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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第二章
70/333

32

緩やかな坂になっている草原で仰向けに寝転んだサコは、左腕と右足が訴える違和感に顔を歪めた。

戦闘中、意識して忘れていた痛みが戻って来ている。

それ以外の部分も痛い気がする。

あの人の攻撃は人間離れした重みが有ったので、全身が悲鳴を上げているのかも知れない。


「満足したか?」


質素なドレスを着たセレバーナがサコの頭の先に立った。

腕を組み、金色の瞳で冷たく見下ろしている。

ツインテール少女が背負っている空は青い。


「あはは……あの人よりセレバーナの方が怖いよ」


「……」


セレバーナは無言で見下し続けている。

だから問いに応えるサコ。


「満足は出来なかった。でも、どうしてあの人がああなったかは分かった気がする」


「ほう」


「子供の頃、お爺様が仰っていた。今まで忘れていたけど、最後に死を覚悟した時、走馬灯の様に思い出した」


あれは、祖父が死ぬ直前。

サコが五歳の時だった。

彼は、孫娘と格闘ごっこをしながらポツリと呟いた。


『我が流派も剣や弓と同様にスポーツ化し、魔物に通用しない児戯となるのかの』


それを聞いたセレバーナは、無表情のままで顔の強張りを緩めた。


「魔法使いが減少しているので、我々が一人前になっても未来は暗いとシャーフーチは仰った。それと同じ事が格闘の世界でも起こっていると言うのか」


「うん。魔物は滅多に現れないからね。だから格闘の技を披露するのは人間相手がメインになる訳だけど、そうなるとスポーツになるのはしょうがない」


「確かにな。道場での稽古を見学した限りでは、本気の男達よりもエクササイズ気分の女子供の方が多かったしな」


「――もしかすると、あの人は、格闘がどうあるべきか、道場がどうあるべきか、それを世間に示したいのかも知れない」


だが、それだけではない気配も有った。

何かを探っている様な。

それが何なのかは分からない。

あの人が何も語ってくれないから。


「だから、私が道場を継げるくらい強くなったら、また現れると思う。そうなったら、今度は本気で戦いたいな」


懲りていないサコの言葉を聞いたセレバーナは、怒りで震える吐息を吐いた。


「今の私は冷静な思考が出来ない。サコの愚かさにほとほと呆れ、(いか)っているからだ。それは有ってはならない事だ。この落とし前はどうしてくれる」


「ごめんよ。でもさ、セレバーナはあの人の殺気の中で向かって来ていたよね。私は心底恐ろしかったのに、セレバーナには効いていなかった」


「効いていない訳ではなかったぞ。私だって怖かった。だが、それよりもサコを引かせたかったのだ」


「うん。それで気付いた」


「何をだ?」


「あの人の殺気は、怒りや恨みと言った負の感情じゃない。格闘家として強くなりたい。相手を倒したい。そんな純粋な欲求。それだけだったんだ」


セレバーナは腕を組む。


「だから全国各地を彷徨っている訳か、彼は。ストイックに強さを求めて、まだ見ぬ強者を探しながら」


「そう。魔物や獣の様に感情のまま人間を襲っている訳じゃない。明確な理由が有るんだ。だから弱いセレバーナに殺気が向かなかった」


「弱い私には興味が無かったから、私が戦いの場に近付いても無視された、と言う訳か」


「もちろん、あの人の間合いに入って戦いの邪魔をしたら、その時は容赦しなかっただろうけどね」


「当然だな」


サコは厳しく顔を引き締める。


「戦いから離れたら弱くなる。勘が鈍る。魔物だろうが化け物だろうが人間だろうが、そこに違いは無い」


左手の小指に嵌めた指輪を見ようとしたサコは、腕が上がらない事に気付く。

筋肉を動かす為のエネルギーが底を突いている。

本当に死ぬ一歩手前だった様だ。


「でも、他人に迷惑を掛けて欲しくなかったから私なりに説得してみたんだけど、ちゃんと伝わったかなぁ?」


