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赤毛をおさげにしているイヤナと、金髪美少女のペルルドールが、遺跡の玄関口で座り込んでいた。
木箱を抱えて帰って来たセレバーナとサコに向けてテンション低めの声でお帰りと言う。
「元気が無い様だけど、何か有ったの?」
サコが可愛い声で訊くと、継ぎ接ぎだらけの農民用ドレスを着ているイヤナが立ち上がった。
「肥料が必要なんだけど、ペルルドールが肥溜めを作るのに反対しちゃって」
疲れの籠った声を出したイヤナは、顔を横に向けた。
その視線の先は遺跡の庭で、自分達で造った畑が広がっている。
新芽が芽吹き、苗が元気に背を伸ばし始めている。
「当たり前ですわ」
黒いワンピースを着たペルルドールも立ち上がる。
「口に入れるお野菜を育てる畑に排泄物を撒くなんて、正気の沙汰ではありません!気持ち悪い」
「ね?聞く耳を持ってくれないの」
肩を落とすイヤナ。
相当説得に苦労していた様だ。
「なるほどな。私も肥溜めには抵抗が有るから、ペルルドールの気持ちは良く分かる。だが、そんな事を言っていたら何も食べられなくなるな」
持っていた木箱をその場に置いたセレバーナは、額の汗を制服の袖で拭う。
重い物を持って丘を登って来たので、春の日差しでも暑く感じる。
「まぁ、敢えて言わないが」
「言ってるじゃないですか!何ですの?どう言う意味ですの?」
ペルルドールは動揺に揺れる青い瞳を仲間達に向けている。
それを無視し、無表情でイヤナに質問するセレバーナ。
「そう言えば、ここの土作りの時に使った肥料はどこから出て来た物だろうか。アルバイト先の農家かな?」
「うん。苗や種と同じで、余った奴を頂いたの。さすがにそう何度もご厚意に甘える訳にも行かないから、自分達でなんとかしたいんだけど」
「そうか。今後の事を考えると、季節毎の肥料が必要だ。しかしそれには先立つ物が無い、か」
「ま、まさか、村や庭の畑を耕した時に蒔いた物も、その、汚物なんですか……?」
金髪美少女は産まれ立ての小鹿の様に震えている。
農作業の時、肥料を素手で触ってしまっている。
しかも大量に。
「心配はいらない。あれは化学肥料だ。薬品みたいな物だ」
セレバーナは、腕を組みながら素っ気無く言う。
その言葉を聞いて安心の吐息を洩らすペルルドール。
「そ、そうでしたか。良かった!」
その様子を眺めていたイヤナは、『薬品みたいな物』と言う言い回しに首を傾げる。
確かに有機肥料と科学肥料は違う物だ。
しかし、畑に蒔く段階になっている物は、効能的には全く同じ性質を持っている筈。
持っていてくれないと困る。
まぁ、イヤナも有機と科学の違いを理解している訳じゃないし、またペルルドールがヘソを曲げたら面倒だから、黙ったまま成り行きを窺う。
「糞尿を撒くよりも、化学肥料を蒔いた方が効率が良い。が、それだと、野菜を育てるよりも買った方が安くなってしまうのだ」
腕を組んでいるセレバーナに歩み寄るペルルドール。
「なら、お野菜を買えば宜しいのでは?」
「金が無い」
一言で締められ、ぐうの音も出ないペルルドール。
「アルバイト先の農家の様に広い農地なら化学肥料が良いが、こんな家庭菜園程度ではコストが割に合わない。勝手に増えて行く自然の肥料の方が良いのだ」
「で、ですけれども……、肥溜めは、さすがに……」
ペルルドールは、黒いワンピースの裾を握って苦渋の表情を見せる。
よほど嫌らしい。
「ふむ。綺麗な物しかない王宮で育った王女様には昔ながらの土造りは我慢出来ない、か。さて、どうしたら良いかな」
首を捻ったセレバーナは、木箱を持ったままのサコで視線を止めた。
見られたサコは必死に頭を回転させる。
「えっと、お金が有れば何とかなるんだよね?なら仕事を頑張れば良いんだろうけど、今は無いんだよなぁ。え~っと?どうしよう」
「あ、そうですわ!お金が有れば良いのなら、わたくしのドレスを売ってしまいましょう!」
どうしても汚物を遠ざけたいペルルドールが必死に提案する。
「良いの?ペルルドール。あんなに豪華な物を手放しても」
イヤナが訊くと、ペルルドールは何度も頷いた。
「構いません。ここに来た時、わたくしのドレスは高く売れるとセレバーナが仰った。ピンチの時に売れば助かると。今がピンチの時でしょう?」
セレバーナは感心した風な表情を作る。
「そこまで言うのなら、私は反対しない。みんなはどう思う?」
「ペルルドールが良いのなら」
サコにも反対する理由は無い。
自分は赤貧な生活でも耐えられるが、ここには魔法の修行をする為に来た。
畑に使う肥料に苦労している場合ではない。
「まぁ、こんな僻地では豪華なドレスはいらないからねぇ。雨漏りでダメになるよりは良いのかも」
イヤナは、この遺跡に来た日の事を思い出している。
雨漏りの湿気で、床、壁、天井に苔が生え、様々な種類のカビが発生していた。
掃除と修理で綺麗になったが、古い石壁の建物が再び雨漏りを起こすのは想像に難くない。
「では、それで決定と致しましょう!」
仲間達の態度を賛成と受け取ったペルルドールは、そう言って手を打った。




