10
幌馬車を降りると、目の前には都会が広がっていた。
複数階建ての建物。
大勢の人。
油やガスではなく、電気で光る街灯。
「じゃ、またよろしくな。お嬢さん達」
風景に見惚れている三人を残し、郵便隊は役場を目指して去って行った。
役場でこの街宛ての郵便物を下し、配達をこの街の郵便局に任せるのだ。
その後もたっぷりと積んだ野菜を市場に流さないといけないので、のんびりとしてはいられない。
「久しぶりに人里に帰って来たって感じだ」
セレバーナは口の端を軽く上げた。
神学校が有る街と比べるとここも田舎だが、それでも大勢の他人が通りを行き来している。
不特定多数の中に紛れ込めるこの感覚はとても安心する。
「さて、呆けてもいられない。夜が近いので、まずは宿探しだな。服屋は明日にしよう」
全く快適ではなかった馬車の旅に疲れているペルルドールは、麦わら帽子を深く被り直しながら無言で同意した。
お腹も空いてるし。
近くに居た人に宿の場所を訊いた三人は、人混みに押されてはぐれない様に気を付けながら移動を開始する。
日が沈み掛けていると言うのに、街灯の明かりのお陰で不自由無く歩ける。
そして大通りに入ると、活気の良い商店が目立って来た。
「中々良い街だ。ドレスも高く売れるだろう」
そして到着した宿屋の暖簾を潜ろうとしたその時、大通りを駆けて来た中年男性に呼び止められた。
「おーい、お嬢さん達!」
「おや。郵便隊の。どうしました?」
「お嬢さんの中にサコ・ヘンソンさんは居るかい?」
「私ですけど」
一番背の高い少女が前に出ると、中年男性は一通の封筒を差し出した。
「最果ての村に無い名字だから、あんた達かと思ってな。速達だよ」
「わざわざありがとうございます」
「これが俺達の仕事だから気にすんな。これにサインを。……どうも。じゃ!」
中年男性は営業スマイルを残して走り去って行った。
「元気なおじさんだ。シャーフーチにあれくらいのやる気が有れば尊敬出来るのに」
心の底からの言葉を吐いたセレバーナが宿屋の中に入る。
「何がどうなっても、あの人は尊敬出来ませんわ。薄い本を全て処分してもです。気持ち悪い」
大き目の麦わら帽子を被っているペルルドールも宿屋に入り、チェックインしているセレバーナの様子を後ろから眺める。
初めて見る光景が多い旅なので退屈はしない。
「私に速達なんて……。何だろう。差出人は……書いてないな」
宿屋の看板を照らしているライトに近付いたサコは、おもむろに封筒を開けた。
中の手紙に目を通した途端、サコの表情が険しくなる。
「……サコ?早くお部屋に行きましょう」
ペルルドールが宿の外に出て来た。
仲間の表情に不穏な空気を感じ、麦わら帽子のツバを手で上げる。
「どうしましたの?」
「いや。何でも無い」
サコは手紙をポケットに仕舞い、早足で宿屋に入った。
ペルルドールも後を追う。
「何か問題が有るのなら、早急に解決した方が良いのでは?」
「私では解決出来ないんだよ。だから困っただけなんだ。気にしないで」
受付での手続きを済ませたセレバーナが、部屋の鍵を受け取ってから振り返る。
「どうした?さっきの速達に良くない知らせでも書いてあったのか?」
セレバーナの鋭さに苦笑するサコ。
「秘密には出来ないか。詳しくは部屋に行ってからで」
三人は三階の二人部屋に入る。
ベットがふたつの安い部屋。
荷物を下した少女達は、適当なベッドに座って一息吐く。
「さっきの速達は、これ。見れば一発で事情が分かると思う」
サコは、ポケットから取り出した手紙をセレバーナに渡した。
しかし安宿には明かりが無くて真っ暗なので、窓際に移動し、外の街灯を頼りに文字を読む。
「チチ キトク スグ カエレ か。電報だな、これは。最果ての村には電報が届かないから、速達と合わせているのか」
「キトクって何ですの?」
手紙をサコに返したセレバーナは、ペルルドールに無表情を向ける。
「死に掛けているって意味だ」
「一大事じゃないですか!早く帰らないと!」
やっと事態を飲み込んだペルルドールが慌てる。
しかしサコは苦笑するだけで動こうとはしない。
「良いんだ。多分ウソだから」
「……何か深い事情が有りそうだな。もしも話せる事なら、そうだな、夕飯を食べながら聞かせてくれないか」
腕を組んだセレバーナは、おもむろに窓の外を見た。
完全に日が沈んだと言うのに、通りでは大勢の人が行き交っている。
この様子から察するに、夜の外食も不自由無く出来るだろう。
「私の家の問題だけど、アドバイスが貰えるのなら話すのも良いかな。私、考えるの、苦手だし」