「知るか!と切り捨てたいところだが、君達親子はそれで分かり合おうとしている様だから、私からは何も言うまい」


金色の瞳の冷たさが増す。


「だが、神官である私の誓いを破った罪は重いぞ。君のご両親に顔向け出来ないではないか」


「許して貰えるなら――セレバーナの分も、畑仕事を頑張るよ」


「腕と足に後遺症が残ったら力仕事は出来ない、とは考えられないのか?」


「それを考えてたら、人との殴り合いは出来ないよ。それは私個人の否定だ。大丈夫。骨折はしていない。ヒビくらいかな」


「ふん。なら良いが」


「地面が柔らかかったから、足もそれほど酷くはない。あの人は、そんなに厳しくは無かった。あの黒いオーラは、多分……」


「願い、か?」


「セレバーナには敵わないな。拳を交わしていないのにそこに行き付くなんて」


「獅子は千尋の谷に我が子を突き落とす。そう言う事だろう」


親は子を強くするためにあえて理不尽に厳しく当たる。

その姿は、悪鬼の如く。


「それだけでは済まない力ですけれどねぇ」


シャーフーチとペルルドールがサコの脇に来た。


「確かに、そこの聖剣が邪悪だと訴えている事と辻褄が合いませんね。六人目の勇者の話とも」


セレバーナは勇者を見る。

呼吸が楽になって来ているらしく、腹を擦りながら立ち上がっている。

六人目が勇者としての仕事をこなしていたら、サコも勇者の子孫となっていただろう。


「六人目の勇者、ですか。あの人も真面目でしたねぇ」


「ご存じなのですか?」


シャーフーチが苦笑した事に驚くペルルドール。

絶対に知らないと思っていたのに。


「ええ。言われてみれば、彼も一人で思い込んで勝手に単独行動をしていましたね。そして行方不明になってそのままでした」


昔を懐かしみながらしゃがんだシャーフーチは、いきなりサコの左腕を撫でた。

骨にヒビが入っていると言っていたので、当然ながらサコの顔が痛みで歪む。


「サコ。痛いの痛いの、飛んでけー!をやってみてください。ちゃんと声を出して」


「え?」


「さぁ」


子供みたいで恥ずかしかったが、セレバーナも睨んでいるので大人しく従った。

左腕の痛い所を優しく撫でながら古から伝わる(まじな)いを試してみる。


「痛いの痛いの……飛んでけ」


「もう一度」


「痛いの痛いの、飛んでけ」


「心を込めて、本気で」


罰ゲームのつもりなのだろうか。

サコは羞恥で頬を染めながらも大声でハッキリ言う。


「痛いの痛いの!飛んでけッ!」


再びサコの腕を擦るシャーフーチ。

今度はサコの顔が歪まない。


「どうですか?痛みが引いていませんか?」


「……確かに。さっきよりは、痛くないです」


「素晴らしい。サコの潜在能力は『癒しの声』です。声が妙に可愛い事も、それで納得出来ます。耳に優しい声は、それだけで癒しになりますからね」


「癒しの、声?」


「今はまだとても弱いのでおまじない程度の気休めにしかなりませんが、サコにはヒーラーの素質が有ります」


「ヒーラー……では、魔法の修行をしっかりとすれば、私は父の身体を治す事が出来ますか?」


サコの言葉に首を傾げるシャーフーチ。


「父?先程の男をお父さんと呼んでいましたが……」


「あ、私の父は、その……」


言葉を探しているサコに手を翳すセレバーナ。


「言い難かったら言わなくても良い。シャーフーチ。それは家庭の事情ですので流してあげてください」


「そうですか。まぁ、サコ次第です。先程の男の力も『癒し』でしたから、もしやと思ったんです。正解でしたね」


「え?あの黒いオーラが、ですか?」


サコだけでなく、セレバーナとペルルドールと勇者も驚く。

殺気を振り撒いていたので、どう見ても攻撃的な雰囲気だったが。


「ええ。例えば本気の全力でそこらの大木を殴るとします。木を折る為に。そんな事をしたらどうなりますか?」


「拳が砕け、腕が折れます」


「その通り。ですが、拳が砕けた瞬間に治癒したら?」


サコが察する。

殴る対象が人だった場合、相手を殺さない様に手加減をする。

相手が倒すべき魔物だったとしても、普通なら手加減をする。

