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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第二章
66/333

28

道場正面に構えてある巨大な木の門に行くと、トハサが用意したテーブルとビーチチェアが有った。

ビーチパラソルまで立っている。

周囲は武骨的な風景なのに、その一部分だけリゾート地の様だ。

違和感が物凄い。

人目が有ったら無関係を装って通り過ぎたいくらいに。

しかし折角セッティングしてくれたのに遠慮したら申し訳ないので、セレバーナとペルルドールは仕方なくそれに座る。

折り畳み式の椅子なので背凭れを調節すれば寝転んだ姿勢になって気持ち良く寛げるだろうが、ここでは普通の椅子として使う。


「お嬢様もどうぞお座りください」


トハサは、空いているみっつ目の椅子をサコに勧める。


「ありがとう。でも、私は立っています。その席は許婚さんに」


「分かりました」


トハサとサコはテーブルの横に立ち、背筋を伸ばして大門の方に視線を送る。

数分後、女中が人数分の冷たい飲み物を運んで来た。

トハサの分が無いのは、最初からそうお願いしていたからだろう。


「どうしましたの?セレバーナ。浮かない顔ですけれど」


ストローに口を付けて炭酸ジュースを飲んだペルルドールは、頬杖を突いている黒髪少女が不機嫌そうにしている事に気付いた。

セレバーナは基本的に無表情なので、黙っていると何を考えているのか分からない。

だが、一緒に暮らしてみると、意外にも感情が顔に出ている事に気付く。

物凄く微妙な変化なので、付き合いの短いトハサが見れば無表情から変わっていないだろう。


「反省していたんだ」


「反省?何をですの?」


「好奇心だけで真実を暴いてしまった事だ。そして、それをサコに詫びても良い物かと悩んでいた。詫びが失礼に当たるかも、とな」


「気にしなくて良いよ、セレバーナ。確かにショッキングな内容だったけどね」


サコは姿勢良く立ったまま笑む。


「そうか。だが、詫びるかどうかと悩んでいる事も、本人の前で言うべきじゃなかったな」


「どうしてですの?」


訊いてから冷たいジュースを飲むペルルドール。

爽やかな炭酸を飲んだのは久しぶりなので、凄く美味しい。

もっともっと飲みたいのでコップを置くヒマも無い。


「そんな事を言われたら、許すか絶交するかしかないじゃないか」


「うーん、そう、なのかしら?でも、真実が分かったのは良い事ではないですの?サコのご両親は、少なくとも心の蟠りが取れた様ですし」


「そうなら、化け物とサコを会わせるなと言うかな。いや、言うか。どうだろうな」


セレバーナは、ツインテールを崩さない様に頭を掻いた。

落ち着かない様子の仲間に力強い笑みを向けるペルルドール。


「悩む必要はありません。真実を知って先に進む。そこに問題は無いでしょう」


「うん。ペルルドールの言う通りだよ、セレバーナ。心配してくれるのは有り難いけど、悩まれても困る。セレバーナは難しく考え過ぎだ」


「サコがそう言うなら、それで良いか」


背凭れに身を沈めたセレバーナもジュースを飲む。

トイレが近くなるので二杯目のジュースを断ると、大門脇の通用口が開いた。

慣れた仕草でそこを潜った一人の女性が敷地内に入って来る。

山登りが辛くならない軽めのドレスに、ツバの大きい帽子。

くすんだ金髪をゆるい三つ編みにしていて、ピクニックに持って行く様なバスケットを持っている。


「!?」


武術道場に不釣り合いなビーチパラソルの中に居る四人から注目を浴びている事に気付いた女性は、驚いて足を止めた。

サコとトハサが並んで立っている様子を見た直後、眉間に僅かな皺が寄る。


「彼女ですか?」


セレバーナは首を捻り、トハサを見上げて訊く。


「はい。彼女が私の婚約者、エレーヌ・セブンスフリです。エレーヌ、こちらに」


