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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第一章
37/333

37

駆け寄って来ていたイヤナは、ヘッドスライディングする様に突っ伏した。


「はぁ~。怖かったぁ~。無茶したらダメじゃない、ペルルドールぅ」


「全くだよ」


サコは腰を抜かしているペルルドールの横で膝を突いた。

金髪美少女に怪我が無いかを確かめたが、掠り傷ひとつ無い。


「シャーフーチ!落とし穴が作動しませんでしたよ!どう言う事ですの!」


一息吐いた事でマジックアイテムの不具合を思い出したペルルドールは、草原に尻を突いたまま怒る。


「おや?そうでしたか。おかしいですね。貸してみてください」


残り一個の茶色い玉を受け取ったシャーフーチは、適当な方向にそれを投げた。

玉が地面に落ちた途端、丘に大穴が開いた。

ペルルドールは大きく口を開けて驚く。


「言ったでしょう?この玉を使うには、覚悟と想いが必要だと。想いはともかく、覚悟が足りなかった様ですね」


「そ、そんな……。わたくしは、勇気を持って魔物に立ち向かいました。それでも覚悟が足りないなんて……」


ショックを受けているペルルドールの耳元に口を寄せたシャーフーチは、他の二人に聞こえない様に囁く。


「先程、貴女は投げ遣りに死を覚悟しましたね?」


「!」


胸の内を読まれたペルルドールが青い目を剥く。


「それは強さではありません。逃げです。だからアイテムが反応しなかったのです」


青褪めている金髪美少女から離れたシャーフーチは、背筋を伸ばしてから三人の少女を見下ろした。


「ペルルドールは、体力、知力、精神力。全てが不可です。ですが、私は貴女に帰って欲しいとは思いません。だから安心して修行しなさい」


「でも、シャーフーチは王族が嫌いなんでしょう?」


「今の貴女は王女ではなく、私の弟子です。四人全員が同じ立場の、ね」


「……言い方を変えます。出来の悪い弟子が邪魔ではありませんの?」


ぷっと吹き出したシャーフーチは、困った様な表情で肩を竦めた。


「正直、とても邪魔です。貴女だけじゃなく、四人全員がね。だって、十代の女の子ですよ?私とは正反対の生き物じゃないですか。ねぇ?」


シャーフーチは、同意を求める様に三人の少女を順番に見た。

見られても、どう反応して良いか分からない。


「ですが、以前も言いましたが、貴女達が諦めない限り、私は最後まで貴女達に付き合いますよ。私も真実と言う奴を見てみたいですしね」


ところでセレバーナは?と言いながら辺りを見渡すシャーフーチ。

冷静なツインテール少女の姿がどこにも無い。

三人がここに居るのに、彼女だけ遺跡で待っている訳は無い。

無関心そうな顔をしていながらも全員の言動を把握している子なので、必ず出て来ているはずだ。


「あ、多分村の方です。怪我人や野次馬の相手をしていたので」


イヤナがそう言うと、シャーフーチは村の方に顔を向けた。

丘と村の境界辺りで野次馬をしている村人と冒険者達が何やら話し合っている。

問題が起こっている様子は無いが、ツインテール少女がどこに居るのかが分からないのはマズい。

冒険者達は、王女と彼女を保護する為に来ているのだから。


「サコ、手伝いに行ってください。セレバーナを一人にするのは心配ですし、敗走した冒険者同士のケンカが起きるかも知れませんし」


「分かりました。行って来ます」


全力で丘を下って行くサコ。


「イヤナはペルルドールを連れて遺跡に戻ってください。今回の依頼を達成した報酬が有りますので、夕飯の準備はしないように」


「はい」


「私は魔王の城に行って生存者を助けて来ます。面倒ですが、それが外に出られる条件でしたので」


シャーフーチは、転移魔法を使って姿を消した。

城の中に残された冒険者の人数が多いので、急がなければ日が暮れる。


「さ、帰ろう?」


突っ伏していたイヤナは立ち上がり、ペルルドールに手を差し伸べた。


「はい。でも、少しだけお時間をください。腰が抜けていて、立てません」


「あはは。うん。私も、ちょっと疲れたよ」


イヤナも腰を下し、ペルルドールと並んで座った。

爽やかな春の風が吹き、背の低い草が揺れて静かな音を立てる。


「私達、頑張った。村は救われたよ」


「はい。わたくし達、やりました。こんなわたくしですが、人の役に立てました」


