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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第二章
67/333

29

トハサとエレーヌは、お互いを気遣いながら道場の中へと入って行った。


「これで問題は無くなったな」


二人を見届けたセレバーナは、短く息を吐いて緊張を解いた。


「うん。ありがとう、セレバーナ」


サコが礼を言うと、セレバーナは肩を竦めた。


「なに。ただの野次馬根性にけじめを付けただけだ。肝心の心配事は何も解決していない」


「アレの事だね」


「うむ。エレーヌさんを説得する為に色々と言ったから、我々に出来る事はもう何も無いがな」


「うん。……解決策は、無いよね……」


サコは自分の右手を見詰めた。

シャーフーチから貰ったマジックアイテムは嵌めていない。

あれを使えば化け物が相手でも勝機も有るだろうが、拳で語って解決出来る相手ではない。

対峙すれば殺し合いになる。

しかも、正体は実の父。


「無いな。話し合いで事が収まるとも思えないしな」


強い者と戦い、相手を再起不能にするのを止めてください。

気味が悪いので、神出鬼没を止めてください。

そう説得して何とかなるのなら楽なんだが。


「では、帰るか。――ん?」


道場から明るい茶髪の男が出て来た。

道着の帯に例の聖剣を差している。


「む。ペルルドール様。ご機嫌麗しゅう」


利き手で剣を持った勇者は、柄を王女に向けてから片膝を地面に突いた。


「昨晩感じた邪悪な気配が再び現れた様です。表は危険で御座いますので、どうか屋内に」


「邪悪な気配?この辺りにですか?」


ペルルドールは小首を傾げる。


「いえ、ここの敷地の外です。が、相手の姿や目的が分かりません。ペルルドール様、今の内に避難を」


「そう言えば、昨晩もアレの事を邪悪だと言ってましたね。本当に邪悪なんですか?」


サコの質問を聞いたセレバーナの眉がピクリと動く。


「魔王の城の内部に入った時、剣が反応した直後に強い魔物が現れた。その時と同じ反応だから、強力で邪悪な相手だと判断出来る」


「どう言う事ですの?」


ペルルドールが訊くと、勇者は頭を下げた。


「この聖剣は、邪悪な存在が近くに居ると反応するのです。昨晩も剣の反応を頼りに警戒していたら、サコさんに出会いまして」


サコが頷く。


「昨晩、アレが出た直後の話だよ。アレの気配はすぐに消えたみたいで、彼と出会った時にはもう剣の反応が無くなっていたとか」


みすぼらしいドレスを着ているセレバーナは、おもむろに腕を組んだ。

気絶していた間の話か。


「ふむ。――イリメント殿は、五百年前の勇者は六人だったと言う話はご存知ですか?」


「いえ。何ですか、それは。お聞かせ願えますか?」


セレバーナは、この道場に伝わる話を端的に語った。


「むむ。初耳です。しかし、考えてみればたった五人で魔王の城を攻めるのは無理が有る。協力者や後援者が居るはずだと言う視点で見れば、有り得る話です」


ペルルドールが「ちょっと待ってください」と言って片手を軽く上げる。


「始祖の洞窟に有る力は、道場の言い伝えでは勇者の力の源なのでしょう?ですわよね?サコ」


「そう言う話だね」


「ですが、現代の勇者の剣が(くだん)の化け物を感知し、それを邪悪だと仰るのなら、勇者の力も邪悪と言う事になりませんか?どうなんですの?勇者イリメント」


事情を知らない勇者はペルルドールの言葉に応えられない。

代わりにセレバーナが言う。


「私もそこが気になっていた。だが、六人目は勇者になっていない。強力な力を求めたが末に邪悪な物に手を出したのかも知れない。結果、アレの様になったのでは」


「パワースポットの話が有りましたでしょう?それには邪悪な場所が有る、と言う事になるのでしょうか?聖剣が作られたのは聖なる場所であるはずですし」


「有るんだろうな。恐らく、七種類」


「魔法の属性の数、ですか。それならやはり聖も邪も有りませんが。いえ、封印の丘は邪悪になるのでしょうか。魔王のお膝元ですし」


「分からん。まぁ、魔法のお勉強は帰ってからゆっくりしよう。先の扉を開けて困るのは我々だ」


「そうですね。――全く。シャーフーチが早く魔法のお勉強を始めていれば解決出来る知恵が有ったかも知れませんのに」


