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巨大な白いドラゴンは、微妙な力加減で首を動かした。

人で例えるなら唇の先で撫でただけだったが、ドラゴンの顔があまりにも巨大だったので、姫城の半分が砕けた。


「壁の破片とかが当たりませんでしたか?ペルルドールのお姉さん」


真っ黒なローブを着た人物が不意に現れ、トロピカーナをその背で護った。

フードを深く被っていたので顔は分からなかったが、その声は少女の物だった。


「え、ええ。大丈夫です」


「お待たせしました。誘拐しに来ましたよ。派手に壊れましたが、大丈夫ですか?」


派手な鳥の羽根が付いたマスクを被った黒マントの男が転移魔法によって現れた。

続いて何人もの人間が現れ、窓ガラスの破片の上に降り立つ。


「おっと、危ない。みんな、足元に気を付けてくれ」


冷静に言うのは、黒髪ツインテールの少女。


「今の衝撃で城壁やら民家やらに被害が出たな。人的被害が心配だが……」


「魔法ギルドで修業中の若者達が王家の要請に従って王都をパトロールしていますから、もうすでに現場に向かっているでしょう。きっと大丈夫です」


転移組に一歩遅れて到着したペルルドールは、転移組の中に王妃が居る事に気付いて心の中で警戒した。

そんな妹を横目で見た姉姫は、穏やかな声で切り出す。


「お母様。説得に応じてくださいましたのね」


「トロピカーナ。お前は怖くないのか?ここから出る事が」


「はい。そもそもわたくしはいつあの世に旅立ってもおかしくない身体です。今更何を怖がりましょう」


「そうか。なら、私は今まで通り、お前を助けよう。母親としてな」


「ありがとうございます。――貴方が魔王ですか?」


いつでも横になれるタイプのドレスを着ている金髪の姉姫は、黒マントの男の前に歩み出た。


「初めまして、トロピカーナ・ジャド・サ・エルヴィナーサ。これから貴女を連れ去りますが、目撃者が来るまで少々お待ちください」


「はい。予定では、王城の門を護っている勇者様一行がわたくしを護りに来るんですよね」


「王城に土足で入れるのは彼等だけですしね。来る保証は有りませんが、まぁ、最悪兵士でも構いません。お城の半壊と言う状況証拠も有りますし」


大人達がそんな会話をしている横で、魔王の弟子達がお互いの顔を見合っていた。


「貴女、もしやイヤナですか?その恰好は何?」


ペルルドールが小首を傾げる。

黒いローブを着ていた人物がフードを取ると、おさげの赤髪が出て来た。

その頭には青いティアラが乗っている。


「魔王の手下っぽいでしょ?魔王の弟子が誘拐に絡んでいるって目撃者に思われたらペルルドールの立場が悪くなるってセレバーナが言うから作ったの」


「君の格好はともかく、シャーフーチの格好は無いな。あれじゃまるっきり変態だ」


腕を組もうとしたセレバーナは、青い手甲に阻まれて腕を下げた。


「それはともかく――またこうして全員集合出来るなんて、夢みたいだ」


道着を着ているサコが言うと、四人の弟子達は微笑んだ。

懐かしい雰囲気が心地良く、言葉も無く輪を作った。

その沈黙を破ったのはイヤナ。


「私達は女神になる為に産まれた。でもね、こうしてみんなが友達になれたのは違うよね」


「違う、とは?」


ペルルドールが小首を傾げると、サコが頷いた。


「それぞれの目的を持って集まって、修業を乗り越える為に仲良くなった。って事かな」


「うん。だからね。女神がどうとか世界の為とか、そんなのはどうでも良いの。この騒動が終わったら、全部忘れて良いと思う」


笑んだイヤナは、フードを被ってから続ける。

重そうな甲冑の足音が近付いて来ているので、勇者達が間も無くこの部屋に押し掛けて来る。


「みんながそれぞれの目的を叶える為に、そして良い未来を迎える為に頑張れば、きっとみんなが幸せになれる。それで良いと、私は思う」


「ふふ、そうだな。難しく考える必要は無い。自分と友達の為に頑張る。我々はそれで良いのだ。――さて、そろそろ大詰めだ。みんな、指定の位置に」


少女らしい笑顔になったセレバーナは、ペルルドールを庇う位置に立った。


「私はどうしたら良い?」


サコが訊くと、無表情に戻ったセレバーナに手招きされた。


「君も私と一緒に第二王女を護ってくれ」


「分かった」


真っ黒なローブ姿のイヤナはトロピカーナの影に移動し、ヒソヒソ声で質問する。


「えっと、ペルルドールのお姉さんが連れて行く人は誰ですか?魔法で透明にするから、近くで一塊になってください」


「わたくしの事はトロピカーナと呼んで。お母様と、この三人です」


姉姫が手を叩くと、大荷物を持ったメイドと、旅行鞄を持った黄金の女騎士が前に出て来た。

浅黄色のローブを着た魔法使いの女性は目立たない様にメイドの影に立っていて、旅行用のリュックを背負っている。


「じゃ、四人は私が転移魔法で白いドラゴンの背に送るね。――セレバーナ。ペルルドール。サコ。私は外国に行って来ます」


手を振るイヤナに仲間の三人が手を振り返す。


「ああ。頼むぞ」


「頑張ってくださいね!」


「行ってらっしゃい」


