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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第三章
75/333

4

それからの少女達は、仲間達の長所と短所を考えながら日常を過ごした。

セレバーナは、水周りを使い易くしながら。

ペルルドールは、遺跡内の掃除をしながら。

サコは、春野菜が育って来ている庭の畑の雑草を取りながら。

そしてイヤナは、封印の丘を下りながら考えていた。

セレバーナはちっちゃくて可愛い。

ペルルドールは美人で可愛い。

サコは格好良くて頼もしい。

こんな事で良いのかな。

いや、ちゃんと書かないとダメだろうなぁ。

短所。

うーん。

結構難しいなぁ。

毎日の糧を得る事で頭がいっぱいだから、他人の事を考えるなんて発想自体が無かったからなぁ。

考え事をしていたので、あっという間に目的地に着いた。

不意にセレバーナに話し掛けるとビックリされるのは、ヒマが有れば何かを考えてるからなんだな。

何をそんなに考える事が有るのかな。


「こんにちはー。お手伝いに来ましたー」


イヤナは、今日も村で一番大きな農家の畑でバイトをする。

報酬は、余った夏野菜の苗や種。

遺跡の庭に植えてある春野菜もそうして貰った物だ。

一人で来ている理由は、全員で出張るほどの仕事は無いから。

そして、庭の畑も手を抜けないので、そっちを仲間に任せないといけないからだ。


「はい、こんにちは。今日もよろしくね」


「よろしくおねがいしまーす」


農家のおばさんへの挨拶を済ませたイヤナは、広大な畑に入った。

雑草を取り、病気に(かか)っていないかを調べ、水を撒く。

そうしていると、あっと言う間に夕方になる。

今日は特に時間が経つのが早い。

イヤナは、仕事の終わりを報告する為に農家に戻った。

農家の人達も他の畑から戻って来ている。


「じゃ、お疲れさまでした。また明日来ますー」


「はーい。お疲れ様ー。ありがとうねー」


農家のおばさんは、いつもの調子で応えてくれる。

しかし、今日はいつもと様子が違った。

畑から帰って来る農家の人達の中に見た事の無い若者が居たのだ。

畑に出ると言う事は、土いじりをすると言う事。

だから普通は汚れても良い格好をする。

イヤナも継ぎ接ぎだらけのボロいドレスを着ている。

しかし、あの若者は結構良い服を着ている。

遺跡に来たばかりの時のペルルドールみたいに。

ペルルドールはこの国の第二王女様で、金貨を何枚も出さなければ買えないドレスを山ほど持っている。

今は着易く洗い易いワンピースを普段着にしているが、それも希少な素材で作られている高級品だ。


「あの人は新しい手伝いの人ですか?」


イヤナの視線の先に顔を向けた農家のおばさんが曖昧な笑みを浮かべた。


「ん?ああ、あれはウチの長男だよ。王都の大学に行っているんだけど、春休みで帰って来るんだ」


「そうなんですか。男の人が手伝いに入ったのなら、私はもう要らないのかなーって思ったんですけど」


そう言うと、おばさんは豪快に笑った。


「いやいや。あの子は使えないよ。イヤナちゃんとこの、あのちっちゃい黒髪の子より使えない。だから遠慮無く手伝いに来て頂戴」


「あはは。ありがとうございます。じゃ」


イヤナは帰る前に土塗れの手を水場で洗う。

基本的に、この村の農家には井戸が無い。

蜘蛛の巣の様に張り巡らされた農業用水を生活にも利用する為に、細い水路が家の方にも伸びて来ているからだ。

遺跡に帰ったら夕食を作らなければならないので念入りに手を洗っていると、さっきの若者も手を洗いに来た。

場所を譲ると、若者は笑顔を見せてから手を洗い始めた。


「こんにちは。君は村の子じゃないよね」


「こんにちは。はい。封印の丘に魔法使いの修行をしに来たんです」


「へぇ……噂には聞いていたけど、本当に封印の丘に入ってるんだ」


若者は濡れた手をハンカチで拭く。

スカートで手を拭っていたイヤナは、自分がガサツな気がして少し恥ずかしくなった。


「魔法使いの修行って、一体どんな事をしてるの?」


「まだ何もしてません。あ、今日、新しい課題が出てたんだった」


「どんな課題?」


「一緒に修行している仲間達の長所と短所を書くんです。でも、何て書いて良いか分からなくて」


「それは難しい課題だね。仲間の事を褒めるのは照れ臭いし、貶すのも気が引ける」


「そうなんですよ~」


分かってくれた事が嬉かったイヤナが満面の笑みになる。


「一緒に修行している子ってどんな子なの?噂だと冗談みたいなメンバーらしいけど」


「多分、その噂通りです。私だけ普通で恥ずかしいくらい」


「いやいや。君も十分可愛いよ」


「え?」


今、この人は私に向かって可愛いって言った?

