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「お師匠様!村を助けて!」
イヤナの祈る様な懇願を受けたシャーフーチが苦虫を噛み締めた様な顔になる。
請われるまま動けるのなら苦労は無い。
だが、最果ての村を放って置く事も出来ない。
弟子の育成が始まったばかりなのに、少女達の生活に必要な物が買えるあの村が無くなると困る。
「仕方が有りませんね。ですが、私はすぐには動けません。しばらくの間、貴女達がアレと戦う事になりますが、その覚悟は有りますか?」
「どうして!?貴方は魔王なんでしょう?トロールはザコなんでしょう?早くしないと、勇者様達が」
涙目のペルルドールがシャーフーチに詰め寄る。
「他人の為に魔法を使うには、報酬と契約が必要なんです。更に、私は自由に外に出られません」
「ウソ!あんなにたくさんの書物を買っていらっしゃるじゃないですか!外に出られない人が、あれ程の買い物が出来る訳が無いでしょう!」
「マンガだから気軽に通販が利用出来るがな。それはともかく、シャーフーチが留守だった時も有りましたし、出られない事は無いでしょう」
背伸びを止めたセレバーナが冷静に言う。
「協力者が居るんですよ。その者の管理地なら、ここと同じ様に動けるんです」
「ほう。それは手紙を送った方と違う人なんですよね?」
セレバーナの金の瞳に好奇心が浮かぶ。
「違う人です。とにかく、こことそこ以外には行けないんです。私は封印されている身ですから、こんな下らない事で調和を崩したくないのです」
「そう言えば封印されているんでしたね。こうして普通に会話しているから、つい忘れてしまう」
セレバーナは自分のおでこに右手を当てた。
この封印の地では、ついうっかりが目立つ。
神学校に居た時には無かったミスなので気を付けなければ。
未知の新天地に来た実感を得られるので、悪い気はしないのだが。
「そんな事より!あの人達、どんどん丘を下ってますよ!」
イヤナが窓の外を指しながら言う。
「急がないと間に合わない様ですね。下の村の村長の依頼が有れば動けますが、それを貰うヒマは無いでしょう」
シャーフーチは少女達の表情を窺った。
全員が焦り、ソワソワしている。
動くなと命令しても、何だかんだと言い訳して何とかしようとするだろう。
最悪、勝手に飛び出して行きそうだ。
それもまた運命だと見守るのも手だが、それはさすがに無責任が過ぎるか。
「貴女達は、戦うにはまだ早い。アレに戦いを挑むのは、第二第三の扉を開ける行為に等しい」
「つまり、命を落とす可能性が有る訳ですね?」
セレバーナは冷静に言う。
「はい。その覚悟は有りますか?」
「有ります。私達に、あの村の人達へご恩返しさせてください!」
即答するイヤナにサコも続く。
「この状況で何もしない方が、余程の覚悟が要ります」
「分かりました。貴女達に頑張って貰いましょう」
「わたくし達に何をさせようと言うのですか?」
ペルルドールが訊くと、シャーフーチは円卓に片手を突いた。
「私が魔法使いギルドに行って外出の許可を得るまでの少しの間、アレの足止めをお願いしたいのです。これは正式な契約で、貴女達の初仕事になります」
「師が弟子に仕事を頼んでも宜しいのですか?」
セレバーナが円卓に戻る。
「禁止はされていませんが、非常識です。でも、緊急事態ですから、問題になったら私が責任を取ります」
シャーフーチが指を鳴らす。
すると黄色いゴルフボールの様な物が十個現れ、円卓の上を転がった。
「これはマジックアイテムです。覚悟と想いを持って投げると、物凄い光を発する魔法が発動します。これなら貴女達でも扱える」
イヤナとサコも円卓の前に戻り、黄色い球を手に取った。
「次は音と煙の魔法です。アレの顔に向けて投げてください。物凄い音が鳴るので、扱いに注意して」
再び指を鳴らすと、赤い玉が十個。
「そして、落とし穴です。実際に穴が開く訳ではなく、錯覚でバランスを崩す物です。アレの前進を止めたい時に足元に投げてください」
みたび指を鳴らすと、茶色い玉が四個。
「この落とし穴は錯覚なので、連続で使うと穴じゃない事がバレるかも知れません。これらを使ってアレの足止めを」
「分かりました!」
イヤナは、赤と黄色の玉をスカートのポケットに仕舞いながら頷く。
サコも同じ様にズボンのポケットに詰め込む。
「即座に返事が出来なかったセレバーナとペルルドールは遺跡に残っても構いません。では、頼みましたよ!すぐに戻ります!」
シャーフーチは、そう言い残して姿を消した。