少女二人は青空に向かって微笑む。

やり遂げた満足感が心地良い。


「あのね、イヤナ」


「うん?」


「わたくし、ここの生活が苦しかった。そのせいでしょうか、みんなには秘密ですけど、みんなの事があまり好きになれなかった」


イヤナはペルルドールの横顔を見る。

金髪美少女は清々しい顔で雲を見上げていたので、イヤナも雲を見上げた。

良い天気だ。


「でも、こんな事件が起こって、お城に連れ帰されると思ったら、凄く怖くなった。わたくし、ここから離れたくないのかも知れません」


「うん」


「魔物に向かって走っていた時、色々と考えました。それで気付きました。みんなの事が嫌いだったのは、劣等感を認めたくなかったからだったと」


「劣等感?みんなより下だと思ってたの?」


イヤナは大袈裟に身体を揺らして驚いた。

国のトップに居る王女が、最下層の貧民より下の訳が無い。


「恥ずかしながら。――それ以外にも思う所は有りますが、それは王家内の問題なので話せません」


「いやいや、一番下は私でしょう。だから私は家事を頑張ってるんだよ?それしか出来ないから」


「そうでしたの?」


「うん。だって、私以外の全員が世界の中心に立ってる凄い人だし」


「わたくしから見れば、遺跡内での中心人物はイヤナですわ。貴女が居なかったら、ここでの生活は数日で破綻していました」


「そ、そうかな。照れるな。本当にそう思ってくれてるなら、とっても嬉しいな」


イヤナは赤毛の頭を掻いて赤面した。

ペルルドールは決意の籠った頷きを赤毛の少女に向ける。


「わたくしも、頑張ってみんなの役に立てる人間に成長しますわ。イヤナみたいに、みんなから必要とされる様な。そうすれば、みんなの事を……」


「ペルルドール、様……」


ボロボロになった勇者がこちらに向かって歩いて来た。

巨大なトロールに何度も殴られても生きているんだから、不思議なくらい頑丈な男だ。


「ご無事で何より、です。さぁ、お城に、帰りましょう……」


数人の仲間達も後に続いている。

仲間達は無傷で、その中の一人はペルルドールと並んで最果て饅頭を食べたあの若い男だった。

ワンピース姿のペルルドールを複雑そうな顔で見ている。


「うわ。痛そう……」


怪我をしている勇者を心配して立ち上がろうとしたイヤナを手で制したペルルドールは、小さな声でお願いする。


「すみません。肩を貸してください」


腰が抜けているペルルドールは、イヤナに支えられながら立ち上がった。

表面上は凛々しく立っている金髪美少女の前で両膝を突いた勇者は、美しい所作で騎士の礼を取る。

仲間達も跪くが、騎士ではないので顔を伏せるのみ。


「勇者イリメント」


王女らしい威厳に満ちた声。

名前を呼ばれた勇者は頭を垂れる。


「顔を上げなさい」


「は」


スッパーン!

しなりの利いた平手打ちが勇者の頬に炸裂した。

勇者は自身の身に何が起きたのか理解出来ずに目を白黒させた。

イヤナと勇者の仲間達は予想外の展開に驚き、口を開けっ放しにしている。


「貴方の軽率な行動で、最果ての村が危機に瀕しました。それが勇者の行いですか」


さすが勇者、固い顔だ。

叩いたこっちの手首が折れるかと思った。

ペルルドールは、そんな心の内を隠す様に胸を張った。


「は。面目次第も、ございません」


歯を食い縛って項垂れる勇者。

あっと言う間の敗走を気にしていたらしい。


「そして、わたくしは誘拐などされていません。自らの意思で、確固たる目的を持って、この地に来たのです。あの神学生も同じ想いでここに居ます」


勇者とその仲間達は驚きの表情で王女を見上げた。

高貴な金髪美少女は男達を真っ直ぐ見詰めている。


「根拠の無い噂に踊らされ、多くの冒険者を死地に追いやった。これは貴方一人の責任ではありませんが、貴方にも反省すべき点が有ります」


「しかし」


「わたくしも未熟な身。貴方達を責める資格は無いでしょう。でも、敢えて言います」


ペルルドールは青い瞳で勇者を睨み付ける。


「魔王城のザコにも勝てない未熟者は、二度とここに来ないでください。迷惑なだけです」


イヤナに支えられながら振り向いたペルルドールは、石造りの遺跡に身体を向けた。


「帰りましょう。わたくし達の学び舎へ」


そのまま丘を登って行く二人の少女の背中を眺めながら、明るい茶髪の勇者は茫然と両膝を突き続けた。

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