「は、はい。これは一体何事ですか?」


愛しい人に呼ばれたエレーヌがテーブルに向かって歩いて来る。

訝しげに少女達を見渡したエレーヌは、みすぼらしいドレスを着ている金髪美少女で視線を止めた。


「……え?まさか、そんな」


「取り敢えず、お座りください」


みすぼらしいドレスを着ている黒髪少女に勧められたので、戸惑いながらも空いているビーチチェアに座るエレーヌ。

バスケットは椅子の脇に置く。


「私は、この道場とは別の場所でサコと同門になったセレバーナです。よろしく」


「同じく、ペルルドールです」


「ぺ、ペルルドール様!」


エレーヌは、慌てて帽子を取った。


「単刀直入に伺います。エレーヌさん。貴女、サコに電報を送りましたか?」


エレーヌが畏まる前に訊くセレバーナ。

戸惑っている間なら変な知恵を回す余裕は無いだろうから。


「そ、それは……」


エレーヌは言葉に詰まった。

動揺が態度に表れており、座り心地が悪そうに身動ぎしている。


「どうなんですか?エレーヌ。正直に言ってください。王女の御前です。失礼の無い様に」


トハサにも訊かれ、更に王女の青い瞳に見詰められているエレーヌは、震えながら首を縦に振った。


「犯人発見、ですわね」


そう呟いたペルルドールは、肘掛けに体重を寄せた。

道場の外に犯人が居たと言うつまらない結果に溜息を吐く。


「電報を依頼するための電話を使うには、主要都市にしかない発電所が必要だ。身形の良い彼女は、いつでも電話を使える立場に居るだろう。つまり、ほぼ確定だ」


セレバーナも無表情で溜息を吐く。

つまらなすぎて、イヤナへの土産話には出来ない。


「どうしてそんな事をしたんですか」


婚約者である男性に厳しく訊かれたエレーヌは、身を縮めて小さくなった。

それを見たセレバーナがフォローする。


「私達は貴女を責めている訳ではありません。ただ、出所と目的が分からない電報を気味が悪いと思っただけなんです」


「申し訳、有りません」


エレーヌは、細かく震えながら頭を下げる。


「あの電報を送った訳を教えてくださいませんか」


セレバーナの落ち着いた声で訊かれ、力無く答えるエレーヌ。


「はい……この道場では、強い者を求めて現れる化け物が出ると、トハサさんに聞きまして……」


「彼からも、貴女にその事を話したと伺いました。で?」


「ですから、トハサさんが強いと認めるサコ様を呼び戻せられれば、化け物の関心を逸らせると思いまして……」


エレーヌは膝の上に置いた帽子のツバを強く握る。


「もしもどちらかが襲われたとしても、トハサさんとサコ様のお二人掛かりなら、もしかしたら化け物を退治出来るのでは、と……」


「ふむ。なら、貴女の作戦の前半は成功している。サコはこうして帰って来ているし、化け物もサコの前に現れた」


冷静に言うセレバーナの横でペルルドールが噴き出した。

実際に現れたのはセレバーナの前であり、それで彼女が気絶した事を思い出しているのだろう。


「ペルルドール。くすぐるぞ」


「し、失礼しました。どうぞお話を続けてくだ、プッ」


咳払いしたセレバーナは、エレーヌを一睨みした後、トハサを見上げた。


「サコが居る場所をどこで知りましたか?トハサさんはそれを誰にも話していないとの事ですが」


「我が家は他の街との貿易を生業としております。その貿易用のキャラバン隊にサコ様が同乗して旅立たれたとの情報が有り、そこから、です」


「郵便隊ですか?」


小首を傾げるペルルドールに否定の意味を込めた手振りを向けるセレバーナ。


「違う物だ。だが、利用者からすればほぼ同じ物だな」


「あの時のあれってエレーヌさんの家のキャラバンだったのか。まさか、そんなところから情報が漏れたなんて」


サコが首を横に振ったのを見たセレバーナが投げやりに肩を竦めた。


「――まぁ、これで疑問は全て解決だな。心置きなく帰れる。勿論サコも帰る」


