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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第二章
69/333

31

サコは黒いオーラに包まれている男から目を外さずに草原を進んだ。


「私の名前はサコ・ヘンソン」


誰も近寄らなかったせいか、緩い登り坂になっている地面は泥沼の様に柔らかい。

戦い難いな。


「貴方は、その力を得て何を成そうと言うのですか?」


男の光る眼がサコに向く。

闇のオーラのせいで顔の造りは良く見えないが、視線の動きだけは良く見える。

なるほど、恐ろしいな。

強者への耐性が無いセレバーナが気絶する訳だ。

そんな男の二メートル手前で立ち止まるサコ。


「私には貴方の行動が理解出来ない。だから教えてください。お父さん」


無言。


「私は貴方を否定したくありません。恨みたくもありません。――ですが、道場に害を成す事だけは許せない」


サコは一足で距離を詰めた。

不用意に相手の間合いに入れば、男は何らかの行動に移るだろう。

問答無用で攻撃して来るなら、目の前に居るのは魔物と同じくらい危険な存在だ。

然るべき機関に退治されても仕方ない。

何もされないなら、きっと話し合いが出来る。

そう思っての行動だったが、サコの思惑は外れた。

男は、数メートル離れた別の岩の上に降り立ったのだ。

座った状態からジャンプした様だが、サコにはその動きが見えなかった。

勝てない。

直感的に悟ってしまったせいで背筋が凍ったが、勝てないのは最初から分かっている。

目的は勝つ事ではない。


「弱い」


男が喋った。

低く、良く通る声。


「弱いのは自分が良く知っています。でも、命を掛けても守りたい物が有るんです」


再び睨み合い。


「貴方の行いは道場に災いを呼んでいる。だからせめて不法な行いだけは止めて欲しくてここに来ました」


サコの訴えを無視し、無言のまま構える男。

ヘンソン流の構え。

格闘家なら拳で語れと言いたいらしい。

敵意を向けられただけで心臓が握り潰されそうになる。

これが邪悪な気配と言う物か。


「ん……?あんなに沢山居た鳥や獣の気配が全て消えている……?」


この場が無音な事に気が付いたサコは、耳だけを周囲に向けた。

生きる事に全力な賢い動物達は、とっくに避難している様だ。

だけど、サコはここで引く訳には行かない。

呼吸を整え、男の殺気を受け流す。


「お願いします。正気に戻ってください!」


覚悟を決めたサコは、男と同じ構えを取った。

すると、男の殺気が膨れ上がった。

その気に当てられたサコは、立っているだけでも辛くなる。

地面が柔らかいせいで姿勢が不安定になっているのか、サコ自身が恐怖で揺れているのか。

分からない。


「止めなさい、二人共!」


聞き覚えの有る声で我に帰るサコ。

顔を動かさなくても誰が来たのかは分かる。

と言うか、男から目を離したら死ぬ。


「セレバーナか。早いね」


「この愚か者が!自分が何をしているのか分かっているのか!」


シャーフーチの瞬間移動を利用して現れた三人は、サコの後ろ十メートル程度の位置に居る。


「分かっているよ。でも、今は手が離せない」


「父と娘が殺し合いをしてはいけない!絶対にいけない!」


セレバーナは人が変わった様に怒っている。

黒髪の少女も男の殺気を受けている筈なのに、ズンズンと歩み寄って来る。

棒立ち状態のペルルドールは、緊迫した状況に戸惑い、自分には何が出来るのかと考えていた。

しかし焦ってしまっているせいで良いアイデアが浮かばない。

焦るな、焦るな、と自分に言い聞かせる様に念じていると、背後で呻いている勇者の存在に気付いた。

明るい茶髪の男はお腹を押さえて蹲っている。


「役に立たないにも程が有りますわ……」


青い瞳で冷たく見下ろしたその時、格闘家の二人が動いた。

男が大きくジャンプし、サコのすぐ前に下りる。

そして、父と娘が探り合う様な拳を打ち合い始めた。

二人共紙一重で避けているが、サコの頬から血が滲み出している。

男の拳が空気を裂いていて、当たらずとも細かいダメージを与えているらしい。

力の差は圧倒的だ。

セレバーナは、その迫力に押されて足を止めてしまう。

体力が無く、低身長の自分ではどうする事も出来ない。


「シャーフーチ!二人を止めてください!」


振り向いたセレバーナは、ボケっと突っ立っている灰色のローブの男に向かってヒステリックに叫ぶ。

しかし師は慌てず騒がず冷静に返した。


「サコがお守りの紙片を破れば、いつでも」


「そんな悠長な事を言っている場合ですか!封印のせいですか?」


格闘家同士の戦いに巻き込まれない様にしながらも少しずつ前進するセレバーナ。


「そうです。契約無しでは動けません。その決まりを破れば動けますが、その時は自力で封印を解かなければなりません」


