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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第二章
39/333

1

「あれ、勇者様だ。まだ居たんですね」


可愛い声に話し掛けられた。

小さい女の子かと思った明るい茶髪の男が顔を上げると、程良い筋肉で引き締まった腕が目に入った。


「ヤケ酒ならぬ、ヤケ饅頭ですか。身体に良いのか、悪いのか」


腕から更に視線を上げると、筋骨隆々の大女と目が合った。

薄汚れたシャツに茶色のズボンを穿いている。

周囲に小さい女の子は居ない。


「他のお仲間はどうしたんですか?宿屋の中ですか?」


大女が周囲を確認しながら喋っている。

可愛い声は、この大女の声だった。


「あ、ああ。いや、先に帰って貰ったよ。クエスト失敗の報告も有るし……」


魔法銀の鎧を身に纏っている男は再び項垂れた。

男が座っているベンチには、最果ての村名物、最果て饅頭土産用(二十四個入り)の空箱が山積みになっている。


「失敗、ですか。今回はクエストの発注元に騙されたみたいな物ですから、そんなに落ち込まなくても良いんじゃ?」


「君は……どうしてそんな事を知っている……?この村の者じゃないのか?」


「あれ?覚えてませんか?まぁ、あの騒ぎの中じゃしょうがないか」


男より濃い茶髪の大女は、苦笑いしながら頭を掻いた。

声と見た目が全く合っていないので、妙な違和感が有る。


「私、王女と同じく、魔王に弟子入りした四人の中の一人です。魔物騒ぎの時、封印の丘に居ましたよ」


「ま、魔王に弟子入り?どう言う事だそれは!」


勇者が勢い良く立ち上がる。

さすが勇者、大女より背が高く、体格が良い。


「え?知らなかったんですか?あ、私、まずい事言っちゃったかな?今のは忘れてください。さよなら!」


走り去る大女。

見た目通り、足が速い。


「ま、待ってくれ!詳しい話を聞かせてくれ!」


勇者が大女を追う。

体格の良い男女が二人、のどかな田舎の村を猛烈な勢いで走る。

爺さん婆さんが驚き、無邪気な子供達が歓声を上げて指を差しても、気にせず全力で走る。


「丁度良いところに来た、と思ったが、取り込み中の様だな」


妙に量が多い黒髪をツインテールにしている少女の前を通り過ぎる男女。

直後、女の方が急に方向を変えて少女の方に戻って来た。

勇者は魔法銀の鎧の重量のせいで方向を変え切れずにすっ転んでいる。


「セ、セレバーナ。私、余計な事を言っちゃったみたい」


ツインテール少女は冷静に眉を上げて興味を示す。


「ほう。何を言ってしまったんだ?」


「その制服、貴女はマイチドゥーサ神学校の!」


掌に擦り傷を作りながらも立ち上がった勇者がツインテール少女を見て驚く。

一般人が着る衣服とは明らかにデザインが違い、心臓の位置に神学校の紋章が刺繍されているので、一目でそれと分かる。


「いかにも。私がクエストにあった救出対象の片割れです」


背が低く、大女の胸の辺りに頭の天辺が有るツインテール少女が堂々と言う。


「教えてください!貴女と王女は自らの意思で魔王の許を訪れたとか。それは真実なんですか?」


少女の前で座り込んだ勇者は、土下座をしそうな勢いで訊く。

その姿勢は女神に仕える神学生に向けた騎士の礼なのだろうが、最果ての村の村民にはひれ伏している風にしか見えない。


「真実ですか。まず、そちらのクエスト内容を教えてください。正確にどの様な物だったのかを聞かないと、我々にも真実は分かりません」


「エルヴィナーサ王国の第二王女とマイチドゥーサ神学校の主席が魔王に誘拐されたので、その救出を至急」


「クエストの依頼主は?」


「国王の使者が、私に直々。神学校の校長からも同時に使者が」


「やはりそうか。で、貴方はそれに応じ、百人規模の冒険者パーティを作り、魔王の城を攻めたと」


「はい」


「しかし、雑魚に敗れて、速攻敗走と」


冷静に言われ、がっくりと項垂れる勇者。

