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腹の底に響く様な地鳴りと共に大地が揺れた。
「な、何?」
イヤナは不安そうに周囲の様子を確認する。
石で出来た天井の隙間から埃が落ちて来ている。
その後も規則正しく地面が揺れ続ける。
「地震、ではない様だが」
「地震って何?セレバーナ」
「イヤナは地震の無い地方出身か。私もそうだが。一言で言うなら、地殻変動などで地面が揺れる自然現象の事だ」
大勢の人間が叫ぶ声が聞こえて来た。
遺跡の外に大勢の人が居る。
「え……?何?怖い……」
イヤナがキッチンの方へと後ずさって行く。
「何だろうね」
音を立てず窓に近付いたサコは、慎重に外の様子を窺う。
「現在の勇者はレベルが低いですね。覚悟が足りない。魔物を引き連れたまま逃げて来るとは嘆かわしい」
シャーフーチは無防備に立ち上がり、窓から外を見た。
「あれはトロールですね。決して弱くはない魔物ですが、魔王の城の中ではザコクラスです」
垣根の外で巨人が歩いている。
全身毛むくじゃらで、奴が歩く度に地面が揺れる。
「敗走していますね。見た所、二十人程ですか?後の八十人以上の冒険者はどうなったんでしょうね」
「突入してすぐ敗走ですか?早過ぎませんか?」
セレバーナも窓に近付く。
背が低いので、思いっ切り背伸びをして外を見る。
「良く見ておきなさい。あれが第二の扉を開け損ねた者の末路です。無様ですよね?大した力も無いのに先に進もうとするとああなる」
シャーフーチは真剣な眼差しで草原を見下ろす。
魔法使いが攻撃魔法を打ち、弓使いが矢を放っているが、トロールには全く効いていない。
明るい茶髪の剣士がトロールに切り掛るが、手応え無し。
毛で覆われた長い腕で弾き飛ばされる。
「あの剣士の鎧、魔法銀ですね。波動に覚えが有るので、過去の勇者が使っていた装備です。それを身に纏っている彼が勇者の子孫ですか」
勇者の子孫は挫けず、再びトロールに切り掛った。
彼が持っている剣も見覚えが有る。
魔法使い殺しの長剣だ。
「良い剣ですが、再生能力を持ち、知能の高くないトロールにはあの剣は効かない。その程度の知識も無いとは……」
時の流れとは恐ろしい物だ。
五人で数万の魔王軍を退けた化け物の子孫が、こうも弱くなるとは。
不意に悲鳴が丘に響き渡る。
誰かがやられた様だ。
恐ろしさに身を竦めたイヤナとペルルドールが耳を塞ぐ。
「怪我人も大勢居る様ですね。背負われている人がそれなりに居る。――まずいです、村の方に行っています」
サコの言葉を聞き、イヤナとペルルドールも窓から外を見る。
少女達に押し退けられる形で窓から離されたシャーフーチは、苦笑いで頭を掻く。
この子達は師を何だと思っているんだろう。
無礼過ぎる。
別に良いけど。
「村に後衛が居るんでしょう。……ん?この感じ、何でしょう。不安を駆られる様な、居ても立ってもいられない様な……」
シャーフーチは、円卓の上座に戻ってから目を閉じた。
そして円卓に両手を乗せ、丘全体の気配を探る。
「参ったな。勇者達がトラップを掻き回したからなのか、丘の封印が不安定になってますね、これは。別の魔物も出て来る可能性が有りますねぇ」
「あのトロールだけでも十分危険ですわ!村の中であんな物が暴れたら、子供達が……!」
ペルルドールは、王女である自分に気さくに話し掛けて来た子供達の顔を思い出している。
赤の他人との雑談と言う貴重な体験をさせてくれた子供達。
彼等の家が失われ、畑を踏み荒らされる事は想像に難くない。
命さえ危ない。
金髪美少女は再び目に涙を浮かべた。
この国の第二王女なのに、こんな危機的状況でも何も出来ない自分が本当に情けない……!




