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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第二章
53/333

15

茶髪で長身の少女は、緊張した足取りで廊下を進んだ。

植え木と庭石が絶妙な配置となっている中庭が横に見えるが、その風景を懐かしんでいる余裕は無い。


「お父様、サコです。一時的にですが、戻りました。お加減はいかがでしょうか」


父の部屋の前で膝を突き、頭を下げるサコ。

母はその後ろで控える。


「入りなさい」


一ヵ月ぶりに聞く厳しい声。

サコは礼儀正しく障子戸を開け、部屋に入る。

和室の中には介護ベッドが有り、父が上半身を起こした状態で横になっている。

家を出た時と全く同じ姿。

その左手には悪い知らせが書かれたあの電報が握られている。


「事情は聞いた。お前には心配を掛けたな」


「いえ。お父様もお変わりなく、安心しました。共に修行している仲間達にも安心して貰えます」


「仲間と言えば、王女様が同行されているとか」


「はい。最初は上品なお方でしたが、今では共に学ぶ仲間として、女の子同士の友達として接してくださっています」


サコは、一緒に魔法の修行をしている少女達の事を話す。

頷きながら耳を傾けていた父は、話が途切れたところで動かない右手を擦った。


「遠くの地で頑張っている様だな。私も安心した」


「はい」


「だが、私もこんな不自由な身になってしまった。この手紙はタチの悪いイタズラだが、確かにいつお迎えが来ても不思議ではないな」


「そんな。私がきっと治癒の魔法でお父様を治してみせます。ですから、それまでお元気で居てください」


サコが言うと、母も困った様に微笑んだ。


「そうですよ。弱気な事を言うなんて、あなたらしくもない」


母も和室に入って来て、父の手に有った電報を適当な机の上に置いた。


「ふ。確かにな。――だが、格闘家なる者、試合には常に死の覚悟を持って挑む。サコもそれは分かっているな」


「はい」


「サコももう十五。真実を聞くに相応しい年齢、には少し早いが、問題は無いだろう」


父の言葉に母の顔が強張る。

部屋の空気が張り詰めた事を敏感に察知したサコが気を引き締めて訊き返す。


「真実、ですか?」


「ああ。本職の医者が治療して、やっと右半身不随だ。サコの魔法で治して貰うまで何年掛かるか」


その言葉は否定出来なかった。

一月経って、やっと魔法の入り口に立ったと言う状況だ。

基礎を習得するだけでも一年は覚悟しなければならないペースだろう。

ペルルドールが師であるシャーフーチを全く尊敬していないのは、そのスローペースのせいでもある。

魔法使いになりませんか?と言って弟子を募集しておいて殆ど何も教えてくれないのでは仕方が無い。

しかし、格闘家としては、基礎に時間を掛けている事は理解出来る。

道を極めた者でも、毎日の基礎訓練は絶対に欠かさない。

基礎を疎かにして成功した人間は居ないのだ。

口下手なサコはその事をペルルドールに伝えられないでいるが、未熟なサコが偉そうに語るのも違う気がするので、そのまま言わないでおいている。


「サコが魔法の修行に集中出来る様、私がまともに喋られる内に話しておこう。おい、二人きりに」


「……はい」


目を伏た母は、静かに部屋から出て行った。

そして音も無く障子戸が閉められる。


「座りなさい」


「はい」


サコは、母が介護する時に座るベッド脇の椅子に座った。

姿勢良く座っている娘を見詰める父。

声以外は女の子らしくないが、立派に育ってくれた。

そう感慨に耽った父は、おもむろに口を開いた。


「良く聞きなさい」


「はい」


「実は、サコは私の子ではない」


「は?」


父の言葉が全く理解出来ず、ポカンと口を開けるサコ。


「お前は私の実の子ではないんだ」


自分の言葉がどれほどの意味を持つのかを良く知っている父は、もう一度繰り返した。


「え?そ、それは、その、え?それが、真実、ですか?」


サコは混乱し、どもる。


「そうだ」


父はサコをじっと見ている。

サコも真っ直ぐ見返す。

視線を逸らす事が出来ない。

父は冗談を言う様な人じゃない。

本当なんだ。


「で、では、母も、あの母も実の母ではないのですか?」


突然告げられた真実をやっと理解したサコは、一番に疑問に思った事を訊く。


「いや。アイツは腹を痛めてサコを産んだ実の母だ。実は、アイツは私の妹なのだ。実際は夫婦ではなく、兄妹と言う事になる」


サコは口を半開きにして固まっている。

そんな様子の娘を見詰めながら話を続ける父。


