし。気にしないで」


「夕飯の支度が有りますので、これで失礼します。課題、手伝ってくれてありがとうございました」


座ったままのウェンダに頭を下げたイヤナは、走って母屋を出た。

自分の胸の内を他人に話したのは初めてだ。

どうしてあんな事を話してしまったのか。

しかも、村を出た村を出たって、わざわざ言わなくても良い事を何度も繰り返し言った気がする。

恥ずかしい。

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