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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第二章
63/333

25

父の部屋を後にしたサコは、周囲に人目が無い事を確認してから口をヘの字にした。

腑に落ちないモヤモヤとした気持ちを抱いたまま自分の部屋に戻る。


「む。サコか」


まだ早朝なので静かに襖を開けると、質素なドレスを着たセレバーナが入り口に向かってファイテングポーズを取っていた。

路地裏で出会った野良猫の様に警戒している黒髪の少女は、現れたのが顔見知りだったので安堵の吐息と共に腕を下した。

起きてすぐなのか、妙に量が多い黒髪は下したままだ。

ペルルドールはまだ布団の中に居る。


「目が覚めて良かった。大丈夫?セレバーナ。頭が痛いとかない?」


「問題無い」


「良かった。――そろそろ朝ご飯だって。起きて、ペルルドール」


「起きていますわ。セレバーナが帰る帰るとうるさくて」


眠そうな声で返事をしたペルルドールは、布団の中で寝返りを打ってから目を擦った。


「まったく。オバケが怖いのなら神官なんかやってられないでしょうに」


起き上がったペルルドールが大きなアクビをする。


「何を言う。オバケ退治をする神官の活躍を綴った小説は数多く有るが、それは全て作り話だ。色物だ。現実には有り得ない」


不機嫌そうに肩を竦めたセレバーナは、落ち着き無くドレスのウエストを調節した。

サイズは合っている筈なのに、神経質そうにスカートの具合を気にしている。


「まぁまぁ。気絶するほどオバケが怖いのなら仕方ないよ。元々、今日帰るつもりだったんだから、ペルルドールも着替えちゃって」


言いながら部屋を横切ったサコは、普段通りの動きでカーテンを開ける。

その瞬間、セレバーナは窓から目を背けた。

また目が有るかも知れないと思ってしまったんだろう。

それに気付いたペルルドールがプッと噴き出す。


「……何が可笑しい。そんなに笑いたいのなら、神学校式のくすぐりの刑を御見舞してやろうか?」


「遠慮しておきます。ああ、今日も良い天気です事」


布団から出たペルルドールは、窓の前に立って伸びをした。

窓の外は白い雲が浮かぶ青空。

帰るには良い日和だ。

視線を下すと、綺麗に剪定された裏庭の植え木達が朝日を受けている。

その奥には高い土塀。

更に向こうは山で、深い森になっている。

上も、右も、左も全て森。

どこから魔物が現れても不思議ではない場所に思える。


「あの目は、人でも魔物でも無く、化け物だとお父様は仰った」


ペルルドールと並んで立ったサコが、窓の外を見ながら言う。


「魔物じゃなくて、化け物ですの?オバケと化け物は違う物ですの?」


小首を傾げるペルルドールに頷くサコ。


「お父様を半身不随にしたのは奴だそうなんだ。だから、薄ぼんやりとしたオバケじゃなく、実体が有る化け物、って事なんじゃないかな」


振り向いたサコは、憮然とした表情で腕を組んでいるセレバーナを見る。


「お父様には何かを隠していらっしゃる雰囲気が有るんだけど、セレバーナはどう思う?」


「冷たい言い方をすれば、サコに言う必要の無い話なんだろう。そんな話を無理に聞き出すと、概ね良くない結果になる。だから私はどうも思わない」


「オバケじゃないそうですから、怖がらなくても良いですのに」


意地悪そうにニヤけるペルルドールに冷たい目を向けるセレバーナ。


「くすぐるぞ。そうではなく、単純に言う必要が無いんだろう。シャーフーチが私達の過去を一切訊かないのと同じだ」


「訊いても魔法の修行には関係ないから、訊く必要が無い。って事か」


「その通りだ、サコ。サコの人生において、化け物の情報は必要無いと判断されたんだろう。悪影響を及ぼす事なら、普通は絶対に言わない」


「そうか。でも、あの化け物は強い者の前に現れると言う。私は上を目指す事を辞めないから、いつか奴に出会うんじゃないかとも思う」


「なら、言う必要が無い事も無いな。サコに道場を継がせる気が無いとか?」


「いや。私が放棄しない限り、私に継がせると思う。自分で言うのもなんだけど、そんな感じで言われた」


「ふむ……」


腕を組んだままのセレバーナは、無表情になって考える。

あの目は人でも魔物でも無く、化け物。

強い者の前に現れる。

サコの父親を半身不随にした。


「情報が少ないな。分からん。気になるか?サコ」


「そりゃ、もちろん。師範代のトハサもあの目を見てるって言うし」


「強い者の前に現れたと言う訳か。しかし、現れただけか?」


「うん。本当に強くないと相手にされないらしい。昨晩も、同じ理由で消えたらしいね」


「ふーん……。ああ、糖分が足りない。頭が働かない」


妙に量が多い黒髪を掻き毟るセレバーナ。

寝癖のせいで、頭の後ろでカラスが羽ばたいている様だ。

サコは、その様を見て笑んだ。

実は女の子らしい長髪に憧れが有り、この家に生まれていなかったらきっと髪を伸ばしていた。

だからセレバーナのこんな姿を可愛いと思ってしまう。


「分かった。すぐに朝食にするよ。それまでに、その頭を何とかしてね」


「うむ」

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