数秒後、ドアを蹴破って勇者とその仲間数人が部屋に踏み込んで来た。

その後ろに王城警備の兵士達も居る。


「姫様方、大丈夫ですか!?――む、何者だ!」


怪しい仮面男に剣の切っ先を向ける明るい茶髪の勇者。


「私は魔王シャーフーチ。ええい、次から次へと邪魔が入る」


芝居がかった声で言う黒マントの男。

演技の練習をさせておくべきだったか、と無表情で思うツインテール少女。


「お姉様を解放しなさい、魔王シャーフーチ!わが師と言えども、こんな無礼は許しませんよ!」


さすがペルルドール、こちらは演技が上手い。


「我が弟子の分際で我の邪魔をするとは、身の程知らずめ!」


黒いオーラを背負う魔王。

同時に突風が起こり、ペルルドールの豪華なドレスや神学校の制服を着ているセレバーナのスカートがはためく。

良い演出だ。


「まぁ良い。姉姫はこちらの手の内に有る。――おっと、動くなよ、勇者。姫がどうなっても良いのか?」


隙を伺いながらゆっくりと前進していた勇者一行を牽制し、姉姫の腕を取る魔王。


「ここらが引き際だな。お前は先に行け」


「は」


低い声で頷いた黒いローブを着た少女は、転移魔法で姿を消した。

妙に魔力の波動が大きかったが、勇者達は二人の姫を護らなくてはならないので気にしなかった。


「500年前の失敗は国内に逃げた事だった。だから今回は外国に、海外へ逃げる事にした」


「海外?何だそれは」


勇者が一歩前に出る。

さりげなく間合いを詰めているが、魔王はそれを見逃さない。


「二人の姫を攫おうと思ったが、土壇場で弟子に裏切られた。口惜しいが、贅沢は言ってられない。一人でも十分に目的は果たせる」


姉姫と共に宙に浮く魔王。

勇者が駆け寄るが、時すでに遅し。

魔王と姉姫は空高く舞い上がって行く。


「姫を取り返したくば、海を越えて外国へ来るが良い。手遅れになる前にな。――さらばだ」


そう言い残し、魔王はドラゴンの方に飛び去って行った。

そしてドラゴンの頭上に着陸すると、山の様に大きいドラゴンが飛び立つ姿勢に入った。

と思った次の瞬間、途轍もなく強力な転移魔法の波動の中にドラゴンが消えて行った。

王都を囲みつつあった魔物の大群も一緒に消えていた。


「これは、一体……」


崩れた姫城から外を見た勇者が呆然と呟いた。

まるで何も無かったかの様に青空は澄み切っていたが、崩れた城壁の向こうに王都が見えるので、王城の破壊は現実の出来事だったと分かる。


「お姉様がシャーフーチに攫われてしまいましたわ。プロンヤ、プロンヤ!」


「は」


第二王女の呼び掛けに応じ、赤い全身鎧を着た女騎士が跪く。

護衛団団長の所作も自然だ。


「急いで捜索隊を組織して!海外についても、学者を集めて調べてください。お姉様はお身体が弱いので、なるべく急いで!」


「御意」


女騎士の退室を見送った金髪美少女は、ドレスを翻して勇者の隣に立った。


「勇者様。貴方はどうされますか?貴方はこの国の守り神ですので、無理に未知の地へと赴かなくても良いんですけれども」


「いえ。国の宝である姫を眼前で攫われ、おめおめと座している訳には参りません。私も捜索隊に加わりたいと思います!」


納刀された剣の鞘を利き手で持ち、王女に跪く勇者。


「お姉様は海の向こうに連れ去られたとシャーフーチは仰いました。貴方は海を越える覚悟は有りますか?」


「無論でございます」


「ありがとう。――わたくしもセレバーナと共に海外について調べます。勇者様は旅立ちの準備を」


「は!では、また後程!」


勇者パーティの退室を見送ったペルルドールは、セレバーナとサコに顔を向けた。

そして、残っている警備の兵士達や後片付けに来たメイド達に気付かれない様に、三人でコッソリと微笑んだ。


「上手く行きましたね」


「ああ。この事件がニュースになり、勇者が海外へ旅立ったと新聞に載れば、国民のほとんどが海外と言う存在を知る事となる」


「結果、イヤナ達の外国造りの役に立つ、と言う訳ですね」


「私は円卓を使ったテレパシーを使い、外国の状況を君に伝える。君はそれを学者に研究させる。それで外国の種族が外国人として固定される」


賢い二人の会話を聞いていたサコが、申し訳無さそうな顔で話に割り込んで来た。


「良く分からないけど、私の役目は、目撃者としてその話を広める……だよね?」


「うむ。後日事情聴取で王城に呼ばれるかも知れないが、ペルルドールが居るから心配は無い」


「セレバーナは呼ばれないの?」


「女神が人前に出るのはおかしいと思うが、かと言って引き籠ると世の中が見えなくなる。これからの私はどうあるべきか。悩み中だ」


「なるほど……。難しいところだね」


「まぁ、君は君の目的に集中してくれ。魔法ギルドで出来るであろう新しい友達と仲良くすれば、自然とその話になるだろう」


「そっか。分かったよ。細かい事は気にしないで自分の夢を叶える為に頑張るよ。イヤナもそう言ってたし」


「では城を出るか。半壊した城にいつまでも残るのは危ない」


「そうですね。こちらですわ」


頷いたペルルドールが、道案内の為に先頭を歩いた。

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