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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第一章
36/333

36

「――では行こうか。作戦を考えた。茶色の玉は全て私に。ペルルドールも来て欲しい」


「は、はい」


師が残して行った小さなボールを両手で持ったセレバーナは、金髪美少女に顔を向けた。

ペルルドールは清潔なハンカチで目を拭いながら頷く。


「作戦って何?セレバーナ」


焦っているイヤナは、玄関に向かいながら訊く。

他の三人もその後に続く。


「まず門を出て、サコが右手側。イヤナが左手側に走る。そしてトロールを挟み撃ちにする。足が速い二人なら、すぐにその形に持って行けるだろう」


話しながら玄関から出て、そのまま石門に向かう。

修理された門の扉が一行の行く手を遮る。


「最初の攻撃は閃光玉の方が良いだろう。黄色の方だ。自分の目が潰されない様に、目を瞑って投げなければならないからな。どちらが先に投げる?」


「じゃ、私が先に黄色の玉を投げるよ!」


イヤナに頷いたサコが「それから?」と訊く。


「上手く行けば、トロールはイヤナに顔を向ける。つまり、サコに背中を向ける。その後頭部にサコが炸裂玉をぶつける。赤い方だ。間違えない様に」


「私は敵の後頭部に赤の炸裂玉だね?分かった」


「サコに向き直したら、イヤナが同じ様に後頭部に赤い炸裂玉を」


「そうか、交互に攻撃して、トロールをくるくる回すって作戦か」


サコが理解する。

分かり易い言葉にイヤナも頷いた。


「うむ。私達の目的は足止めと時間稼ぎだからな。それで十分だろう。二発目以降の閃光玉の扱いは君達の判断に任せる」


「分かった!じゃ、そうする!」


木の扉を勢い良く開けたイヤナとサコは、二手に分かれて丘を下って行った。


「私とペルルドールは落とし穴を担当する」


セレバーナは、ふたつの茶色い玉をペルルドールに渡した。

残りのふたつは制服のポケットに仕舞う。


「二人の作戦が失敗し、トロールが誰かに向かったらこれを使おう」


「ははは、はいッ!」


青褪めているペルルドールがどもる。

そんな金髪美少女に無表情を向けるセレバーナ。


「怖いか」


「え、ええ。勿論。魔物なんて、初めて見ますから」


「私もだ」


セレバーナは、丘を下っている毛むくじゃらの巨人を見た。

その足元に大勢の人間が群がっている。

プロの冒険者が束になって攻撃している様だが、全く相手にされていない。


「だが、私と君の不手際で冒険者が来たそうだからな。ヘソを曲げようが何をどう考えていようが、私達がけじめを付けなければ。なぁ?ペルルドール」


「けじめ……」


冒険者が現れたのは、ペルルドールがここに来たせいらしい。

セレバーナの存在も一役かっているらしい。

なら、原因の二人が責任を取り、一番頑張らなければ。


「ここで逃げたら、わたくしは本物の役立たず、ですわね」


「ふ。その意気だ」


その時、丘の下で物凄い閃光。


「始めたな。行こう。あの二人が怪我でもしたら取り返しが付かない。閃光と音に気を付けてな」


「は、はい」


目を地面に向けて走り出す二人。

セレバーナの方が僅かに足が速くて、ペルルドールが段々と遅れて行く。

正直、魔物が怖い。

勇者様によって城に連れ戻されるかも知れない事が怖い

だから走る速度に迷いが現れる。

差が生まれる。

どうしてわたくしはこんなにも弱いのだろう。

爺や貴族達がわたくしに膝を折るのは、わたくしが王族だから。

わたくしが王族じゃなかったら、生きる価値も無いちっぽけな存在なのではないだろうか。

少なくとも、イヤナ、サコ、セレバーナの足元にも及んでいない。

王宮の人達はわたくしの矮小さを知っていたのかも知れない。

お母様暗殺の謎を解きたいと訴えても、だから誰も真実の手掛かりをくれなかったのではないだろうか。

噂を鵜呑みにするのなら、わたくしが健康に産まれてしまったせいでお母様は暗殺された。

病弱な姉本人と、彼女をサポートしつつ権力を得たいと暗躍している者達に。

それを否定したいのに、誰も協力してくれない。

そんな王宮に居ても、政治の道具にされるだけ。

わたくしなんか、産まれて来なければ……。


『パアァァ~~ン!』


物凄い炸裂音が鳴り響いたので、走りながら考え込んでいたペルルドールが反射的に顔を上げた。

イヤナに向いていたトロールがサコの方に身体を向き直している。

再び炸裂音。

灰色の煙の中に居るトロールは、混乱した動きで周囲の状況を確認している。

イヤナとサコは作戦通りに行動出来ている様だ。

セレバーナは魔物が居る場所を大きく迂回し、怪我人の方へと向かっている。

彼等をそのまま村へと誘導するつもりの様だ。

順調だ。

後はシャーフーチが戻って来るのを待つだけ。


「ペルルドール様!」


明るい茶髪の男が金髪美少女の存在に気が付いた。

額と唇を切っていて、顔に血が垂れている。

