26
帰り支度を整えた三人は、客間で朝食を取った。
ペルルドールもみすぼらしいドレスに着替えている。
「ご馳走様でした。――さて、サコのお父さんに挨拶してから帰るとするか」
箸を置いたセレバーナは、他の二人と共に立ち上がった。
「ええ」
「そうだね」
三人でサコの父親の部屋まで移動し、ペルルドールが代表で挨拶をする。
「わたくし達は修行の場へと戻ろうと思います。この道場で見聞きした物は、とても勉強になりました。感謝します」
「大したお持て成しも出来ず、申し訳有りませんでした」
サコの両親が揃って頭を下げる。
父の方は変わらずベッドから離れられないが、それでも礼儀正くあろうとしている。
「いいえ。何も不自由は無く、とても快適でしたわ。修行の場でも、ダバグ・ヘンソンさんのご回復を、サコと同じく心から祈っております」
「恐れ入ります」
全員一斉に頭を下げる。
そして頭を上げた途端、セレバーナが口を開いた。
「ひとつお訊きしたいのですが、ダバグ・ヘンソンさんは、私が昨晩見た化け物の正体をご存じですね?」
「それは……」
サコの父親は言葉に詰まり、視線を横に逸らした。
不意打ちだったので、感情を隠す事が出来なかった。
それが狙いだったセレバーナが満足気に頷く。
「やはり。王国騎士団、魔法使いギルド、教会のいずれにも相談出来ない相手なんですか?貴方本人と言う被害者が出ていると言うのに」
サコの父が無言でいるので、セレバーナは様子を窺いながら言葉を続ける。
「死人が出てからでは遅いでしょう?少なくとも、私達が化け物の存在を知った以上、放置は法律的に問題が有ります」
「法律的にって、どう言う事?」
サコの質問に無表情で応えるセレバーナ。
「魔物撃退法だ。魔物、もしくはそれと同等に危険な野生動物に襲われる可能性が有る場合、領主や警察は然るべき処置をしなければならない」
「この場合、道場主で有るダバグ・ヘンソンさんは、道場生を守る為に、公的な機関に協力を求める必要が有る、と言う事ですね」
「その通りだ、ペルルドール。君は王族だし、私は神官だ。見過ごす事は出来ない」
懐から十字星のブローチを取り出したセレバーナは、サコの両親にそれを見せ付けた後、元の場所に仕舞う。
「しかし、今の私達は魔法使いの弟子であり、サコの友人と言う立場です。納得出来る理由が有るのでしたら目を瞑りましょう。なぁ?」
ペルルドールに顔を向けて同意を求めるセレバーナ。
「納得出来る理由とは?」
「そうだな。例えば、真実を知るとサコに悪い影響が出るから、とか。今後の人生を左右するほどに。それならば友人としては無視しなければならないだろう」
朝食前に出ていた話をもう一度するセレバーナ。
ペルルドールとサコは、黒髪のツインテール少女に注目した。
顎に手を当て、難しそうな顔をしている。
自分でそう纏めた話だったのに、どうしてここで考える表情になっているのか。
「恐れ入りました、神官どの。その通りでございます」
「あなた……」
観念して腹を括った父の肩に手を置いた母は、あからさまに動揺して眉間に皺を寄せる。
「これ以上秘密にするのはもう無理だ。ここまで来て黙っているのは、誰の得にもならない」
「……」
サコの母は、仕方なく引き下がる。
そんな大人達の姿を不思議そうに見ていたペルルドールは、そこでハッと気付いた。
セレバーナは、サコの父親を観念させる雰囲気作りの為に思案したフリをしたのか。
もしそうだとすると、ペルルドールとサコの動きも計算の内だった可能性も有る。
少女達の動きがサコのご両親の目にどう映ったのかは分からないが、彼等にプレッシャーを与えたのは間違いない様だ。
セレバーナ、恐ろしい子。
「結論から言いましょう。あの化け物の正体は、サコの本当の父親です」
黒髪の仲間の事を考えていたペルルドールは、衝撃の事実に王女スマイルを崩して驚いた。
サコも目を見開いて驚いている。
