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玄関から城の外に出た三人の少女は、数百人規模の兵士やメイド達が右往左往している様子を見て驚いた。
何事か!と思ったが、姫城が崩れたんだから、その現場に人が集中するのは当たり前だ。
民衆に嫌われていない王族の一大事なんだし。
「ペルルドール様!」
王位継承権争いの再燃が懸念され始めた頃に、状況を探らせる為に世話役の任を解いていた爺が駆け寄って来た。
「ペルルドール様、ご無事でしたか!お怪我は?」
「わたくしは大丈夫です、爺。――王都の状況は?」
「は。詳しい被害状況は調査中ですが、魔王軍を一目見ようと外出していた者が崩れた建造物で軽傷を負ったとの報告が有ります」
王城の方から戻って来たプロンヤを見上げ、特に何の行動もせずに爺に視線を戻すペルルドール。
第二王女の行動を代弁するかの様に、セレバーナが呆れた声を出す。
「魔物が迫って来ているので注意しろと戒厳令を出したのに、暢気に見学していた者が居るんですか?」
「はい。幸いな事に死亡者は居ないとの事です」
「野次馬は仕方ありません。ですから魔法ギルドの若者に王都パトロールのクエストをお願いしましたの。魔法が使えれば迅速な避難や治療が行えますし」
肩を竦めるペルルドールに金色の瞳を向けたセレバーナは、腰に手を当てて溜息を吐いた。
「まぁ、実際に痛い目を見なければ分からないのも人間か。――ペルルドールに油断が無くて助かったよ」
「どういたしまして」
笑顔の妹姫に厳しい表情を向ける爺。
「トロピカーナ様が連れ去られた今、ペルルドール様に何か有りましたら国の一大事。どうかすぐに姫城にお戻りください」
「そうですね。お姉様派の人達に、わたくしがこの騒ぎを起こしたと思われるかも知れませんしね」
「プロンヤ様、護衛団を増強し、ペルルドール様をお守りください。姫城のひとつが半壊した為、王城の魔法結界が弱くなっているそうです」
「承知しました。参りましょう、姫」
「はい。――では、セレバーナ。サコ。また会いましょう」
別れの挨拶をしようとした第二王女に掌を向けるセレバーナ。
「待て。魔法結界が弱くなっているのは、間違いなくソレイユドールが魔力を吸ったからだ。今はまだ大丈夫だが、近い内に王城の結界は無くなる」
背の低いツインテール少女の言葉を聞いた爺と女騎士の表情が引き締まる。
「これは古い女神の痕跡が『辻褄合わせ』によって消えるからで、今までの様には回復しない。なので、即急に警備体制の見直しをしてくれ」
「ですが、新しい女神魔法が産まれるんでしょう?わたくし達が習った魔法そのままの」
「うむ。新聖書にも魔法復活のヒントを書いた。が、今の私は魔法の復活は無いと思っている」
「どうしてですの?」
小首を傾げる金髪美少女。
ツインテール少女は無表情で胸の内を語る。
「クレアが改心すればあるいは、と思ったが、彼女は海外に行った。王都の人間にも王の言う事を聞かない者が居る。良く言えば自由だが――」
半壊した姫城の脆くなった一部が崩れ、大きな音を立てた。
そちらを全員が見る。
騎士や使用人が現場検証を中断をしている様子を見ながら続けるセレバーナ。
「悪く言えば手前勝手だ。そんな環境では魔法の復活は望めないのだ。――サコ。だから魔法ギルドでの修業は無駄になるかも知れない」
「どうすれば魔法が復活するの?」
セレバーナは、サコの質問に首を横に振って応える。
「聖書以外はノーヒントだ。私としては、魔法に不自由となった人々が機械の発展に注力してくれれば良いと思っているからな」
「呆れた。貴女も自分勝手ではありませんの」
ペルルドールが肩を竦めると、セレバーナは目を伏せて笑んだ。
「言う事は言った。私は最果てに帰る。もう最果てではないから、別の名前になるかも知れないな」
片手を上げ、それを別れの挨拶とするツインテール少女。
「ではな、ペルルドール。行こう、サコ。周りの者の魔王の弟子を見る目が怖い」
「魔王がこんな事件を起こしたんだから当然だね。またね、ペルルドール」
「ええ、また会いましょう。プロンヤ。混乱しているので、状況を知っている貴女がお見送りをしてください」
「は」
背の低い黒髪少女と背の高い茶髪少女が帰って行く。
緊急時なのに一般人が居るので門の所で足止めを食らったが、プロンヤが説明しているので拘束される事は無いだろう。
「行きましょう」
爺と護衛団の騎士に守られながら、数日ぶりに自分の姫城に戻るペルルドール。
そして早足で自室に向かう。
早く腰を落ち着けたいのに、城が広いのでなかなか辿り着けない。
「これからわたくしは集中し、今後の対策を練ります。ベルを鳴らすまで誰も近付けない様に」
「畏まりました」
居ない間も掃除されていた自室に入ったペルルドールは、適当な椅子に座って目を瞑った。
使い魔を使って義母を追っていたペルルドールは、シャーフーチの怪しい格好もそこで目撃していた。
その場でクレアとか言う少女も一緒に外国に行くと言う話を聞いたので、その頭に使い魔を留まらせた。
彼女は金髪なので、黄色い蝶の姿をしている使い魔なら誰にも気付かれずに現場の状態を探れると思ったから。
「トロピカーナ。具合はどうだ?」
「ええ、お母様。悪くはありませんわ」
青空の下、姉姫と義母がテントの様な物の前で話し合っている。
遠く離れているせいか、使い魔から送られて来る視覚情報がぼやける。
二人が立っているのか座っているのかさえ分からない。
白いドラゴンの背に置かれている円卓だけがやたらとハッキリ見えるのは、それが持つ神の力のせいか。