セレバーナは、その姿を金の瞳で見下す。


「貴方はそこらに出現する凶悪な魔物を相手にするお仕事をなさっているのでしょう?魔王の城に巣食う魔物は、それらより強かったんですか?」


「はい。比べ物にならない程。しかし、己の慢心と不甲斐無さが招いた今回の結果は、……いえ、それよりも」


勇者は顔を上げ、大女に視線を向ける。


「さきほどこちらの女性が、王女を含む四人が魔王に弟子入りしたと仰った。貴女もですか?」


「つい口が滑っちゃって」


決まりが悪そうにしている大女を無表情で見上げるツインテール少女。


「ふむ。これくらいなら構わないと思う。むしろ、真実を伝えて貰えた方が、後々面倒が無いだろう」


セレバーナは「体格が違い過ぎるので手を貸せませんがお立ちください」と言って勇者を立たせる。


「私達は魔王に弟子入りした訳ではありません。あくまでも、魔法使いに弟子入りしたんです。魔法使いになる為に、住み込みで」


無表情でそう言ったツインテール少女は、魔王が封印されている丘の方に顔を向けた。


「そうしたところ、師匠にあたるお方が魔王本人でした。大した問題ではありませんでしたので、そのまま弟子入りしたのです」


「封印されているはずの魔王が弟子を取ったと言う情報は、世界を揺るがす大問題な様な?」


「魔王が極悪人だったのなら勇者の登場に感謝したでしょうが、魔王は良い師匠であろうと努力しています。弟子としては、その姿勢は裏切れません」


「うむむ……。聞く限りでは、魔王はただの人である様に思えるのですが……?」


「今の所は、貴方が感じたその印象と私達が感じている印象はほぼ同じです。ですので、問題は有りません」


「しかし……」


勇者の戸惑いを踏み潰すかの様に言葉を被せるセレバーナ。


「しかし、ここは最果ての村で、私達が住む場所は封印の丘。貴方の様な誤解をし、救出クエストを受ける者が今後も現れるかも知れない」


制服の内ポケットを探ったセレバーナは、円の中に十字星の紋章が描かれているブローチを取り出した。


「そ、それは神官の証!」


「勇者イリメント・コーヨコ」


「は!」


名前を呼ばれた勇者が気を付けをする。

ツインテール少女は、そんな勇者にブローチを翳す。


「魔王の封印は未だ解かれず。王女は勿論、私も解く気無し。魔王本人も封印解除を望んでおらず。無意味に騒ぎ立てる事、これ、魔王の封印を乱す行為なり」


セレバーナは神官らしい重々しい声と口調を演出する。


「すなわち、世を乱し、女神に悲しみを与えてしまう愚行なり。勇者よ。今後、封印の丘に近付く事無かれ。何者も近付く事無かれ」


勇者はおもむろに両膝を突き、神前の礼を取る。


「それが女神のご意思なら、私は喜んで従いましょう」


少女の視線が微かに横に逸れる。

しかしそれは一瞬で、少女は勇者の明るい茶髪を涼しい視線で見詰めた。


「世が乱れた時に、女神は改めて勇者に希望を託すでしょう。それまでは封印の丘に安寧と静寂を」


「は。――神官様、で宜しいんでしょうか」


「騎士の最敬礼を取られた後に疑われても。少なくとも、この証は本物です。貴方を偽ったところで、私には何の得も無い」


普段の言葉使いに戻ったセレバーナは、星のブローチを懐に仕舞った。


「失礼しました。その証を持つには、貴女は余りにも幼く……」


「チビが一丁前に偉そうな事を言ってムカつく、と仰りたいんですね。分かります」


「い、いえ。その様な事は決してございません!」


立ち上がった勇者は慌てて否定する。


「そうですか?では、貴方にはもうこの村に留まる理由は無いですよね。貴方は貴方の役割を果たしてください。さようなら」


ツインテール少女は、胸の前で指を組み、微かに膝を曲げる神学校式の礼をする。

対し、勇者は利き手で剣の鞘を持って敬礼を返す。


「はい。では、私はこれで」


式典で見る様なキッチリとした回れ右をした勇者は、少女達に背を向けたまま真っ直ぐ歩いて行った。

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