「私とサコの本当の父とは、同輩の親友だった。お前を心配して同行してくれた王女様達の様な、と言えば良いだろうか」


「は、はい」


サコの頭の中は真っ白だったが、返事はキチンとする。


「色々有って、奴と妹は結ばれた。奴は先代の息子でな。本当なら、この道場は奴が継ぐはずだった」


先代の道場主である祖父は、十年前、つまりサコが五歳の時に病気で亡くなっている。

そして、目の前に居る父が道場を継いだ。


「だが、奴は突然修行の旅に出た。腹の大きい母を残してな。そして、お前が生まれても帰って来なかった」


「どうして修行の旅に行ったのでしょうか」


「お前の祖父は、それが分からなかった。私も、門下生の誰もな。だから奴を見限り、私に道場を継がせたのだ」


父は天井を仰ぎ、懐かしそうに言う。


「理由を言わずに行方不明になった者に道場を任せる訳にはいかなかったからな。そして……」


一瞬、唇を固く締める父。


「自分の血筋であるお前にこの道場を継いで貰おうと、師は考えた。だから私がお前の父の代わりとなったのだ」


「どうして、その、お父様が、父の代わりを?実の母が居るのなら、その様な事をしなくても子育てに不都合は無いと思うのですが」


「師は考えの古いお方でな。父無し子を後取りにする事を良しとしなかったのだ。生まれたのが女だったしな」


「女だといけませんか」


「この国では問題無い。今の王は男だが、次の王は女王だ。お世継ぎは二人の姉妹だからな。女領主や女騎士も、数は少ないが珍しくはない」


「はい」


「しかし、師の故郷である東国では、家を継ぐのは男であるべしと言う風習が有るらしい。だから、お前に婿を取って貰いたかった様だ」


片親では結婚には不利だからな、と言って障子の方を見る父。


「私がお前の魔法使いへの弟子入りを許したのは、そこに疑問を持ったからだ」


「と、言いますと……?」


「お前は、女にしては強い。将来的には道場を継げると、私は思う。勿論、今はまだまだだが」


「はい」


「だが、道場主となって家を継ぐか、他の道に進むかは、お前が決める事だ。お前自身の判断でな」


「私が家を継がなくても良いと?」


「継ぐ気が有るのならそれで良い。無くても、道場を継げる弟子は居る。私が道場を継いだ様にな。だから、私はお前に家を押し付けるつもりは無い」


「ですが、お爺様は、私に……」


「どちらに進むとしても、治癒の魔法が使えれば心強いだろう。手に職を持つ事はとても良い事だ。いくら強くても、女が武芸一筋で生きるのはとても厳しい」


父は、改めてサコを見た。


「だから、魔法を身に付けるまでは、何が有っても帰って来る事は許さん。私に何が有ってもな」


「お父様……」


「以上だ。今になって思えば、家を出る前に言ってやる事だったな。済まなかった。下がって良い」


「はい。その、私は……」


「お前と私は叔父と姪だ。血が繋がっている。だから、私はお前を心から気に掛けている。それにウソは無い」


「……はい」


「少し疲れた。母を、呼んで来てくれるか」


サコが動けずにいると、父がそう言った。

明らかに部屋から出て行って欲しがっている。


「……はい。では、失礼します」


ゆっくり立ち上がったサコは、頭を下げてから部屋を出た。

そして何も考えられないまま中庭を見た。

どう言う感情を持てば良いのか、全く分からない。

ふと視線を感じたサコは、顔を横に向けた。

廊下の奥で母が静かに佇んでいた。


「父が、少し疲れたと」


「……サコ」


娘の手を取る母。


「貴女の父は、二人共、とてもお強い。それを、良く覚えておいて」


「はい。――その、お母様。本当の、と言うか、行方不明の方のお父様は、どんなお方だったんですか?」


見た事も無い実父を本当の父だとする事に抵抗を覚えているサコは、しどろもどろに訊く。

部屋の中に居る方の父が自分の父だと疑わずに生きて来たので、急に義父だと思う事は出来ない。

混乱している娘を見た母は、疲れが隠れている微笑みを浮かべた。


「サコにそっくりな人でした。顔も、こうして遠路遥々お見舞いに来てくれる、優しいところも」


母は、娘の反応を確認せずに父の部屋に入って行った。

一人残されたサコは、産まれる前から植えてある中庭の松の木を見上げた。

父が無事かどうかを確認しに来ただけなのに、思いも掛けずに重大な真実を告げられてしまった。

しかも、将来の道が複数有り、どちらに進むのもサコの自由だとも言われた。


「そんな事を言われても、難しくて良く分からないよ」

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