そうしないと自分の拳が壊れるからだ。

だからこそ技を磨き、最小の力で最大の攻撃力を発揮出来る様に努力するのだ。

しかし、打撃の反動による身体へのダメージが無効化されるのなら、何の遠慮も無い全力が出せるだろう。


「なるほど……あの圧倒的なパワーはそう言う事ですか……」


「薬も量を間違えると毒になる。肥料を与え過ぎると草木は腐る。あれはそんな状態です。聖剣が反応したのは、だからでしょう」


「最後、オーラの色が変わった意味は何でしょうか」


セレバーナの質問。


「緑色が元々の癒しの色です。使い方を間違っている事と、純粋な殺気と、更に色々な想いが混ざり合って黒くなったのでしょう」


「ふむ。全ての色の絵の具を混ぜたら黒くなる、みたいな事でしょうか」


腕を組みなおしているセレバーナに苦笑を向けるシャーフーチ。


「そんな簡単な事ではありませんが、イメージとしては間違っていません。なんにせよ、長生き出来る力の使い方ではありませんね」


「では、あの人は……」


サコは縋る様な視線を魔法の師に向けた。

シャーフーチは静かな微笑みを浮かべている。


「心残りは無いでしょう。想いは貴女に伝わりましたし、約束もしましたしね」


「……はい」


頷いたサコが身体を起こす。

確かに痛みが引いている。

右足にも痛いの痛いの飛んでいけをしてみた。

気休め程度に痛みが引いた、気がする。


「セレバーナ。ペルルドール。君達を裏切った私を許して貰えるだろうか。私は、魔法の修行を続けたい」


「何を言う。サコは私達の分まで畑仕事をしなくてはならない。さっき自分でそう言っただろう」


「そうですわ。女神の誓いなんて、所詮、ですし」


黒髪少女と金髪美少女が微笑む。


「話が纏まった様ですね。では、このまま帰りましょうか。実はですね、イヤナが私に畑の手伝いをさせるんですよ。全く、師を何だと思っているんでしょう」


「え?このまま帰るって、封印の丘に、ですか?今?」


青い目を見開いたペルルドールが小首を傾げた。

そこにトハサが到着した。

彼はシャーフーチの弟子ではないので瞬間移動に乗れなかった。

だからここまで走って来た。

木の枝や草で切ったのか、腕と頬に細かい切り傷が付いている。


「道場の方ですね?丁度良い所に来ました。騒動は解決しました。サコが怪我をしましたが、大事はありません。サコの家にそうお伝えください」


筋肉ムキムキの男を指差したシャーフーチは、有無を言わさないペースで捲し立てた。


「待ってください、シャーフーチ。わたくし、麦わら帽子を置いて来ました!旅の荷物も!そ、そうだ、セレバーナ、お金は?」


ペルルドールは外聞を忘れ、普通の少女の様に慌てる。


「肌身離さず持っている。が、私も荷物を置いて来ている。一度道場に戻りたいですね」


「私も、両親にキチンと詫びて、経過報告をして、挨拶をしてから戻りたいんですが……」


サコは、まだ痛む右足を擦りながら言う。


「嫌です。貴女達が普通に帰ると、到着までに何日も掛るでしょう?その間、私が畑の手伝いに駆り出されるんです。問答無用です」


再びトハサを指差すシャーフーチ。


「そこの人。この子達の帰還の挨拶は貴方に任せます。荷物は最果ての村役場宛に郵送してください。宜しくお願いしますよ。では」


「ちょっと待っ――」


悲鳴に近い王女の声の途中で指を鳴らす灰色のローブを着た男。

次の瞬間、その男と三人の少女が姿を消した。


「……先程の男性はどなたでしょうか?」


残されたトハサは、戸惑いの表情を勇者に向けた。


「彼女達の師で、まお……いえ、魔法の師です」


魔王と言おうとした勇者は、そう言い直した。

余計な事を言って、これ以上役立たず扱いされたくない。


「なるほど……だから一瞬で移動する魔法が使えるのですね」


始祖の洞窟が有る方を見上げたトハサは、そちらに向けて合掌して頭を下げる格闘家特有の礼をした。

道場とお嬢様に始祖の加護が有る事を願いながら。

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