「お帰りに、なられるのですか?」


顔を上げてセレバーナを見たエレーヌは、それから目だけをサコに向けた。

その視線が彼女の心中を表していた。


「トハサが心配ですか。ですが、私達にはどうする事も出来ない。私達では解決が出来ないのです」


「どうしてですか?王女様!騎士団は、どうして動いてくれないのですか?」


「それは……サコのお父様がそう願ったからですわ」


急に話を振られたペルルドールが焦る。

しかしそれを顔に出さずに答えたのはさすが王族だ、と感心するセレバーナ。


「それについての事情は話せない様です。道場から化け物退治の依頼が出る事は、まず無いでしょう。依頼がなければどこも動く事は出来ない」


無表情のツインテール少女が王女の代わりに状況を説明し、更に続ける。


「格闘家と言う物は、お互いの強さを認め合った上での戦いを申し込まれると断れないそうです。例え殺されても。と、何かの本で読んだ」


立っている二人に金色の瞳を向けるセレバーナ。


「そうなんだろう?サコ。トハサさん」


「うん」


「仰るとおりです」


「なので、化け物騒動は道場内で解決したいそうなんです。だから化け物は放置されている」


「そんな……意味が分かりません。どうして……?」


「エレーヌさん。私も愚かだと思う。だが、彼を本当に愛しているのなら、彼が目指している物を理解してあげる必要が有ります」


王族スマイルのまま話を聞いているペルルドールに顔を向けたセレバーナは、炭酸が弱くなったジュースの残りを呷った。

喋りっ放しなので喉が渇く。


「死んでも良いから強い者と戦いたい。ペルルドールは理解出来るか?この行動を。騎士の様に、恋人や国を守る為に戦う訳ではないんだぞ?私は理解出来ない」


「うーん。わたくしも理解は出来ません、けれど……」


口をへの字にするペルルドール。

セレバーナが言っているのは、サコの二人の父親の事だろう。

双方共に様々な事情を背負い、そして身体を壊す程の戦いをした。

彼等の想いを否定したくはないのだが、その気持ちを言葉に変換出来ない。

生きている世界が違い過ぎて想像力が働かない。


「だが、理解出来なかったとしても、素人の私達が騎士団や教会に化け物退治を依頼してはいけない。それは彼等への最大の侮辱だ」


セレバーナは、金の瞳でエレーヌをきつく睨む。


「それに、事情を理解していない者が勝手に動くと、予想も出来ない悪い結果を招きかねない。勝手に化け物退治を依頼したりしていませんね?セレーヌさん」


そうか。

ペルルドールとサコが気付く。

セレバーナは、エレーヌが変な事をしない様に釘をさしているのか。

このまま帰っていたら、エレーヌは然るべき機関に化け物退治を依頼していたかも知れない。

勝手に電報を打った彼女の事だ、そんな行動に出る可能性は十分に有る。


「は、はい。まだしていません」


目を細めるセレバーナ。

まだ、か。

やはりする気だったな。


「分かりました。ありがとう。これでお話は終わりです。お引き留めして申し訳ありませんでした」


セレバーナは、座ったまま頭を下げる。

そうしてからトハサを横目で見た。


「トハサさん。私達はもう少し寛ぐので、エレーヌさんと共に道場の方へ戻ってください。お手数をお掛けしました」


「はい。さぁ、エレーヌさん」


「……はい」


くすんだ金髪の女性は、肩を落としながら椅子から立ち上がる。


「分かっているとは思いますが、一応。エレーヌさんはトハサさんを心配しただけです。今回の件は、これで終わりです。彼女を責める事の無い様に」


「はい。お気使い痛み入ります」


トハサが姿勢良く頭を下げる。

エレーヌもスカートを摘み上げながら頭を下げ、バスケットを持ってから再び頭を下げた。

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