血筋的な理由で彼の家は王家と交友が有り、お互いの顔を見知っている。

他の冒険者は怪我人の救出で手いっぱいの様で、彼だけがペルルドールに向かって来た。


「今お助け致します!」


離れた所に居るセレバーナが止めているのを無視し、勇者は勇猛に駆けて来る。

本来ならば頼もしい姿だ。

彼に向かってトロールが拳を振り上げていなければ。


「全員目を閉じて!」


サコの叫びと共に、閃光。

寸での所で顔を背けたペルルドールと冒険者達は無事。

しかし勇者とトロールは激しい光で一時的な盲目状態になっていた。


「勇者イリメント!逃げてください!」


ペルルドールが力の限り叫ぶ。

それを声援と受け取ったのか、視力を回復させた勇者はトロールに切り掛った。


「貴方では敵わない敵です!早く逃げて!」


「王女の前で逃げたとあっては勇者の名折れ!」


勇者は格好良い事を言っているが、とても弱い。

毛むくじゃらの巨体に無数の切り傷を負わせているのだが、全く効いていない。

逆に殴られ、一発で吹っ飛ばされた。

痛そうな体勢で地面を転がり、ペルルドールに向かって丘を登って来る。

伝説の魔法銀の防具を身に纏っていなかったら命を落としていたに違いない。


「グギャオォォッ!」


忌々しげに咆哮したトロールは、勇者に向かって突進した。

一番しつこく攻撃していたので、トロールの堪忍袋の緒が切れたのだろう。

他の冒険者達は怪我人ばかりだから勇者を助ける事は出来なさそうだ。

勝てないのなら無意味にトロールの気を引くべきではないとセレバーナが説得しているので、余計に助けは期待出来ない。

更に、冒険者達の悲鳴や炸裂玉の音のせいで村の人達が丘の入り口付近に集まって来た。

これだけ騒げば野次馬が集まるのは当然か。

状況が急激に悪くなって行く。


「くっ。仕方が有りません、わたくしがやらなければ!」


地面に這いつくばって痛みを堪えている勇者を助けられるのは自分しか居ない。

魔物に対する恐怖心を飲み込んだペルルドールは、勇気を持って一歩前に踏み出し、トロールの足元に小さい玉を投げた。


「えいっ!……え?」


しかし、落とし穴は現れなかった。

緑の草原を転がる茶色いボール。

当然、トロールは小さな玉には気付きもせずに勇者に襲い掛かろうとしている。

イヤナとサコが魔物に向かって走っているが、間に合いそうもない。


「ああ、あああ!ダメです、止まりなさい!トロールッ!」


どうして良いのか分からなくなった王女は、がむしゃらに絶叫した。

もう少しで勇者が踏み潰される、と言う所でトロールが動きを止める。


「魔物が、ペルルドールの言う事を聞いた……?」


イヤナは、魔物と距離を置いた所で立ち止まった。

別の場所で魔物を警戒しているサコにもそんな感じの展開に見えた。

棒立ちになったトロールは、ゆっくりとペルルドールに顔を向けた。

犬みたいにつぶらな瞳。

数秒ほど何かを考えたトロールは、思い出した様にペルルドールに向かって歩き出す。

地鳴りの様な足音。


「あ、いけない!」


危険を予想したサコがペルルドールに向かって走る。

一拍遅れ、イヤナも走り出す。


「ペルルドール、閃光玉投げるよ!」


イヤナがそう叫んだが、ペルルドールはトロールから目を離さなかった。

この場で死ぬのなら、それも良い。

それも運命。

どうせ、わたくしなんか。


「ペルルドールッ!」


トロールが拳を振り上げたので、イヤナが閃光玉を投げる構えに入った。

ペルルドールは、敵と味方の全てをしっかりと視界の中に入れる。

あんな大きい手で殴られたら、わたくしみたいな貧弱な子なんかペチャンコだわ、と人事の様に考える。

そして振り下される拳。

真っ直ぐ金髪美少女に向かって来る。

本当にわたくしは死んでしまうの?

こんな状況なのにのんびりと疑問を感じていると、灰色の布がペルルドールの視界を塞いだ。

直後、何かが何かに当たる音。


「間に合って良かった」


そう言ったのはシャーフーチ。

彼は金髪美少女の目の前でトロールの拳打を片手で受け止めていた。


「は、ぁ……。助かっ、た……?」


ペルルドールは、崩れ落ちる様にその場で尻餅を突いた。

腰が抜けている。

頭の中は客観的に状況を見ていたが、身体の方は死を目の前にして震え上がっていた様だ。


「怖かったですか?良く頑張りましたよ。ペルルドール」


シャーフーチは、空いている方の手で指を鳴らす。

するとトロールの身体の周りで小さな竜巻が起こった。


「私の弟子に怪我をさせていたら、コナゴナの肉片にしていたところです」


トロールに向かってそう言ったシャーフーチは、もう一回指を鳴らした。

竜巻が大きくなり、トロールの巨体が遺跡の方に吹っ飛ばされる。

更に指を鳴らすと、魔物は濃い霧が晴れる様に掻き消えた。


「トロールは結界の向こうに追い返しました。はい、解決です」


シャーフーチは、何事もなかったかの様に微笑んだ。

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