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セレバーナ、怒っているだろうな。
森の中を走っているサコは、妙に量が多い黒髪をツインテールにしている少女の顔を想像して胸が塞がる想いに襲われていた。
だけど、その足は止まらなかった。
あの二人が今回の里帰りに同行したのは、元々は修行の続行が出来るかどうかを見届けるためだった。
ペルルドールの社会勉強や、電報を送った者の探索は、道場に着いてからの流れでそうなっただけだ。
なので、今回の滞在が全て無駄になったとしても、それは彼女達のせいではない。
全てはサコのワガママのせいだ。
だから絶対に許されないだろうが、それでも良い。
本当の父の事。
道場の安全の事。
このふたつを放置したままでは前に進めない。
魔法の修行に集中出来ない。
だけど。
運良く解決出来て、無事に生きて帰れたとしても、もう封印の丘には戻れないかも知れない。
父にも怒られるだろう。
しかしそれでも走らずにはいられなかった。
「ん?誰かが追って来ている?――セレバーナ、じゃないな。あの子がこんなに早く走れる訳は無い」
足を止めたサコは、息を殺して藪に身を潜めた。
直後、道着姿の勇者が藪の前を通り過ぎて行った。
サコには全く気付かなかった様だ。
向かっている先は始祖の洞窟か。
サコではなく、邪悪な気配を追っているんだな。
それなら都合が良い。
彼を追えばアレに出会える。
勇者から百メートルくらい離れ、静かに険しい山道を走る。
森を抜け、崖を越え、凶暴な野生動物を避けて始祖の洞窟を目指す勇者。
サコでさえ息が上がる道を全力で進めるのはさすがだ。
不意に立ち止まった勇者は、剣の柄に手を添えて周囲を警戒した。
始祖の洞窟はもう少し先だが、崩れた山肌がこの辺りにまで流れて来ているので、もう進めないのだ。
十年以上放置されていたからか、封印の丘に似た草原の坂になっている。
サコもそこに足を踏み入れると、その気配に気付いた勇者が振り向いた。
「む?いつの間にか追い越していたのか。魔物が近くに居る。そいつに見付かる前に王女様の許に戻ろう」
「もう見付かってますよ」
「何?」
「分かりませんか?この殺気」
サコが見ている方に顔を向ける勇者。
草原の中に数個の岩が有る。
洞窟が崩れた時に土中から転げ出て来た物だろう。
そんな岩のひとつに、ボロボロの道着を着た男が座っていた。
その男の周りだけ夜が明けていないのかと思う様な闇のオーラに包まれている。
「なんと邪悪な姿!このイリメント・コーヨコが勇者の名に掛けて退治して……」
聖剣を抜こうとした勇者は、その格好で動きを止めた。
サコが剣の柄を押さえ、首を横に振ったから。
「アレは私の相手です。勇者様は手を出さないでください」
「しかし、貴女のご同輩に貴女を守れと言われました。黙って引き下がる事は出来ません」
「そうですか。失礼します」
サコは、勇者の腹に不意打ちの一発を入れた。
「ぐお……」
悶絶の表情で崩れ落ちる勇者。
「さすがに気絶しませんね。でも、横隔膜にダメージを与えたので、呼吸困難になっている筈です。貴方なら数分で回復するでしょうが――」
両膝を突いて苦しんでいる勇者に背を向けたサコは、闇のオーラを纏っている男を睨む。
「その前に、片を付けます」




