21
「ところで、サコ」
セレバーナは、実家に向けて歩き出そうとしたサコを呼び止めた。
同輩の三人だけになったので、落ち着いた感じの声になっている。
だからサコも素のトーンで返事する。
「何?」
「あの師範代はどう言った方なんだ?キミとの関係は?」
「彼は大分年上だけど、幼馴染みと言っても間違いではないかな。彼の住み込み歴は長いからね。お父様の次に強くて、尊敬出来るお人だ」
「幼馴染み!尊敬!」
ペルルドールが青い瞳を輝かせた。
その勢いに押されたサコが一歩引く。
「そ、それがどうしたの?」
「ペルルドールの反応は気にするな。その幼馴染みが電報を打ったとは考えられないか?私的には、彼が一番怪しいのだが」
「うーん……」
サコは考えながら歩き出す。
それに続くセレバーナとペルルドール。
「無いと思うなぁ。彼がそんなウソを言ってもしょうがない」
「なぜ」
「肝心の本人が指導で忙しいからだよ。今だって山頂に行っている。彼が私をここに呼んだとしても、私の相手をしているヒマは無い」
「安直な発想だが、道場主とその娘を殺して道場を乗っ取る計画を企んでいるかも知れない」
「道場を乗っ取ってもねぇ。父がああなってしまってからは、彼が道場を回している。これ以上の立場にはなれないよ」
「売れば金になる」
「彼は貴族の次男だ。お金には困っていない。第一、こんな山、高く売れるのかな?」
「この山全部がヘンソン家の物なのか?」
「どこまでがうちの物かは、役場に行って調べないと分からないけどね」
「結構な資産ではないか。サコはこの道場の娘な訳だが、継ぐのか?継げるのか?」
返事に困るサコ。
それで悩んでいると言うのに。
どう返そうかと考えながら歩いていると、空気が重くなった気配を察したセレバーナが詫びた。
「言い方が悪かったな。すまない。要するに、彼とサコが結ばれれば、正当に道場を手に入れられるのでは?と思ったのだ。有名な看板は名誉になるからな」
「む、結ばれる……」
なぜかペルルドールが顔を赤くする。
「それも無いよ。確か、王都に道場支部を作る計画が有って、彼がそこの主になる話が有る。つまり、望めば看板を背負える立場に彼は居るんだ」
「支部の事は聞いていたが、彼が主になる話は知らなかったな。順風満帆だな」
「彼の実力なら、独立して自分の道場を持つと言う道も有る。つまり、自分の将来は自分で選べるんだ。やっぱり私に構っているヒマは無い」
「ふむ……」
セレバーナは歩きながら腕を組む。
「幼馴染み以上の感情は無い、と言う訳か。君にも。彼にも」
「無いね。それに、彼には許婚が居る筈だ。私は見た事が無いけど」
「今の会話だけで判断すれば、彼が電報の主ではないと思えるな。サコもそう思うか?」
「うん」
「では、君の心を奪おうと企んでいそうな他の男性は居るかな?」
「何それ」
「だから、道場乗っ取り計画だ。財産を奪う目的で近付いて来そうな殿方に心当たりは?」
「居ないと思う。第一、私は魔法使いに弟子入りする為に山を降りて通行手形の発行手続きをした。計画を企んでるのなら、その邪魔をするんじゃないかな」
「確かにな。邪念が有るのなら、サコの行動を監視しない方が不自然だろうな」
「そんな視線を感じた事は無いね」
セレバーナは、腕を組んだまま溜息を吐く。
手掛かりを掴めそうな予感が全く無いので、底が抜けた鍋で水を掬っている様な徒労感に襲われている。
「一人娘を相手にしないで道場を乗っ取るつもりなら、むしろサコが居ない方が都合が良い訳か。家主の血縁者が居ない内がチャンスだものな」
「家の事情を知らなければ、普通はそう思うだろうね。難しい事は分からないから、多分だけど」
三人の少女は母屋の玄関を潜る。
王女からの要求が有ればすぐに動ける様にベテランの女中が廊下で待機している為、話を聞かれない様に小声になるセレバーナ。
「金銭、相続、色恋、全て脈無しか」
「つまりませんわ」
一人で勝手にへそを曲げているペルルドールは、仲間に無視されている事に気付いていなかった。




