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トハサが納得して頷いたその瞬間と同じ時、最果ての村の役場で金髪美少女が絶叫した。
「――てって、ああー!帰って来てしまいましたわー!」
突然現れ、頭を抱えて悔しがっているペルルドールに驚く役所の人達。
が、いつもの騒がしい面々だったので、「またか」と呆れながら通常の業務に戻る。
「帰って来てしまったのは仕方が無い。上げ膳据え膳は名残惜しいが、気持ちを切り替えよう」
腕を組んだセレバーナは、歯軋りしているペルルドールに無表情を向けた。
「イヤナへのおみやげを買えなかったから、どうしたら良いかを考えないとな」
「おみやげよりも先に、二人でサコを医者に連れて行って下さい。私はこの建物から出られないので、お願いします」
シャーフーチは、地べたに寝転がっているサコを見た。
怪我のせいか脂汗が凄い。
「そうですね。――そう言えば、この村に医者は居ますか?僻地の村に医者が居ない事が社会問題になっていると新聞で読んだ事が有りますが」
「居ますよ。村の人に『もじゃひげ先生』の医院はどこですかと訊けば分かります」
「分かりました。あっと、シャーフーチ。出来れば六人目の勇者の結末を教えてくださいませんか?簡単にで結構ですので」
組んでいた腕を下したセレバーナは、行儀良く頭を下げた。
それは師に教えを請う態度だったので、シャーフーチは笑顔で応える。
「結末は知りません。私に分かるのは、彼は真実を知る前に本気になり過ぎた、と言う事だけ。段階を踏まずに先の扉を開けてしまったのでしょう」
「ふむ。もしや『死の魔法』によって異世界に旅立ったのでしょうか。だから彼の最後が記録に残っていない?」
そう言うセレバーナに頷いて見せるシャーフーチ。
「こうして言われるまでは彼の事を忘れていたので、恐らくそうなのでしょう」
「異世界に旅立つと、残された者はその存在を忘れてしまうのでしょうか」
「恐らく。実際私は忘れていましたし。でもサコの実家には彼の情報が残されていたみたいですから、とても親しい人は忘れないのかも知れません」
そう言ったシャーフーチは、改めてサコを見る。
「彼も癒しの潜在能力を持っていました。勇者となるべく力を求めた結果、自分の力が毒になったんでしょう。先程の人の様にね。それでは魔物と戦えない」
「私も段階を踏まずに強さを求めたら、あの人の様になるんでしょうか……」
体力が回復して来たサコは、ゆっくりと上半身を起こした。
戦いで痛めた左腕と右足を庇っているので、股を広げた姿勢になっている。
女の子らしくない格好だが、仕方がない。
「なります。貴女は無謀と承知しながらも強者に立ち向かい、そして拳で語ろうとする真面目な人ですからね。友を裏切って暴走したみたいですし」
セレバーナとペルルドールを見るシャーフーチ。
冷静な顔と悔しがっている顔が無言で頷く。
「でもまぁ、二度と裏切らない、暴走しないと自分に誓えば大丈夫だと思いますよ。では」
シャーフーチは指を鳴らして姿を消した。
残された少女達は、静かな溜息を洩らして気持ちを切り替えた。
楽しかった金稼ぎの旅は、これで終わりだ。
「さて、医者に行くか。立てるか?サコ。肩を貸そう」
セレバーナは、みすぼらしいドレスのスカートを捌きながらサコに右手を差し出した。
ペルルドールも見様見真似で手を差し伸ばす。
「うん。大丈夫っヒンッ!」
セレバーナとペルルドールの手を借りて立ち上がったサコは、いきなり変な声を出した。
右足に体重を乗せた途端、激痛が走ったのだ。
自身の潜在能力のお陰で痛みが引いていたと思っていたから油断していた。
先程まで平気だったのは、興奮で脳内麻薬が出ていたからか。
最果ての村に帰って来て落ち着いたせいで本来の痛みを感じているのだろう。
「本当に大丈夫ですの?かなり痛そうですけど」
「魔法の勉強をしていない潜在能力じゃ癒しの効果は薄いみたい。でも、この痛みは君達を裏切った罰だと思って我慢するよ」
心配するペルルドールに引き攣り笑顔を見せるサコ。
痩せ我慢しているので、妙に可愛い声が色っぽくなっている。
「良い心掛けだ。二度と裏切らないと誰に誓う?」
「うーん。そうだね……」
セレバーナに訊かれたサコは考える。
女神はもう居ない。
二人の父に誓うのは違う。
肩を貸してくれている二人の仲間は当事者なのでもっと違う。
考えながら役所を出ると、死闘を繰り広げた場所と同じ色の青空が三人を出迎えた。
「あの空に。君達を裏切ったら、二度と空の下に出ない覚悟だ」
それを聞いたセレバーナは、ニヤリと笑って空を見上げた。
「その誓い、神官である私が聞きましょう」
第二章・完




