7
「おや。あれは轍の主達ですね」
大柄な女にお姫様だっこされているツインテール少女が首を捻って先を見る。
大勢の人間が野営の準備をしていて、それ以外の人間は休憩している。
緩やかだとは言え、数十人の人間が坂の途中で寛いでいる光景は珍妙だ。
「只者ではないですね」
可愛い声の大柄な女は、丘を駆け登りながら表情を引き締めた。
「ほう。どうしてそう思いますか?」
「一見のんびりと座っていますが、スキが無い」
「ふむ。それは気になりますね。ちょっとお話を窺ってみますか」
「そうですね」
大柄な女は、キャンプの最後尾で座っている男の前で足を止めた。
男は街の若者っぽいカジュアルな格好をしているが、脇に剣を置いている。
とても立派な業物なので、普通の若者が持てる様な代物ではない。
「こんにちは。こちらは弟子入り希望者の待機所ですか?」
ツインテール少女は、大柄な女にお姫様だっこされたまま声を掛けた。
すると、大勢の男達の目が一斉にこちらに向いた。
数人は別の方向に視線を向け、他に人が居ないか探っている。
確かに只者ではない動きだ。
鈍い人なら気付かないくらいの微かな緊張の中、話し掛けられた男が立ち上がった。
そして礼儀正しく応える。
「いいえ違います。我々は護衛です」
「ここに居る全員が護衛ですか?」
「はい」
男が頷いた後、大柄な女が更に質問する。
「弟子入り希望者は何人ですか?」
「御一方です」
大柄な女は、その言葉を訊いて安堵の吐息を吐く。
「やったね。人数オーバーはしないかも」
ツインテール少女は頷いたが、その小さい顔は無表情のまま。
「ふむ。この人数での護衛となると、やんごとない身分の方とお見受けしますが」
「名乗りは禁止されている為、それにはお答えしかねます」
「そうでした。これは失礼。――私達は弟子入りを希望する者なのですが、先に進んでも?」
「どうぞ。我々には貴女達を足止めする権利も理由もありません」
「ありがとう」
男達への興味が無くなったツインテール少女は、視線をキャンプの先に向けた。
二階建ての遺跡が見える。
「あそこが目的地の様ですね。もう急ぐ必要も無いので下してください」
「そうですね。はい」
地面に立ったツインテール少女は、スカートの捲れが無いかを確認しながら制服の乱れを直した。
「では行きますか。弟子入りに際しての不安が解消された訳ではありませんから、緊張は解かない方が良いでしょう」
「そうですね。私のこの格好、大丈夫かな……」
二人の女性が歩を進める。
大勢の男性に向けられている視線が痛いので滅茶苦茶歩き難い。
「良い匂い……」
大柄な女がキャンプの方を見ながら呟く。
緩やかな坂になっている草原を掘り、即席の竈まで造っている。
結構な人数が無数の大鍋を掻き回しているので、ここに居る全員分の昼食を作っている様だ。
「名乗らなくても、ヒントがひとつでも有ればすぐに分かるんだがな。これだけの人間を使える人物は一握りだから」
ツインテール少女は小声で呟く。
料理を作っている人は本物の技術を持った料理人に見える。
様になっている。
つまり、こんなところに複数人のプロを連れて来ているのだ。
トップレベルの貴族でなければこんな事は出来ないだろう。
「誰なんですか?」
分かっていない大柄の女が訊く。
「名前は言えませんが、ご尊顔を拝見すればすぐに分かるでしょう。有名人ですし」
「あ、予想で名前を言うのもダメなのかな?まぁ、今は怪しい行動をしない方が良いですね」
「その通りです」
石で出来た門の前に着いた。
そこでは全身鎧を着た六人の騎士が門番をしていた。
彼らが持っている盾には薔薇の紋章が描かれている。
やはり、と思いながら右足を半歩引いたツインテール少女は、お祈りの形で組んだ手を胸の前に置いた。
そのまま膝を曲げ、頭の位置を下げる。
神学校式の礼。
騎士達はそれに応え、利き手で鞘を握った。
そして、剣の柄を少女に向けてから片膝を突く。
騎士達の行動に驚いた大柄な女も、合掌して会釈をする格闘家特有の礼をした。
姿勢を正した少女達が石の門を潜り抜けると騎士達は立ち上がり、再び門番となる。
「びっくりしました。騎士様が片膝を突くなんて」
大柄な女は、遺跡の玄関に向かいながら後ろを振り向く。
ツインテール少女は庭で金槌を振っている一人の男を見ながら応える。
「通常の彼等は、身分の高い人にしか膝を突きませんからね」
一般市民相手なら、納刀されたままの鞘を利き手で持ち、剣の柄を相手に向けるだけの礼をする。
これは敵意が無い事を相手に知らせる行動で、貴方に対しては剣を抜きませんよと言う意思表示らしい。
利き手で鞘を持つと剣が抜けないから。
「貴方は騎士の方ですよね?なのに、どうしてこんな雑用を?」
ツインテールの少女は、門扉を造っている男の背後で足を止めた。
顔を上げた若い男は、質問して来たツインテール少女に軽く会釈をする。
質素な剣が手の届く位置に置いてあるので、見習い騎士クラスだろう。
剣を持っていない男よりは身分が上の筈だから、こんな事をしているのは不自然だと言える。
「門が開けっ放しのは不用心だと思ったので作成を希望しました。ウチは元々大工の家系で、俺もこう言うのが得意なんです」
「なるほど。騎士様でありながら、中々腕が良くてらっしゃるので不思議だったのです。邪魔をして申し訳ありませんでした」
「ありがとう。君達は弟子希望ですか?幸運を」
「ありがとうございます。貴方にも女神の御加護が有ります様に」
ツインテール少女は、胸の前で手を組んで目を瞑る武運の礼をしてから先に進む。
「騎士が私に膝を突いたのは、私が神学校の制服を着ているからです。それだけです」
「神学校ですか。なるほど、神に仕えている人への礼、って事ですね」
大柄な女は納得する。
ツインテールの少女は「そうです」と言いながら広い庭を見渡した。
十人程度のメイドが草むしりをしている。
さっきの若い見習い騎士もそうだが、どうしてそんな雑用をしているのか。
お大尽様が大勢の家来を連れて来たが、予想に反して人手が余ってしまった。
折角だから遺跡の住み心地を良くして魔法使い様のご機嫌取りをしている、って感じか?
もしもそうなら、行列の末にこんな事をさせられる雇われ人も大変だな。