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大小様々な宿が点在する大通りでは、多くの屋台が出店されていた。
宿の客を目当てにしている割には出店数が多く、席も殆どが埋まっているので、この街の人達も利用している様だ。
三人は、そんな屋台のひとつに入った。
注文したのは、山菜のリゾットとシイタケの肉詰め三人前。
同じ物を注文すれば、きっと同時に届くから。
「私の父が身体を悪くしているのは本当だ」
喧騒の中、一列に並んで座る三人の少女。
ゴミゴミとして薄汚れているテーブルと長椅子だが、今の三人もみすぼらしい村娘の格好だから違和感は無い。
「命を掛けた真剣勝負の末、半身不随になったんだ」
「それは激しいな。試合中の事故だろうか。そんなニュースは見た事がないが」
テーブルに肘を突いているセレバーナが相槌を打つ。
他の二人は育ちが良いせいか、背筋を伸ばして座っている。
「ニュースになる様な公式の試合じゃなくて、山奥での私闘だったらしい。どう言った経緯かは、誰も知らない。どこで戦い、誰と戦ったかも分からない」
「あの、麦わら帽子を脱いでも宜しいでしょうか。邪魔になって、逆に目立っている様な」
ペルルドールが小声で割り込んで来た。
大き目な帽子のツバが隣に座っているおじさんの肩を擦っている。
「座っている間なら構わないだろう。金髪の女性も多いしな。で?」
「道場主がそんな戦いを受ける事は、まず有り得ない。だから、余程の理由が有ったんだろう。その部分はそれで終わっている」
「ふむ」
「私が家を出た時は、そう言う事情で寝たきり状態だった。けど、お元気だった。だから、この短期間で急に具合が悪くなるのは考えられないんだ」
「だからウソだと判断した訳か。そうなると別の心配が発生すると思うが」
「別の心配って?」
「予想ならいくらでも出来る。遠方での出来事を無駄に考えて不安ぶっても意味は無い。それより、なぜそんな電報が来たのか。心当たりは有るのか?」
「無い」
「なら、電報が本当の場合も有る訳か」
「本当の場合も有るだろうか」
ここで料理が運ばれて来た。
空腹の三人はスプーンを持って食べ始める。
異様に熱々なので、息を拭き掛けながら。
「可能性は半々だ、としか。昨日健康だった人間でも、翌朝いきなり倒れる事も有るしな。サコの道場はどこに有る?」
「ハサランガム山の中腹」
「遠いな。ちょっと様子を見に行って来る、と言う訳にも行かないか」
「イヤナの料理は熱さにも気を使われていたんですねぇ。湯気が立っていても、食べ難い事はありませんでしたわ」
ペルルドールは独り言ちた。
王室育ちな金髪美少女は猫舌なので、熱さに苦労しながら食べている。
それを聞いたセレバーナは、何かを考えながらスプーンを置いた。
「イヤナ、か。――サコ。父親が心配か?正直に言って欲しい」
「勿論心配だよ。だって、私が魔法使いの弟子になる決心をしたのは、癒しの魔法で父の身体を治したかったからなんだから。父がもし……」
思い詰めた顔で俯いたサコは、言葉を切って唇を噛んだ。
代わりにセレバーナが続ける。
「もしも父が亡くなったら、魔法使いの弟子を続ける理由が無くなる、か」
「ふぇ?サコ、弟子を辞めるかも知れないんですの?」
大きく口を開け、火傷した舌を手で扇いでいたペルルドールが驚く。
サコは返事をしないままリゾットを食べ続けている。
「今がピンチの時だな」
言うなり、自分のサインが入った白い紙片を両手で千切るツインテール少女。
「ちょっと、セレバーナ、それは……」
サコが驚いた次の瞬間、真後ろから声を掛けられた。
「特に差し迫った状態ではない様ですが?」
灰色のローブを着た男が真後ろに立っていた。
人一人が突然現れたと言うのに誰も気が付いていない。
それも魔法の効果なんだろうか。
「実はかくかくしかじかで」
セレバーナが今の状態を説明する。
その言葉は簡潔に纏められていたので、シャーフーチはすぐに事情を飲み込めた。
「そうですか。サコのお父さんが」
「なので、ハサランガム山に三人で行ってみたいと思うのですが」
セレバーナの言葉に慌てるサコ。
「そんな!わざわざみんなで行く必要は無いよ。行くなら私一人で」
「一人で行ったら二度と帰って来ない可能性が有るだろう?」
セレバーナの潜在能力である『真実の目』がことごとく核心を突いて来るので、サコは言い返せない。
