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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第二章
57/333

19

自前の道着に身を包んでいるサコは森の中に居た。

昨晩はサコの自室で川の字になって眠ったのだが、その時にセレバーナに注意された。

「電報を打った人物の正体と目的が分からないから絶対に一人になるな」と。

だったらさっさと封印の丘に帰れば良いと思うのだが、ペルルドールの見聞を広めたいとか何とか言って、数日居座るつもりでいるらしい。

天才の考える事は良く分からない。

だが、謎の人物に狙われていて危険だと言うのなら、正面の門の外で完璧に一人になれば何も問題は無いだろう。

他人の気配を感じたら、すぐに隠れれば良い。

そうすれば誰からも危害を加えられる事は無い。


「ふぅ……」


雑念を頭の中から追い出したサコは、呼吸を整えて精神を研ぎ澄ませた。

そして、周囲に人の気配が無いかを常に意識しながら目の前の大木を見た。

太い幹にはロープが幾重にも巻かれている。

サコは、幼い頃からこの木を相手に打ち込みの練習をしていた。

父も、祖父も、この木を相手に練習していたと言う。

大昔から一族の相手をしてくれた、偉大なる木。

本当の父も、この木に拳を打ち込んだのだろうか。

サコは構え、正拳突きを一発打ち込んだ。

衝撃に震える幹。

しかしそれは一瞬で、大木は何事も無かったかの様に雄々しく佇んでいる。


「道場を継ぐか。魔法を習って別の道を進むか。私はどちらに向かうのが正解なのだろうか……」


もう一発打ち込もうとして、止めた。

迷いが有ると、この木は反撃して来る。

実際に攻撃される訳ではない。

なぜだか打ち込みに失敗し、手首を痛めてしまうのだ。

子供の頃は良く泣かされた物だ。

そう言う意味では、この木は父より厳しい。


「迷いを持つには、私はまだまだ未熟、と言う訳ですね」


勉強不足。

経験不足。

力不足。

考える暇が有ったら自分を磨け。

答えはその先に有る。

それは逃げかも知れない。

問題の先延ばしかも知れない。

だけど、事実だ。

頷くサコ。

迷いは消えた。

こうして一人になれる時間が出来たのは、気持ちの整理をすると言う面では良かった。


「ありがとうございました」


木に一礼して立ち去ろうとしたら、森の中に人の気配が現れた。

身を屈めたサコは、息を殺して藪に潜む。

その気配は森の中を派手に動いている。

不必要だと思えるレベルの物音を立てながら草を掻き分け、小石や坂に足を取られて大声を出している。

不審者と言うより、迷子っぽい。

サコは音も無く森の中を移動し、気配に近付く。

そこに居たのは明るい茶髪の男だった。


「勇者様じゃないですか。こんな所で何やってるんですか?」


マントに身を包んだ旅支度姿の勇者は、突然現れた道着姿の女に驚いた。

しかし女の顔に見覚えが有る事に気付き、剣の柄を握っていた手を下す。


「君は魔王の所に居た!君こそどうしてこんな所に?」


「この先の道場は、私の実家なんです。個人的な事情で里帰りを」


「なんと!君はヘンソン様の御息女だったのか」


「はい。父にご用ですか?」


「君も知っての通り、私の未熟さは羞恥心を抱くほどだった。なので、一から鍛え直そうと思ってな。手始めは基礎体力の底上げをと考えて来た訳だ」


そう言った勇者は、くっと涙を堪えて歯を食い縛った。

その悔しさは理解出来るし、本来なら応援したいところだが、しかしサコは呆れ顔になる。


「それで迷子ですか。一体どこから入ったんですか?正面からなら一直線でしょうに」


「これを見ながら歩いて来たのだが、なぜか道を外れたのだ」


勇者は懐から一枚の紙を取り出した。

それはヘンソン道場の入門案内書だった。

雑誌に挟んであったり、学校の職員室等に置いてある、普通のチラシ。

小さい地図が載っているので、普通なら迷う事は無い。


「ここから入ったのだ」


勇者が指差したのは、道場の始祖が修行したと伝わっている洞窟への行き方だった。


「そこ、今は封鎖されてますよ。チラシにも行けないとちゃんと書いてありますけど」


「何と!私の祖父がそこで修行したと聞いていたから、一度見ておきたかったのだが」


「私が生まれるちょっと前くらいに地震が有って崩れたと聞いています。どっちにしろ、方向が全く違います」


「むむ?そんなバカな」


勇者はチラシに目を落とす。

洞窟へ至る道が荒れ放題だったから迷子になったのか。

それで反対側に出て来るとは、どんだけヘッポコなんだか。


「取り合えず、道場に行きましょうか。こっちです」


「済まない。助かったよ」


心底困っていたのか、勇者は白い歯を見せて安堵した。

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