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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第一章
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「な、何ですか、これは。くっさい……」


ペルルドールが整った顔を引き攣らせた。

師に連れられて入った店に奇妙な臭いが染み付いていたから。

狭くて薄汚れているが、客が何かを食べているので食べ物屋らしい。

客の殆どが中年の黒髪男性なのも異様だ。


「転移魔法でどこに連れて行かれるのかと思えば、東方の小国ですか。――この臭い、噂に聞く醤油ですね」


物珍しそうに店内に視線を這わせているセレバーナが小さな鼻を鳴らす。

若い娘の入店が珍しいのか、一行は注目を集めている。


「先程の騒ぎの直後では、ペルルドールの様な有名人はエルヴィナーサ国内では外食が出来ないでしょう?だから外国に来ました」


シャーフーチが異国の言葉で注文した。

いかつい顔をしたシェフが威勢の良い返事をする。


「ペルルドールはここでも十分目立っていますよ。金髪碧眼が珍しい国ですし」


そう言うセレバーナは平気な顔をしているが、イヤナとサコは揃って鼻を抓んでいる。


「お師匠様~。くさい~」


「こらこら。言葉が通じないとは言え、失礼ですよ。慣れれば食欲を刺激する香ばしい香りなんですから。さぁ、座りましょう」


四角いテーブルに座る五人。

身体が大きいシャーフーチとサコが並んで座り、対面にイヤナ、セレバーナ、ペルルドールの三人が座る。

狭い。


「では、トロール足止めの成功報酬が来るまで待ちましょうか。みなさん、大分空腹な様ですからね。がっつり食べたいときは丼物が一番です」


「楽しみだ」


ワクワクしているのはセレバーナ一人。

他の三人は初体験の異臭に参っていた。

しかし、数分もすると段々と慣れて来た。

文化が違っていても、食べ物は食べ物。

空腹には勝てない。


「そう言えば、お師匠様。ひとつ不思議な事が有ったんですけど」


とても重大な疑問を思い出したイヤナは、鼻を抓んでいた手を下して話を切り出す。


「何でしょう」


「あのトロール、一瞬だけペルルドールの言う事を聞いたんですよね。止まって!って言ったら本当に動きが止まったんです」


「ああ、そうそう。アレが無かったら、あのヘッポコ勇者は踏み潰されていましたよ」


サコも鼻から手を下し、その時の状況をシャーフーチに伝える。


「なるほど。それはペルルドールの潜在能力が作用したんでしょう」


「わらくひの?」


ペルルドールは鼻声で小首を傾げた。

口だけで息をしているらしい。


「鍵が掛っているのは扉や金庫だけではありません。人の心にも鍵が掛ります。獣にも、魔物にも」


「ほほう。あのトロールの心の鍵を潜在能力によって開けたから言う事を聞いたと」


「その通りです、セレバーナ。ただ、相手は知能の低いトロール。自分に何が起こったのか理解出来ず、イラついてペルルドールに矛先を向けたのでしょう」


「だから一瞬のみ、ですか。なら、潜在能力を磨けば、心を持つ物なら何でも言う事を聞かせる事が……」


言葉を途中で止めたセレバーナは、ゆっくりと口の端を上げた。

そのにやけ顔を見たイヤナが引く。


「ど、どうしたの?セレバーナ。笑い方が邪悪だけど」


「さて。言っても良い物か。ねぇ?シャーフーチ?」


「構わないでしょう。王族として他人に言う事を聞かせ続けて来た歴史の末の潜在能力でしょうし」


「ええ、そうですね。その通りです」


うんうんと何度も頷くセレバーナを見て小首を傾げるペルルドール。

最高に育ちの良い王女は、ツインテール少女が笑んだ意味が分からない。

アンロックを悪用すればいくらでも完全犯罪が実行出来る、と言う事を思い付かなくても仕方が無い。


「お待たせしました~」


割烹着姿のお姉さんがテーブルの横に来て、お盆に乗っている五個の器をテーブルに並べた。

セレバーナの頭くらいならすっぽり入る大きさの器に茶色と黄色の物が乗っている。

続けて置かれる先割れスプーン。


「料理名と材料を教えていただけますか?」


セレバーナが訊くと、シャーフーチは箸立てから割り箸を取りながら応えた。


「料理名はカツ丼。材料は、お米、豚肉、玉ねぎ、卵、後は、色々です」


「お師匠様。卵、半生ですけど……」


イヤナがカツ丼を指差す。

エルヴィナーサ王国では、貧しい農民でも卵を生で食べる習慣は無い。


「くさい……」


ペルルドールはムスッとした顔で顎を引いている。


「食べ物なんですから、食べてみれば全てが分かります。箸が使えない人はスプーンでどうぞ」


割り箸を割ったシャーフーチは、掻き込む様に食べ始める。

美味しそうに食べているが……。


「どれ、私も。いただきます」


知らない物に対する抵抗感が無いセレバーナは、ぎこちなく箸を持って食べ始めた。

三人の少女は息を飲んでそれを見詰める。


「美味い。肉を包むサクサクの物とトロリとした卵が絶妙に絡み合っている。醤油の染み込んだ玉ねぎも甘辛い。――これは、素晴らしく旨い」


それから三十分後。

遺跡のリビングに戻って来た四人の少女は、ぐったりとしていた。


「う、ぷ。食べ過ぎた……」


絨毯の上で仰向けに寝転がっているイヤナは、膨らんだ自分の腹を擦っている。


「一杯の量が多過ぎるんですわ。美味しくて、途中で止められないのに……」


藤椅子に身を沈めているペルルドールも苦しそうに呼吸している。


「お腹いっぱいだから、今夜はぐっすり眠れそうだ」


唯一おかわりして二杯のカツ丼を食べたサコは、円卓に座って満足気に笑んでいる。

セレバーナは、喋ると胃の中の物が逆流しそうなので、無言で円卓に突っ伏している。

そんな少女達を残し、一人で二階に戻るシャーフーチ。

そして短い廊下の奥へと進み、埃を被ったアレキサンドライトの目を持つ犬の置物が守っている部屋に入る。

部屋の中は一切の光が無い暗闇。

なのにロココ調の椅子だけがハッキリと見えた。


「貴女が呼んだ子達は、非常に面白いですよ。目が覚める様な出来事の連続です」


椅子の上にはカボチャ大の卵が鎮座している。


「だから貴女にも育成の苦労と喜びを味わって欲しいのに、動けない姿に転生ですか。無責任も甚だしい。私より好い加減じゃないですか」



そうでしょう?

ソレイユドール。

第一章・完

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