二人の少女がぐったりと背凭れに身を沈めたのを見て、勇者が口を開く。


「何はともあれ、邪悪な物は存在します。私は邪悪を倒して参ります」


「止めなさい。貴方では敵いません。被害者がどれだけ居るかは分かりませんが、その全てが敵わなかったんですから」


セレバーナが厳しく言う。


「では、捨て置けと?出来ません。命を掛けて邪を討つのが私の使命」


疲れが籠った溜息を吐いたセレバーナは、雑に手を振ってペルルドールに話を譲った。

脳味噌が筋肉で出来ている男には神学生の言葉が通じないから。

仕方なく王女の威厳を込めた声を出す金髪美少女。


「貴方がなぜここに居るのか。仰ってごらんなさい」


「は。それは、己の力不足を痛感した為」


「勇者の称号には独自に魔物退治を行える免罪符が有ります。が、無謀と勇気は違います。十分な力が付くまで無茶はお止めなさい」


「……はい」


項垂れる勇者の横に立ったサコは、自然なタイミングで質問する。


「勇者様。邪悪な気配はどっちに有りますか?」


「調べてみよう。――向こうです。かなり遠い」


目を瞑って聖剣が知らせる邪悪な気配を感知した勇者は、手探りする様に山頂の方を指差した。

それは七合目辺りに向いている。


「やはり」


「向こうに何が有るんだ?まさか、始祖の洞窟か?」


セレバーナの問いに笑顔を返すサコ。


「やっぱり感付いちゃったか。顔に出さない様にしてたんだけど」


「待て、サコ。私に女神の誓いを破らせる気か」


セレバーナは肩を怒らせて立ち上がる。


「真実を知ってからずっと考えていたけど、納得行かないんだよ。何かに頼って得た強さに何が有るのだろう、って」


「心に決めているな?だが、私は絶対に許さないぞ」


鈍いペルルドールでも、緊迫した空気で全てを察した。

だから立ち上がり、サコの正面に立ち塞がる。


「行くつもりですの?ダメですよ?それがどう言う意味で、どう言う結果を産むか。わたくしでも容易に想像出来ます」


「ごめん。やっぱり、真実は知らない方が良かったね。ごめんなさい!」


サコはダッシュで大門脇の通用口から出て行く。

そこを開けたエレーヌが閉め忘れていた様だ。

ペルルドールが手を伸ばしたが、その手は空を切った。

もしも掴んでいたとしても力負けして振り解かれただろうが。

セレバーナは舌打ちする。

鈍足な自分では追い掛けられない。


「勇者様!サコを追ってください!彼女は死ぬ覚悟を決めている!その邪悪な気配に立ち向かうつもりだ!」


「何?分かりました!この身に替えても彼女を守ります!」


剣を持った勇者も通用口から出て行った。


「ペルルドール。お守りの紙片の準備をしておいてくれ。いざとなったらシャーフーチに救援を」


「わ、分かりました」


ポケットを探ったペルルドールは、テーブルに一枚の銅貨を置いた。

続いて右手で小さな紙片を掲げる。

それを確認したセレバーナは、全力で道場の玄関に飛び込む。


「トハサさん!トハサさん!来てください!」


切羽詰まった声に反応したトハサが小走りで玄関に来た。

エレーヌも遅れて出て来る。


「何事ですか?」


「向こうの方向には何が有りますか?」


玄関から出たセレバーナは、山の方を指差した。

トハサも玄関から出て、その方向を見て記憶を手繰る。


「山頂、ではありませんね。始祖の洞窟でしょうか」


「最悪だ!その洞窟への近道は?サコがあの化け物を探しに行ってしまったのです。急いで後を追わなければ!」


「無い、筈です。そもそも、その洞窟は辿り付く事さえ困難な場所。行くだけでも修行になります。しかも、大分前に地震で道が潰れている」


「その道が潰れたのはサコが産まれる前ですか?それとも後?」


「ん?どうだろう。私もまだ子供だったので記憶が定かではありませんが、前、だったと思います。ほぼ同時期かと」


「なら、化け物が力を得た時に潰した可能性が有るな。意図的にそこに至る道を消したのだろう。ペルルドール!最終手段だ!シャーフーチを!」


「分かりましたわ!」


立ち上がったペルルドールは、気合を入れて紙片を破った。

このマジックアイテムが不発だったら、一生自分が許せない。

そんな想いを込めて。

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