戸惑うイヤナに背を向けて話を続ける若者。


「噂だと、この国の第二王女がウチの畑仕事を手伝ったって事になってるけど……ウソ、だよね?」


「本当ですよ。今日も遺跡の庭で畑仕事をしているはずです。彼女はお風呂やリビングの掃除当番で、午後から畑に出ますから」


「マジかよ……。護衛の人とか、大勢居るんだろうなぁ」


「いえ。そう言う人達はお師匠様が全部追い返しました。封印の丘に弟子以外の人が入るのが危ないらしくて」


「ふーん。まぁ、魔王が封印されている丘だしなぁ。俺が子供の頃も入るなって言われてたし、やっぱり危ないんだ」


「あ、あー、えっと……」


「ああ、俺の名前は、ウェンダ。ウェンダ・カルタク。宜しく」


お師匠様の正体を明かして良い物かと悩んでいたら、何を勘違いしたのか若者が名乗った。

右手を差し出して来たので、イヤナは迷い無く握手する。


「私はイヤナ。名字は有りません」


「名字が無いって事は、もしかして山の向こうから来たの?随分遠くから来たんだね」


「良く分かりますね。さすが大学生」


「いやいや。ところで、学生服を着ている子も居るって話だけど、どこの学校?」


「セレバーナですね。なんとか神学校の制服しか持ってないから着続けているそうですけど、もう学生じゃないそうですよ」


「まさか、セレバーナ・ブルーライト?」


「確か、そんな名字だったかな。知ってるんですか?」


「君は何も分かってないんだねぇ。いや、バカにしているわけじゃないよ。その二人は凄い人達だからさ」


「分かってないんです。だから困っているんです。課題」


「なるほど。そう言う事か」


「はい。それに、私は読み書きが苦手で」


「そっか。俺で良かったら手伝うけど」


「ありがとう。でも、セレバーナが手伝ってくれるって言ってくれてますから、大丈夫です」


「ふーん。孤高の天才も、意外と人が良いんだね」


「孤高の天才?」


「彼女のあだ名だよ。向こうは俺の名前は欠片も知らないけど、俺の大学に通っている人達は彼女の名前を良く知ってる。それくらいの有名人なんだよ」


「へぇ……」


「その二人の名前は行く所に行けば神の名に等しいからね。そんな二人が同じ場所で暮らしていたら、当然国中の噂になるさ。だから俺も気になった訳」


「そう言えば、遺跡に来た時に起こった事件も、セレバーナとペルルドールが中心でした。王都でクエストが出されたとか何とかで」


「事件?」


「百人を超える勇者パーティが王女と神学生を助けに来た事が有ったんですよ」と説明するイヤナ。

しかしどう言う訳か丘の中から一匹の魔物が出て来てしまい、勇者パーティが逃げ回る大騒ぎになった。

そのまま放置しておくと村に被害が及びそうだったので、少女達が魔物を足止めし、お師匠様が追い返した。

最後にセレバーナとペルルドールは自分の意思で封印の丘に来ていると勇者に伝えた事で、その救出騒ぎは失敗に終わった。


「そんな事が有ったんだ。そんな大騒ぎが有ったんなら、書く事は沢山有るんじゃないのかな」


「うーん……」


仲間達は個性豊かなので、書く事は有る。

だが、それを文字にするとなるとどう書けば良いのか分からない。

生まれてから今までそんな事をしようと思った事が一度も無いので、思考の取っ掛かりを知らないのだ。


「ははは。まぁ、こうして話して行けば、色々なヒントが出て来るはずだよ。課題の締め切りはいつ?」


「締め切り?ああ、提出期限の事ですね。明後日の夕食前までです」


「じゃ、明日もこうして君の仲間の事を話そうよ。それを書けば良い。そうすれば課題なんてあっという間さ」


「良いんですか?」


「ああ。ヒマだしね」


「ありがとうございます!じゃ、明日、畑仕事をしながら話しましょう」


「分かった。また明日ね」


「はい、また明日!」


手を振ってウェンダと別れるイヤナ。

課題で気が重かったけど、彼のお陰で仕事と一緒にこなせそうだ。

悩みが解消された様な気分になったイヤナは、軽い足取りで帰路に付いた。

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