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セレバーナがやきもきし、ペルルドールが再び布団に顔を引っ込めていたその時、サコは父の部屋で椅子に座っていた。
「サコ。昨日の晩、窓の外に目だけが有ったそうだな」
父に訊かれたサコは、姿勢良く頷いた。
「一瞬でしたが、暗闇の中に目だけが浮かんでいるのを確かに見ました。ハッキリと直視してしまったセレバーナは、驚きの余り気絶してしまいました」
「そうか。ひ弱な学生ではアレの眼力には耐えられないだろうな」
父は静かに目を瞑った。
ベッドの脇に控えている母も深刻な顔をしている。
中庭で風にそよいでいる木々のざわめきが聞こえるほどの沈黙に居心地の悪さを感じたサコが口を開く。
「アレは一体何なのでしょうか」
「アレは化け物だ」
娘の質問に即答する父。
「ですが、アレは確かに人の目でした」
「元が人の、化け物だ。アレは強い者を求めて現れる。全国で目撃されているらしいので、あても無く彷徨っている様だ。そう言った存在だ」
「何ですかそれは。私が最果ての地に籠っている間に、そんな物が現れていたんですか」
「いや。実は大分前から道場周辺に居た。そいつがサコの前に現れたと言う事は、サコがそれだけ強くなったと言う事だろう」
「それならトハサの方に現れるのでは?彼は私よりも強い」
サコは筋肉の塊の様な師範代を思い描く。
全盛期の父には敵わないだろうが、彼が化け物ごときに遅れを取る姿を想像出来ない。
「あいつはもう目撃している。だが、相手にされなかった様だ」
「彼も出会っていましたか。では、私も同様に相手にされなかった、と言う事でしょうか」
「恐らくな。アレとの戦いになっていたら、サコもトハサも無事では済まなかっただろう。王女様は、恐らく無視されるから大丈夫だろうが」
「弱い者は無視、と言う事ですか」
「そうだ」
「トハサや私が無視されたのは、弱いから」
「そうなるな」
「勇者様は、アレは邪悪な物だと言っていました。何とかして退治出来ないのでしょうか」
一瞬言葉に詰まった父は、仕方ない、と言った感じで口を開く。
「実は、私がこんな身体になったのは、奴のせいなのだ」
「え?」
「奴に負けたのだ。殺されると思ったのだが、こうして生き恥を晒している。――奴がなぜ私を殺さなかったか、分かるか?」
「いえ……」
「例えば、あの王女様が怒髪天の如く怒り、お前に殴り掛かって来たとする。お前は本気で相手にするか?」
「いいえ。本気で相手をしたらペルルドールが怪我をしてしまいます。言葉は悪いですが、適当にいなして済まそうとします」
勿論、自分が悪くて怒らせたのならまず謝るが。
「私と奴の戦いは正にそれだった。奴にとっては、私など殺すに値しない相手だったと言う事だ」
「そんな。お父様ほどの実力者を……」
「だから、サコ。もしもあいつに出会ったとしても、決して戦うな。サコまでもが私の様な身体になったら、この道場を畳む事になる」
「お父様は、私が道場を継がなくても良いと仰れましたが。他にも道場を任せられる者が居るからと」
「親子二代が同じ敵に負けた流派に弟子入りする者など居ない。そんな家に養子に入る物好きも居ない」
歴史有る道場を畳む。
サコの代でそうなったら、先祖に顔向け出来ない。
「……確かに。ですが、トハサの様に、私よりも強い者が道場には何人も居ます。彼等もその化け物に狙われるのでは?」
「それはお前が心配する事ではない。奴は……」
父は何かを言い掛けたが、その言葉を発する事は無かった。
「とにかく、王女様に何かが有ったら一大事だ。決して余計な事はするな。化け物を刺激するな。分かったな」
「はい」
「では、下がって良い」
「はい」




