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和服美人の背中を見送ったセレバーナは、改めてサコの顔を見た。
「あの人はサコの実の母親なのかな。目元口元がそっくりだ」
「サコの本当の母はあいつで間違いありません」
サコの父が断言する。
「ふむ。複雑な事情がお有りの様だ。詳しい人間関係は、後でサコに訊きます。教えて貰えるか?サコ」
「うん。と言っても、私もキチンと把握してる訳じゃないけどね」
サコは曖昧な笑顔で頷いた。
「そうなのか。なら、訊くのは必要が生じたらにしよう」
この部分に突っ込むと知らなくて良い事まで訊きたくなりそうだ。
なので、セレバーナはそれで済ます事にした。
「お呼びでしょうか、師ダバグ」
筋肉だらけの男が現れ、部屋の前の廊下で正座した。
室内に入って来ないのは、それがここの礼儀だからだろう。
「トハサ。お前に聞きたい事が有る。正直に答えよ」
「は」
「神官どの。宜しくお願いします」
サコの父がセレバーナに話を促す。
大きく頷いたツインテール少女は、おもむろに口を開いた。
「我々がここに来た本当の理由は、サコのお父さんが危篤だと書かれた電報を受け取ったからなのです」
「なんと」
トハサが驚いた表情を見せた。
少女達が見る限りでは演技ではない。
「そんな物を見せられた娘が父を心配し、取る物も取らずに駆け付ける事は想像に難くありません。しかし来てみれば、御覧の通り、危篤とは程遠い」
「……」
トハサの視線が左右に泳いでいる。
何かを考えている。
「訊けば、家族以外でサコがどこに出掛けたのかを知っているのは貴方だけと言う。何か心当たりはありませんか」
「いえ……心当たりは、ございません」
トハサの返答を聞いたセレバーナが組んだ腕を下した。
その動作に紛らせて、他の者に分からない様に王女の肘を突く。
「本当に何も知らないのですか?」
察したペルルドールが口を開く。
師の前で偽りを口にする男には見えないが、王女の言葉で畳み掛ければ真偽はハッキリするだろう。
「女神と師と王女様に誓って、偽りは申しません」
トハサは、金髪美少女の青い瞳を真っ直ぐ見て応えた。
そう言われては信じるしかないので、セレバーナは仕方なく頷く。
「では、それを他の者に話した事は?」
「有りません」
「ふむ……」
考えるセレバーナ。
目が泳いだのは危篤と言う言葉に動揺しただけか。
「トハサさんには許婚が居らっしゃるとか。その御方にも?」
ペルルドールが訊く。
「はい。彼女は私の身をとても案じております。時間が空く度に見学に来るほど」
「身を案じるとは?」
セレバーナの金の瞳に睨まれたトハサの表情が僅かに歪む。
「強い者を襲うと言う化け物の存在はご存じでしょうか」
「ええ。昨晩、私が目撃しました。奴の目的はサコの様でしたが。――もしや、その化け物の事を許婚さんに話したんですか?」
「はい……その、正体不明の化け物が恐ろしくて、つい」
「トハサ。恐怖に屈するとは何たる事か」
サコの父が厳しい声で叱る。
それを受けたトハサが廊下に額を付けて土下座する。
「汗顔の至りでございます」
その様子を眺めていたセレバーナは、サコの父に無表情を向けた。
「その許婚さんにも話を聞く必要が有りますね。一応、話の中に居るので。宜しいですか?」
「そうですね。良いな?トハサ」
サコの父に言われたトハサは頭を上げる。
「はい」
「彼女を呼んで貰えますか?トハサさん」
セレバーナがお願いすると、トハサは正座のままで背筋を伸ばした。
「呼び出さなくとも、十時頃には見学に見えるかと。最近は毎日決まった時間に顔をお見せになりますので」
「ふむ。では、門の所で彼女を待ちますか。疑問が解決したら、私達はすぐに帰りますし」
「もしも解決しなかったら、貴女はどうなされますか?」
セレバーナに力強い視線を向けるサコの父。
半端な応えをしたら怒られそうな雰囲気が込められている。
半身不随の身でありながらも、その心は現役の格闘家のままらしい。
立派な父親だ。
サコが尊敬し、破門される覚悟を持って彼を癒そうとした理由が良く分かる。
「私には問題が有ると解決したくなるクセが有りましてね。思考を巡らせる事につい熱中してしまう。悪く言えば野次馬根性です」
微かな笑みを浮かべたツインテール少女は、一転して真面目な表情になる。
「そのクセを師に叱られた事をつい忘れてしまいました。この追及を望まないのなら、私はこのまま黙りましょう」
金色の瞳を伏せたセレバーナは、サコの父の判断を待つ。
数秒考えたサコの父は、師範代に顔を向けた。
「トハサ。門の前でも王女様達が寛げる様にしておきなさい」
「はい」
廊下に手を突いて頭を下げたトハサは、音も無く道場の方に戻って行った。
師範代の気配が廊下の向こうに消えた事を確認したサコの父は、遠い目で中庭を見た。
「私からお願いが有ります。それは、サコと化け物を会わせない事です。親と子が敵として戦う。それだけは避けてください。お願い申し上げます」
威厳に満ちていた男が、動かない身体なりに頭を下げた。
その姿に父の愛を感じ、サコは胸が痛くなった。
「分かりました。女神に誓って、父と子の戦いは避けましょう」
十字星のブローチを両手で持ったセレバーナは、それを自分の額の上に掲げながら恭しく頭を下げた。
それは神官がする誓いの礼だった。




