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「後は師の許可か。シャーフーチ、いらっしゃいますか?シャーフーチ!」
妙に量が多い黒髪をツインテールにしているセレバーナが遺跡の二階に向けて呼び掛けた。
少女達の師匠は、食事の時以外はそこに居る。
「はいはい。全部聞いてましたよ」
自室の木の窓を開けたシャーフーチが玄関先の弟子達を見下ろす。
フードを脱いでいるので、男のクセに伸ばしている黒髪が春の風に揺れる。
「本来ならダメ!って言わないといけないらしいんですが、私も構わないと思いますよ。さすがにあの量のドレスは扱いに困る」
「お師匠様~。どうしてダメって言わないといけないんですかぁ~?」
イヤナが訊くと、シャーフーチは即答した。
「甘えを捨てさせる為です」
「あまえ?」
「空腹や貧困などは、魔法の修行には一切関係ありません。それでも、全ての師匠は弟子に貧困を経験させます」
「えっと、お金が有っても、わざと貧乏をするって事ですか?」
赤毛をおさげにしているイヤナが心底不思議そうな顔になる。
「そうです。なぜわざわざ貧乏をさせるのかと言うと、一言で言えば忍耐力と精神力を育てる為です。多少の困難くらいではへこたれない様に」
「やっぱり。そうではないかと思っていましたわ。わたくしが言った通りでしたでしょう?セレバーナ」
美しいストレートの金髪を背中に垂らしているペルルドールが唇を尖らせる。
「ただの嫌がらせで肉体労働をさせたと言う話か?シャーフーチの個人的な理由ではなかったが、まぁ、正解だったかもな」
セレバーナとペルルドールの呟きを聞いたサコが話に入って来る。
「うちの道場でも新入りには苦労させるよ。最初は新人イビリかと思ってたけどね」
実家が格闘道場のサコが言う。
新人は先輩達より早く起き、掃除、洗濯、飯炊きをする。
食事は先輩達の余り物。
しかも稽古は倍厳しい。
寝る前も様々な雑用で忙しい。
「そんなのに比べれば、ここは温過ぎるくらいだ」
「では、シャーフーチの許可も得た事ですし、早速わたくしのドレスを売りましょう。確か、今日で食材の備蓄が無くなるんでしたよね?」
茶髪を短く整えているサコの言葉が終わるのを待っていたペルルドールが話を元に戻す。
今でも十分辛いのに、それよりも辛い話は気が滅入る。
「うん。だから食糧確保の為にみんなでウサギ狩りでもしようかと思っていたんだけど、どうする?」
イヤナが全員に向けて訊くと、セレバーナが組んでいた腕を解いた。
「狩りはしないといけないだろう。ドレスはすぐには売れないからな」
「そうなんですの?」
「そうなんだ、ペルルドール。考えてもみろ。下の村の誰が王女のドレスを着るって言うんだ。あんな物、貧しい村人は誰も買えない」
「あ……。確かに、そうですわよね」
「解体して布切れにすれば安く売れるだろうが、そこまで切羽詰まっている状況でもない。高く売れる物は高く売りたい」
「今後を考えれば、お金は沢山有った方が良いですものね」
「うむ。そう言う事情から、最悪、王都まで行かなければ売れない。王都ならば金持ちは沢山居るから、良い値段で売れるだろう」
「そ、そんな……。王都へ帰るとなったら、何日も旅をしなければならないんですのよ……?それまでの食費はどうなりますの……?」
ペルルドールが絶望的な顔をする。
元神学生のセレバーナもそうだが、王女であるペルルドールは極端に体力が無い。
だから屋外活動をとても嫌がる。
庭の畑造りも本当は嫌なのだが、食べ物を作らなければ飢え死にする状況なので渋々やっているに過ぎない。
「実際に王都まで売りに行ったら大騒ぎになるがな。買い取ってくれる店は、イコール王城に衣裳を売っている店だろうから」
この国の第二王女であらせられるペルルドール様の身体に合せて仕立てたドレスを普通の小娘が売りに言ったら、まともな店なら盗品を疑う。
だったらペルルドール本人が売れば良いのだろうが、それも出来ない。
王女が自分の服を売りに行ったら王家の財政不安を疑われ、下手をしたら国全体の治安低下を招きかねない。
国民を守る警察や兵士に給料が出ないかも知れないと言う噂が広まったら、絶対にそうなる。
犯罪者と戦うのは命懸けなので、相応の報酬が無ければ途端に士気が下がってしまうだろう。
そもそもペルルドールはお忍びで城を抜け出しているので、城下に現れたら一瞬で王城に連れ戻される。
「じゃ、どうするの?」
イヤナが訊くと、セレバーナは空を見上げた。
崖の近くだからか大きな鳥が飛んでいる。
アレは美味しいのかな?
「この辺りの地方貴族にペルルドールと年齢体格が同じくらいの娘が居れば簡単なんだが。それでも聞き込みや売り込みで数日掛る」
「なので食料の確保はドレス売りよりも優先される、と仰りたい訳ですね?」
「うむ」
ツインテール少女の頷きを見たペルルドールは、ぐぬぬと言いながら歯を食い縛る。
普段のセレバーナなら疲労を避ける為の小賢しい策を巡らすのに、今回はそれが無い。
本気で万策が尽きているんだろう。
「おっと、そろそろ太陽が真上に来るね。お昼の準備するね。食べたら狩りの準備をしましょうか」
イヤナは、腕まくりしながら遺跡の中に戻って行った。
「私達も手伝おう。サコ、この荷物は後で自分で運ぶので、廊下の邪魔にならない所に置いて貰えるか」
「分かった」
木箱を持ったセレバーナとサコも遺跡の中に戻る。
一人残ったペルルドールは、二階のシャーフーチを激しく一睨みしてから遺跡の中に戻って行った。
「どうして私が睨まれるんでしょう。私だって好きで貧乏生活をやってる訳じゃないのに。とほほ……」
弟子達に付き合って自分も贅沢を止めているシャーフーチは、がっくりと項垂れた。




