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「これは金貨十枚でも安過ぎるドレスです。それを金貨八枚で仕入れられるのならお得だと思いますが」
「確かに素材も縫製も最高級だが、同じサイズの六着を一気となると……」
街で一番大きい服屋に入った三人の少女は、早速商談を始めた。
ただし、交渉するのはセレバーナ一人。
サコは用心棒風な雰囲気で店内に注意を払い、麦わら帽子を深く被っているペルルドールは退屈そうにアクビをしている。
交渉が三十分を過ぎると、立ち疲れたペルルドールはサコの隣でしゃがみ込んでしまった。
みすぼらしい格好なので他の客の目障りになっているし、金色の目の娘はチビのクセに異様に強情だ。
なので、店主は渋々妥協した。
持ち込んだ品物は超一級品だから、何らかの事情で貧民の変装をしている可能性が有る。
もしもそうなら組織的なバックが居るので、絶対に折れたりしない。
大がかりな盗賊団が小娘を使って売りに出させたのなら、安く手放したりしたらこの小娘達の命は無いだろうから。
バックが居なかったら、その時は……。
「分かった分かった。じゃ、これでどうだ」
諦めの溜息を吐いた店主がソロバンを弾く。
珠が示している数字を確認したツインテール少女は、ようやく頷いた。
「そうですね。不満ではありますが、量が多いので、これくらいになるのも仕方が有りません。これでお願いします」
商談が成立し、品物とお金が交換される。
「長々と失礼しました。機会が有ったら、またお願いします」
「ええ。宜しくお願いしますよ」
頭を下げたツインテールの小娘に負けないくらい深く頭を下げる、商売人魂に溢れる店主。
腹の中では塩を撒きたいと思っているだろうに。
なので、金貨の入った麻袋を持ったセレバーナは足早に店を出た。
「結局どれくらいになったの?」
後を追って店を出たサコが訊くと、セレバーナはニヤリと笑った。
「ドレスが金貨七枚、靴が五枚だ。一足だけ四枚にされてしまったが。まぁ、上々だろう」
「ほー。合計七十一か。それは凄い」
「どれぐらい凄いんですの?」
金銭感覚が全く無いペルルドールが訊く。
ヒマだったせい眠い。
「最果ての村の独り者なら、贅沢をしなければと言う条件付きだが、金貨一枚で一ヶ月暮らせる。それが七十一枚だ」
それを聞いたペルルドールの眠気が吹っ飛ぶ。
「おー。じゃ、わたくしのドレスを全部売ったら、何年も働かなくても良いんですのね?」
「そうなるな。だが、ペルルドール。それらは税金で買った物だと言う事を忘れるな」
「う……、むむ……」
笑顔から一転、ペルルドールの顔が曇る。
世間知らずな第二王女でも、税金の概念くらいは理解している。
「ですけど、王家の生活を支えているのは税金だけではありませんわ。王家の名の許で農場や牧場を経営していた筈」
そんな事を習った覚えが有る。
「そうだな。王家のワインは神学校の神事でも使った。それは途轍もない高級品だが、それで贅沢出来るほど世の中は甘くない」
農家を手伝った報酬からも分かるだろう?とセレバーナに言われたペルルドールは、反論出来ずに悔しそうに頷く。
最果ての村の畑で一日中働いてヘトヘトになっても、貰えるお金は饅頭を数個食べたら無くなってしまう程度だ。
国民全員が、そんな給金の中から税金を払っている。
「納税は国民の義務だし、王家は命と誇りを掛けて国を守っている。だから、王女が多少の贅沢をしても許されるとは思うがな。サコ、振り向くな」
セレバーナは真っ直ぐ前を見て歩きながら言う。
背後の気配に気を取られていたサコは、慌てて前を向いた。
「来るかな、と予想はしていたが。着いて来てるか?」
「チンピラが、五、六人ってところかな」
「何ですの?」
「ペルルドールも後ろを見るな。さっきの店の用心棒だろう。このお金を取り返そうとしている」
「え?どう言う意味ですの?」
「社会の闇さ。確かにぼったくったが、新品の価値より高くした訳ではないんだがな。小娘だと思われてナメられたんだろう。さっさと山に逃げるか」
金を懐に仕舞ったセレバーナは、ゴルフボール大の玉を取り出した。
サコは道に落ちていた鉛筆くらいの棒っ切れを拾う。
「贅沢な暮ししか知らないペルルドールは、泥を啜って生きている底辺が居る事を予想もしていなかったろう」
三人の少女は、人気が無い路地に入った。
その路地の真ん中辺りで立ち止まり、振り向く。
無言のままのサコが地面に自分達を囲む円を描くと、三人のチンピラが路地に入って来た。
反対側からも三人のチンピラが現れる。
「挟み撃ちか。先回りとは手慣れた物だな」
感心するセレバーナの腕にしがみ付くペルルドール。
「な、何ですの?怖いんですけど」
「このまま黙っていれば、お金を奪われた上、シャーフーチが持っている薄い本的な展開が待っている」
「!」
ペルルドールは青い瞳を見開いて固まった。
師が持っていた薄い本の中身は、実はちょっとしか見ていない。
裸の女性が縛られ、何やらいかがわしい事をされそうな雰囲気の絵しか見ていない。
だけど、それだけでも十分に不快だった。
今現在自分達に近付いて来ている男達にそんな事をされたらと思うと、恐怖で身がすくむ。
「だが、今の私達にはこれが有る。行くぞ」
セレバーナが小さな玉を地面に叩き付けた。
次の瞬間、三人の少女は黒い煙に包まれた。