「つまり、貴方は本当の父親ではない、と。それは言い難い事を言わせてしまいました。申し訳有りません」
まるで予想していたかの様に冷静に詫びるセレバーナ。
サコの父は静かに頭を横に振る。
「いえ。その事は先日、サコ本人に伝えました。その部分だけは娘も承知しています」
「そうでしたか。では話を続けます。貴方はサコの本当の父親を化け物と言いました。私も、人間とは思えません。サコもそう思ったか?」
「う、うん。暗闇の中で目だけが光ってたからね」
サコは戸惑いながらも頷く。
それに頷きを返したセレバーナは、金の瞳をサコの父に向けた。
「正体を知らない我々がどう思おうと勝手でしょう。しかし、貴方は正体をご存知の上で彼を化け物呼ばわりなさいました。しかも、サコの本当の父を」
「昔語りになりますが、宜しいですかな?」
「はい」
「彼は純粋に強さを求めました。純粋過ぎるほどに。だから、始祖の洞窟に足を踏み入れた」
「始祖の洞窟とは?」
「五百年前の魔王退治の話は勿論ご存じですな?封印の丘で修行をなさっている訳ですから」
「はい。私達の師は、その魔王本人です」
「何と!」
サコの父は、半身不随の身体を動かして本気で驚く。
「本物、らしい、です。封印は解かれていないので自由が効かない様ですが」
「王女様が魔王本人と接触しても大丈夫なのでしょうか」
サコの父親も五百年前の王女誘拐を知っているので、それを心配する。
「先日、ちょっとした勘違いのせいで冒険者軍団が封印の丘に押し掛け、魔王城に迷い込みました。そんな彼等を無傷で助けたので、悪い人ではありません」
セレバーナは無表情で肩を竦めつつ、言葉を続ける。
「しかし、警戒は解かない様に我々四人の弟子の間で申し合わせています。魔王が本気を出せば我々の抵抗など無意味でしょうが」
「そうでしたか。貴女方も、中々ご苦労を……」
「そんな環境でなければ魔物撃退法を無視するなんて発想は出て来ません。さ、話の続きを」
「はい。伝説では、その魔王を封印した勇者は五人です。しかし、この道場に伝わる話では、勇者は六人でした」
「まぁ。ここでは王都と違った話が伝わっているのですか」
ペルルドールは青い目を見開く。
「六人目の勇者はこの道場の者でした。その者も共に魔王城を攻める予定でしたので、魔王軍に対抗する力を得るため、単身で始祖の洞窟に向かったそうです」
サコの父が動かない右腕を擦る。
「そこは我が流儀を開発した初代が修行した場。そこには神の力が眠っているとされ、六人目はそれを求めたと言い伝えられています」
「ほう。パワースポットですか」
「ぱわー……?何ですの?」
ペルルドールが小首を傾げる。
「神の力が溢れている場所の総称だ。現代の勇者が持っている伝説の剣はパワースポットで造られている」
「へぇ。そうなんですの?」
「パワースポットの力を剣に宿らせているのだ。だから魔王を倒せた、らしい。王城も、封印の丘もパワースポットだ。神学校もな」
ペルルドールは心の底から感心する。
そう言う曰く付きの建物は、ちゃんとした理由が有る場所に建てられているんだなぁ。
「そして、始祖の洞窟も、ですね?」
セレバーナは、話の矛先をサコの父に戻す。
「はい。六人目の勇者は、そのパワースポットの力を人体に宿そうとして失敗したと言われています」
「あそこは、私が生まれる前までは修行の場として使われていたと訊きましたが」
そう言うサコに頷く父。
「確かに使っていた。パンフレットにも乗せていたしな。五百年の間、あそこでは何も起こらなかったのだ。だが、奴は力を求め、あそこで何かをした」
「奴とは、サコの本当の父の事ですね。五百年前の六人目の勇者も、彼と同じ様な化け物となってしまったんでしょうか」
セレバーナが腕を組んで言うと、サコの父は自分の肩に乗っているサコの母の手を見た。
