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一冊の大きな本と小さな紙袋を持っている小柄な少女が封印の丘を登る。
同じ目的地に行くらしい謎の行列をこっそりと追って来たのだが、体力不足による足の遅さが災いして置いて行かれてしまった。
「ふぅ……。ふぅ……。参ったな、思ったより距離が有るぞ……」
小柄な少女が持つ漆黒の髪は生まれ付き量が多いので、重くて暑い。
それが不快だったので神学校に入った直後に短くしたのだが、量が多いせいで寝ぐせが酷かった。
毎朝髪と格闘するのもバカバカしいので、再び長くした。
長ければ寝ぐせが付いても縛れば終わりだし。
その髪が体温を溜め込み、今ここで少女を苦しめている。
「うーむ。最果ての地と言うから、人が居ない荒地だと思っていたのだが。――防寒重視が仇となったか」
ポケットが沢山有るコートを脱いだ小柄な少女は、その裾を座布団にして腰を下した。
胸に紋章が刺繍された神学校指定の冬用制服と厚手のタイツが暑さの元凶なのだが、それはこの場で脱ぐ訳には行かない。
丘の麓に村が有るので、こんな所で着替えを始めたら誰かに見られてしまうだろう。
だから長い髪をツインテールにした。
坂になっている草原を拭き抜ける風が爽やかに襟足を撫で、少女に涼しさを感じさせた。
「日はまだ高い。汗が引くまで休憩するか」
そうして一服していると、ざんばら茶髪の若者が丘を登って来た。
茶色のズボンに白いシャツ。
黒髪の少女とは違い、ちょっとそこまで散歩しに行こう、と言う感じの軽装だ。
かなり背が高く、すらりと伸びる手足は筋肉で盛り上がっている。
その若者は、草原の真ん中で座っているツインテールの少女に気付いて笑顔になった。
「こんにちは。こんな所で何をしているんですか?」
男の様な体格だったが、その口から出た声は可愛らしい幼女の様だった。
どうやら女性らしい。
「こんにちは。ただの休憩です。君もこの先に有る遺跡に?」
ツインテール少女は本とコートと小さな紙袋を持って立ち上がる。
茶髪の人と並んで立つと、ツインテール少女の頭は彼女の胸辺りくらいしかない。
「はい。魔法使いの弟子募集に応じて。貴女もですか?」
「私もです。同じ目的だと思われる集団を目印にして来たんですが、歩き慣れていないので置いて行かれたと言う訳です」
ツインテール少女は足元に視線を落としながら言う。
背の低い雑草が沢山の人間の足と小さめの馬車によって荒らされている。
これを目印にすれば迷う事は無いので、だから気兼ね無く休憩が取れたのだ。
「この轍の主はもう目的地に着いているでしょうね。一緒に向かいましょうか」
「そうですね」
親子ほどの身長差が有る二人が並んで丘を登る。
「しかし、大勢の人が弟子を希望するんですね」
大柄な女は見た目に似合わない可愛い声で言う。
ツインテール少女は小さい身体に似合った幼い声で応える。
「そうですね。誰も引き返して来ないと言う事は、その可能性も有りますね。私達の席が残っていれば良いのですが」
「席、とはどう言う事ですか?」
「この行列は、お金持ちか偉い人を遺跡に送る為の護衛だと思っていました。ですが、送るだけならすぐに帰って来るはず。居残る理由が無い」
「なるほど、確かに」
茶髪女の相槌を受けたツインテール少女は、無表情を崩さずに推理を続ける。
「帰って来ない理由が大勢の弟子入り希望だったとしたら、私達は人数制限で落とされるかも知れない、と言う事です」
「人数制限なんて有るんですか?」
「さぁ?募集を知らせる羊皮紙には書いて有りませんでしたが。ですが、常識で考えれば可能性は有るでしょうね」
茶髪の女はうむむと唸る。
「言われてみれば。ウチの道場にこれだけの人数が一度に来たら、確かにお断りするかも知れない」
「道場を?」
「実家が。お見掛けした所、貴女は学生さんの様で。さすがに頭が良いですね。羨ましい」
「魔法使いへ弟子入りする為に中退して来たので、もう学生ではありませんけどね。この制服を着続けている理由は、正装がこれしか無かったから」
「正装?あ、そうか。弟子入りするのですから、ちゃんとした服を着なきゃダメですよね」
「厳格な方が先生なら、第一印象は大事でしょうね」
茶髪女は「しまったー」と言いながらボサボサの頭を掻く。
彼女の格好は、正式なレストランなら絶対に入店を断られるくらいラフだ。
背負っている小さいリュックには旅に必要な道具しか入っていない。
「私、断られるかな。困ったな」
「羊皮紙に書かれた文章を見る限り、そんなに厳しそうではないですけどね」
「そうですか?」
「ええ。むしろ、好い加減な人物と思われます。細かい事が何も書かれていませんでしたから」
「うむむ。なんか、居ても立ってもいられなくなりました。急ぎましょう」
話をしている間に焦りが募って来た茶髪で大柄な女は丘の上に視線を向ける。
家族を説得し、雪山を超えて遥々やって来たのに、弟子入りを断られたら路頭に迷う。
「どうぞお先に。私は私のペースで行きますから」
ツインテール少女は片手を上げて先に進む様に促す。
大柄な女と小柄な少女では歩幅が決定的に違う。
今もツインテール少女に合せてゆっくり目に歩いている。
「これから一緒に魔法使いになる為の修行をする仲間じゃないですか。一緒に行きましょう」
体育会系らしい考え方だな。
正直、苦手な思考パターンだ。
ツインテール少女は面倒臭そうに肩を竦める。
「お気になさらず。私の歩くペースは、これ以上上がりません。先程座っていたのは歩き疲れたからですし」
「でも……。そうだ!失礼します」
「む?」
大柄な女は、おもむろにツインテール少女をお姫様だっこした。
そして走り出す。
猪突猛進と言う言葉がピッタリだと思えるくらいのスピード。
「私は楽で良いですが、君は疲れるのでは?」
「あっはっは。貴女みたいな小さい子を抱いたくらいで疲れていては、道場の娘はやっていられません」
茶髪女の腕や腹筋は筋肉でカチカチだが、胸だけは柔らかい。
今まで半信半疑だったツインテール少女は、やはり女だったか、と思った。