遠く離れているせいで情報が届き難いのなら、いっその事、情報を絞ろう。
視覚を切ると、風が潮の匂いを含んでいる事に気付いた。
すでに海の上に出ているのか。
それは遠い。
嗅覚と触覚も切り、聴覚一本にした。
するとイヤナの声が聞こえて来た。
「海の果てに辿り着いたら、みなさんの時を止めますね。時間が止まっていれば、ちょっとした失敗が有ってもみなさんの安全が保障されますから」
続いて、シャーフーチの声。
声が籠っていないので、怪しい仮面は外している様だ。
「再び時が動けば、そこは新大陸です。では、ユゴントの人達と一緒に寛いでください。彼等は隣の国の国民となります」
「はい。――参りましょう、お母様。良い友好関係を築くべく、キチンとごあいさつしなければ」
「そうじゃな」
「クレアさんも」
「はい。――私は貴族としての知識をユゴントのみなさんに伝授すれば良いんですね?イヤナさん」
「えっと、ユゴントじゃない方かな。エルフの方。新大陸に着いたら会えるから、その時に改めてお願いするね」
イヤナの声が近付いて来たと思ったら風の音が消えた。
その状態が一分位続いた後、シャーフーチの声。
「何ですか?おや、それはペルルドールの使い魔ではありませんか」
「クレアの頭にくっ付いていました。お姉さんが心配だったのか、それとも、私達が心配だったのか」
イヤナがあっけらかんと言う。
意外と抜け目の無い子だから、彼女には最初からバレていた様だ。
「きっと両方ですね。大丈夫ですよ、ここまで来て失敗はありません。それより、蝶では海を越えられません。私が送り返しましょう」
「ちょっと待ってください、お師匠様。折角ですから、ソレイユドールの事をハッキリさせてから返しましょう」
「ハッキリ、とは?」
「私も気していましたし、セレバーナも色々と考えていたでしょう。それは、『どうしてお師匠様を魔王役にしたか』です」
「それは、単純に他に適任者が居なかったからですよ」
「それだけじゃないですよね。だって、女神になるだけなら、わざわざ誘拐されなくても良いじゃないですか」
確かに、ペルルドールもそこが気になっていた。
だから聴覚に魔力を集中させる。
「王家の存続とかだって、『辻褄合わせ』の存在を知っているなら、小細工するよりも本気で願う方が効果的だって分かっているはずですし」
イヤナ、鋭いですわ。
女神の知恵を得たお陰で賢くなっている。
「しかも他の仲間に役目を与えて最果ての遺跡から追い出した。それってつまり、お師匠様と二人で遺跡で暮らしたかったって事じゃないですか?」
「そこまでです、イヤナ」
大きな声が響く。
女性の声だから、これがソレイユドールの声か。
「その真偽は闇に葬りましょう。私の命はもうすぐ尽きるのですから、今更そんな考察をしても無意味です」
「その事なんですが、この身体は魔力で大きくなったんですよね?」
「ええ」
「実は、私は『辻妻合わせ』を起こしました。もしも私の思い通りになったのなら、ドラゴンの核の部分がソレイユドールの身体になっているはずです」
「どう言う事でしょうか?」
「大地となる為に、この身体は魔力によって土に近い材質になっています。大地の素材部分が女神候補の生き物としての核を護っているイメージです」
「……つまり、イヤナは何を願ったんですか?」
「つまり、ドラゴンの身体を大陸にすると同時に核を切り分ければ、女神候補からただの人間として再転生させられるんじゃないかなって」
「再転生!?」
「再転生です」
盗聴しているペルルドールも驚く中、イヤナは続ける。
ソレイユドールは女神になる資格は放棄したが、だからと言って特に何かが変化している訳ではない。
だから、イヤナはまだ女神候補だと思っている。
そもそも、ドラゴンは神に近い存在だと言う異世界の伝説を利用して新大陸を作ろうとしているので、すでに神であると言って良い。
その理屈から考えれば、神から人間に転生出来ない訳が無い。
実際に女神候補からドラゴンに転生しているのだから。
「そんな無茶な。女神候補とは言え、人間が何度も転生出来る訳がありません」
「でも、それが成功すれば、新大陸で二人の新生活を始められますよ。お師匠様とソレイユドールのね。それってハッピーエンドじゃないですか?」
「しかし……」
「やってみてダメだったら諦めましょう。でも、希望はまだ残っています。痛み無く身体を切り裂ける『女神の剣』が有りますからショック死もありません」
溜息を吐くシャーフーチ。
「仕方ありませんねぇ。女神様にそう言われたら、期待しない訳には行きません。私としても成功して欲しいと思っちゃいましたし」
「って事で、こっちは頑張ってハッピーエンドにするよ。だからペルルドールは心配しないで。立派な女王様になって、国民全員を幸せにしてあげてね」
次の瞬間、使い魔からの情報が遮断された。
魔力の供給が途絶えたら使い魔は死んでしまう。
だから慌てて魔力の再接続をしたら、反応が真上に有った。
「?」
目を開けて見上げると、そこに黄色い蝶が飛んでいた。
帰って来れない事を覚悟してクレアの頭に留めた蝶は、師の転移魔法によって送り返された。
「分かりましたわ。わたくしもこの国のハッピーエンドを目指しますわ。って、エンドではいけません。永遠のハッピーを、ですわね」
立ち上がったペルルドールは、決意の表情で窓際に移動した。
王城の敷地内では未だに大勢の人々が行き来している。
「今後はこの様な騒ぎを起こさないと、二人の新しい女神に誓いますわ。永遠に」
誓いの証として――わたくしは、もうキレたり泣いたりしない。
女王と呼ばれるに相応しい、毅然とした大人になります。