言う機会と必要が無かったので言わなかったが、サコは一人娘だ。
なので、電報が真実だった場合、道場の今後を考える必要も出て来る。
最悪の事態になったら魔法の修行をしている場合ではない。
「もしも遺跡に帰れなくなるのだとしたら、私とペルルドールがそれを見届ける必要が有る」
セレバーナは、後ろに立っているシャーフーチを座ったままで見上げる。
「まぁ、シャーフーチが師匠としてそれを見届けられるのなら、それに越した事は無いんですが。私とペルルドールは予定通り行動出来る」
「残念ですが」
「やはり封印がネックですか」
「はい。それに関する契約が成せれば動けますが、どんな契約を結べば良いのかは、今ここでは思い付きませんね」
「サコが実家に帰らずに済ました場合、父親の生死がハッキリしない状態となり、実家が気になって修行どころではなくなるでしょう」
セレバーナは、金色の瞳をサコに向ける。
「それによって集中力が失われるのも良くない。今のところ、魔法の勉強には教科書が無いので、シャーフーチの言葉を聞き逃したら終わりになりますから」
サコはシイタケの肉詰めに視線を落とす。
セレバーナの言う通りだ。
父の身体を治すと言う目的を果たせるのか果たせないのか分からない状態では、修行に身は入らないだろう。
それに、電報が真実だった場合、親の死に目に会えないのは結構な親不孝だと思う。
「分かりました。許可しましょう」
サコは顔を上げ、シャーフーチを見上げる。
「ハサランガム山は遠いので、マジックアイテムを出しましょう。予定通りの日数で事が済む様に」
シャーフーチが指を鳴らした。
その手にゴルフボール大の一個の玉が現れる。
「地面に円を書き、その中でこれを地面に叩き付ければハサランガム山の麓に瞬間移動出来ます。円の外に手を出していると手が千切れるので注意してください」
それを聞いたペルルドールが不機嫌そうに頬を膨らませる。
「えー?そんな物が有るんなら、馬車に揺られなくてもこの街に来られたんじゃないんですの?運賃も無駄になりましたわ」
「父を心配する娘として私と契約して貰うから出せるアイテムです。先日も言いましたが、本当は弟子を甘やかしたらダメなんですよ?」
「契約、ですか。やはりお金を?」
サコはシャツの上から懐の財布を押さえる。
全財産を渡しても良い気分だが、それをすると旅費が無くなるので他の二人に迷惑を掛けてしまうか。
「はい。今回は、そうですね。いくらくらいが良いでしょうねぇ。現代の旅費はどれくらいが相場でしょうか」
考える師に向けて片手を上げるセレバーナ。
「シャーフーチ。報酬は物でも良いのですか?」
「え?ええ、そうですね。依頼の中身次第ですが、物でも、依頼主の命でも」
「なら、このリゾットとシイタケの肉詰め二人分ではいかがでしょう。物凄く美味しいので、シャーフーチとイヤナにも食べて欲しい」
シャーフーチはテーブルの上に並んでいる料理を見てみた。
確かに美味そうだ。
「そうですね。良いでしょう。では、サコ。料理のテイクアウトを。それとアイテムを交換で契約完了です」
「はい。――シャーフーチ、セレバーナ。ありがとう」
深く頭を下げたサコは、料理の注文を取りに人混みの中を進んで行った。
「……わたくしが行く必要は有りますの?サコのお父様を心配する気持ちは有りますが、わたくしが行っても役に立たない様な」
ペルルドールは、唇を尖らせながら小首を傾げた。
疲れているので面倒事が嫌になっている。
「ほう。そんなに畑が心配か?今ならシャーフーチと一緒に帰れるだろう。馬車に乗らず、一瞬でな。ペルルドールの好きな方を選ぶと良い」
「え?――ああ、いえ。そうですわね。畑も大切ですけれど、今はサコの支えになる方が重要ですね。良いでしょう。私もサコの実家に行きましょう」
肉体労働をしたくない金髪美少女が慌てている様子を見下ろしているシャーフーチは、手で口元を隠しながら笑いを堪えている。
またもや小賢しい策を巡らせたセレバーナも目を伏せて笑顔になっている。
思い通りの展開にご満悦の様だ。
「ああ、そうそう。呼び出しの報酬は銅貨一枚でしたね」
「呼び出しではないんですけど……。まぁ良いでしょう。はい、契約完了です」
黒髪のツインテール少女から一枚のコインを受け取った灰色ローブの男は、平和な喧騒を見て寂しそうに目を細めた。




