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円卓に肘を突いていたセレバーナは、姿勢を正してからシャーフーチに金色の瞳を向けた。
「では、話をしても?」
「今回の事は、魔法ギルドに叱られると判断される部分だけ口を挟みます。貴女達主導でやりなさい」
「分かりました。――ペルルドール。君のドレスを売る話だが、構わないだろうか」
セレバーナは、椅子に座ったままペルルドールの方に身体を向けた。
「ええ。構いません。それがみなさんの役に立つのなら」
「ありがとう。だが、やはりこの近くの村では売れそうもない。また、シャーフーチも手伝ってはくれないそうだ」
「これでも十分甘いんですよ?そこのところ、知っておいて欲しいですね」
「シャーフーチ。余計な口を挟まないんじゃ?」
セレバーナにつっこまれたシャーフーチは、円卓に背を向けていじける。
「大の男が拗ねないでください気持ち悪い」
ペルルドールの厳しい言葉に更に落ち込むシャーフーチ。
「話を戻そう。だから、ドレスを売る為に、少し遠出をしたいと思う」
「遠出、ですか?最果ての村から出るのですか?」
ペルルドールは、籐椅子に座ったまま前屈みになる。
ただのお出掛けなら心躍る話題だ。
「うむ。出来るだけ大きな街が好ましい。そこで短期のアルバイトが出来れば理想的だ。なので、王都付近には近付かない」
「稼げる時に稼ごうと言う訳ですね」
「その通り。ペルルドールは世間知らずだから、社会勉強の為に客商売が良いと思う。しかし、だ。イヤナ」
キッチンに居る赤毛少女の方に顔を向けたセレバーナは、少し声を大きくした。
「問題がひとつ有る。それは庭の畑だ」
「あー。そっかぁ。遠出って事は、何日も畑の世話が出来ないって事になるかぁ」
イヤナはキッチンから返事をする。
「常識として、師匠であるシャーフーチには頼めない。だからイヤナに留守番を頼む事になるだろう」
「うん、良いよー」
「気を悪くして貰いたくないのだが、行きの旅費は自腹だから、と言う理由も有る。我々には多少の持ち合わせが有るから」
「気にしないでー」
「ペルルドールも、それで良いだろうか。そこで質問なんだが。君は財布を持っているだろうか」
「さい、ふ……?」
ペルルドールは、セレバーナの質問に小首を傾げた。
「その反応で十分分かった。王女が自分で金銭を持ち歩く訳が無いからな。イヤナと同じく、無一文だった訳か」
あっ、と口を開けて思い出すペルルドール。
「いえ、持ってますわ。お金を入れて置く小袋の事ですよね。爺が持たせてくれました」
「いくらくらい持っている?」
「えっと、金銀銅が、懐に入れても邪魔にならないくらい入っています」
セレバーナは腕を組んで視線を床に下す。
石造りの床に敷かれている絨毯は、ペルルドールの従者が持ち込んだ物だ。
これも高価な品に違いない。
「ふむ。金貨が有るのなら、それなりに持っているか」
「私とセレバーナで旅費を立て替える予定だったけど、大丈夫そうだね」
サコが言うと、お盆に皿を乗せたイヤナがリビングに戻って来た。
「はい、ペルルドールの分。お昼のウサギだから、感謝して食べてね」
円卓に置かれたのは、菜っ葉とウサギの肉を煮込んだ塩味のスープだった。
ペルルドールは円卓の椅子に席を移し、女神に恵みを感謝してからスプーンを手に取った。
「外出の日数は、トラブルが無ければ一週間前後とする。そんなところかな。宜しいでしょうか?シャーフーチ」
セレバーナは、少女達に背を向けたままのシャーフーチに伺いを立てる。
「良いんじゃないでしょうかね」
「では、それで決定しよう。出発は明後日にしようと思うが、どうかな?ペルルドール」
「明後日ですか。早いですね。何日も情報収集した後になると思っていました」
「私もそのつもりだったが、生活費が無い訳だからな。慎重に行動しても腹は膨れないし、金は減る一方だ。だから当たって砕けろ作戦にした」
「確かに。ドレスはまだまだ沢山有るので、最初はそれで良いでしょう。――わたくしはいつの出発でも構いませんよ」
「では、明日は旅立ちの準備をしよう。私とサコは自室に戻って準備の下準備をする。おやすみ」
「おやすみなさい」
セレバーナとサコがリビングから出て行った。
目を離した隙にシャーフーチも居なくなっている。
「ゆっくり食べてね」
落ち着いた声でそう言ったイヤナは、自分の席に座って縫物を始めた。
ペルルドールは、スープを食べながらその様子を眺める。
糸が付いた針を布に刺している。
初めて見る奇妙な行動から目が離せない。
何の目的が有って、そしてどう言う意味が有るんだろう。
「ん?これ?ペルルドールの旅支度。期待したらダメだよ。えへへ」
熱い視線に気付いたイヤナは、針先に頭の油を付けながらはにかんだ。
「……?」
良く分からないが、取り合えず、久しぶりに口にした肉はとても美味しかった。