「神の力に負けて押し潰されたとしか伝わっていません。その結果のせいで化け物になったと考える事も出来ますが、それを退治した話は残っていません」
「ふむ。結末は伝わっていない、と」
「全く。勇者になり損ねた者が存在するから始祖の洞窟の扱いには注意せよ、としか伝わっていませんな」
セレバーナはサコを横目で見た。
背の高い同輩は足元の畳を睨んで思い詰めた顔をしている。
「その場所を道場のパンフレットに乗せていたと言う事は、一般に開放していたんですよね?そんな場所で何をすれば人外の物になるのでしょうか」
サコの父は、溜息交じりに「分かりません」と言った。
「子供が出来たと言う希望と、生まれた時から道場の跡取りに決まっていたと言う重責が、奴に力を求めさせたのでしょう。愚かな事だ」
セレバーナは組んでいた腕を解いた。
「私には、それは矛盾していると思うのですが。結果、子供から離れ、道場も継いでいない。両方とも放り出している」
「男親とは愚かで矛盾した事をやりたがるものです。私も奴の気持ちを理解出来なくもない。その結果がこの様で、私も中途半端に現役を退いてしまった」
それを聞いたセレバーナが金色の目を伏せた。
「自ら進んで愚かな事をするのか……私には全く理解出来ません」
ツインテール少女は、憂いの籠った呟きを洩らした。
「女性には分からんでしょうな」と言ったサコの父は、障子に目を向けた。
サコの母は黙って控えている。
「サコが奴と同じ間違いをしない様、道場を継ぐかどうかを本人に決めさせる事にしました。魔法使いの弟子入りを許したのも、別の道を選び易くさせる為」
「なるほど。で。その、サコの本当の父親を、どうにかして正気に戻す事は出来ないのでしょうか」
セレバーナは顔を上げる。
いつもの無表情に戻っている。
「勇者の話の顛末がどこかに残されていれば可能性が有るのでしょうが。しかし、公的な機関を頼ると確実に退治されてしまう。それは避けたい」
「サコの実父ですものねぇ。――この道場に昔の話が残っていない事は確認済みですよね?当然、ご両親も彼を何とかしようとしたはずでしょうし」
「残っていませんでしたな。なにせ五百年前の事ですし」
「困りましたね。さて。どうした物か」
「シャーフーチならご存知でしょうか?」
ペルルドールは、黒髪のツインテールに向けて耳打ちする。
しかしセレバーナは冷たい声で応える。
「私達に例えて考えてみよう。先日の救出クエスト騒ぎの時、封印の丘に来れなかった冒険者が居たとしよう。その者の事を君は知っているか?」
「ああ、そうですわね。何かしらの事情が有ってあの大騒ぎに参加出来なかった冒険者が居たとしても、わたくし達の知るところではありませんね」
「それと同じ様に、行くのに何日も掛かる魔王城の王座に居たシャーフーチが、勇者パーティに参加していない者の事情を把握しているとは思えない」
「彼に訊いても無駄、と言う訳ですね」
「八方塞がりだな。――話は変わりますが、サコに電報を送った人物に心当たりは?」
「有りません。ウチの者にそれとなく探らせていますが」
父に話を振られ、口を開く母。
「少なくとも、道場生の中には居ません。サコがどこに出掛けたのかを知っている者は居ませんから」
「いえ。実は、一人だけ居ます」
サコは気まずそうに言う。
「誰だ」
セレバーナに鋭く訊かれたサコは済まなさそうな顔になる。
「トハサです。道場や両親に何か有ったらすぐに連絡を、と密かにお願いしていたのです」
セレバーナは、鼻で溜息を吐きながら腕を組む。
「やはり彼か」
「でも、あの人はお父様をとても尊敬している。冗談で危篤なんて書く訳は。それに、彼には電報を打つヒマは無い。普通の手紙だったら別だけど」
片手を上げたセレバーナは、視線でサコを黙らせた。
「それは彼の話を聞いてから判断しよう。良いですか?サコのお父さん」
「ですな。おい、トハサをここに」
セレバーナに頷いたサコの父は、母に呼び出しの指示をした。