「そんな事が出来るのですか?」


「曖昧な言い方になりますが、出来なくもないです。ただし、それをしたら貴女達との師弟契約は確実に無効になります」


「封印を解くからですか?私は構いません。とにかく戦いを止めてください!」


「まぁまぁ、落ち着いてください、セレバーナ。危ないので下がって。いざという時、貴女が邪魔をする気ですか?」


「く……」


例えば、転移魔法でサコだけを飛ばせば彼女を助けられる。

シャーフーチの転移魔法でここまで来たのだから、彼ならそれが出来る。

何らかの攻撃魔法を使っても良いだろう。

その時にツインテール少女がウロチョロしていたら魔法の邪魔になる。

だから渋々下がるセレバーナ。


「アガッ!」


小気味良い破裂音が辺りに響くと同時にサコが呻き声を上げた。

サコの鼻っ面に軽いジャブが当たったのだ。

その衝撃でマバタキを誘発させた男は、鋭い回し蹴りを放つ。

目を瞑りながらも気配からそれを察知したサコは、左腕を上げてガードの姿勢を取った。

しかし威力が大き過ぎて、防御の上から吹っ飛ばされた。


「う、ぐあぁ……」


サコは草原に突っ伏した。

左腕と肩の骨が軋んで立ち上がれない。

そこに男がゆっくりと歩み寄る。

止めを刺す気か?

セレバーナが声を上げようと口を開けた、その時。

シャーフーチが封印の崩壊を覚悟して助けに入ろうと右手を上げ掛けた、その時。


「痛くない!」


サコの叫び声。

気合が入っていても、その声は可愛らしい。

直後、歯を食いしばりながら立ち上がる茶髪の少女。

左腕が下がっている。

そんな少女の顔に向け、男は神速のパンチを放つ。

サコは、それを紙一重で避けた。

しかし足場が悪いせいで尻餅を突いてしまう。

だが、不測の事態も味方に付けるのがヘンソン流だ。

右手を地面に突き、それを軸に足払いを繰り出す。

が、脛の辺りを踏まれ、無理矢理攻撃を止められた。


「あぐっ!」


激痛に呻くサコを見た男は、そこで構えを解いた。

そしてゆっくりと一歩下がり、無言で娘を見下す。

殺気は消え、闇のオーラも消えている。


「弱い私は、何も守れない、と言う事ですか?」


サコは、痛みで脂汗を垂らしながらも立ち上がる。


「それを思い知らせるために、本気を出さない。止めを刺さない。そう言う訳ですね?お父さん!」


肩で息をしているサコの左腕と右足に力が入っていない。

もしも攻撃されたら、もう避けられない。

ガードが無意味なのは実証済み。

危機的状況なので助けた方が良いのだが、シャーフーチは動かない。


「うーん……割って入ったら、サコに一生恨まれそうなんですけど。やだなぁ」


「サコが半身不随になったら私が一生恨んでやりますよ」


手に汗を掻いてハラハラしているセレバーナが言う。


「どうして早くサコを助けないんですの?師弟契約よりサコの命の方が大切でしょう?」


ペルルドールは未だにどう動いて良いか分からずに足踏みしている。


「あの男はサコを殺す気は無い様です。その上で傷め付けています」


「何の為に?」


セレバーナの質問に肩を竦めて応えるシャーフーチ。

そんな事は知らない。


「私は両親を裏切り、友を裏切ってここに来た。もう引けない!この命に代えても、貴方の間違いを正す!」


サコは痛みを堪え、男との間合いを詰める。

彼の間違いとは、殺気を以て拳を作っているところだ。

ヘンソン流は、全ての武術は、自分を高め、誰かを守る為に有る。

同門を、血を分けた娘を無意味に傷め付ける為に有るのではない。

その想いを込め、右足を引き摺りながらも男に殴り掛るサコ。

だが、スピードが無い。

やられる!

セレバーナが息を飲み、ペルルドールが悲鳴を上げた。

しかしシャーフーチは動かない。

ボロボロの道着を着た男も動かなかった。

そのままサコの拳を顔面に受ける男。

負傷したなりの渾身のパンチだったが、男は全く動じていない。


「……?」


反撃で殺される事を覚悟していたサコは、拍子抜けと痛みのせいでその場に膝を突いた。


「ダバグは、死を覚悟した途端、観念した。それは我が望む答えではなかった」


再びオーラを纏い、低い声で言う男。

だが、そのオーラは優しい緑色だった。

サコの闘争心を削いでしまうほどに。


「だが、お前は最後まで拳を作った。それは我が望む答えかも知れぬ」


サコに背を向ける男。


「お前は強くなる。その時に再び(まみ)えよう。お前の問いに、お前自身がどの様な答えを出すか。その時を待つ」


男は、緑のオーラを纏いながら去って行った。


「待ってください!貴方は、どうして母の許を去ったのですか!せめて、お名前を!」


しかし男は応えず、そのまま木々の向こうに消えて行った。

間も無く場を支配していた殺気が消え、鳥の囀りが山に帰って来た。

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