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「おはよう」
一番目覚めが遅いセレバーナがリビングに来た。
そんな彼女に朝の挨拶を返す少女達。
「じゃ、シャーフーチを呼んで来るね」
サコに呼ばれたローブの男もリビングに現れ、全員揃った朝食が始まる。
メニューは粉吹き芋のみ。
物足りないなぁ、村に行けないなら昼も質素になるなぁ、と少女達が思っていると、シャーフーチが口を開いた。
「食事が終わったら、すぐに魔法の勉強を始めます。後片付けが終わったら集合してください」
「あ、はい。すぐに片付けます!」
ジャガイモを一気に平らげたイヤナは、食器洗い用の水を汲みに行った。
他の少女も素早く円卓の上を綺麗にした。
よっぽど魔法の勉強がしたかったと見える。
「まぁ、当たり前か。色々な物を捨ててまで、こんな最果ての地まで来たんですもんねぇ」
シャーフーチが呟いていると、イヤナが食後の白湯を持って来た。
片付けをしながらお湯を沸かしていたらしい。
良く出来た子だ。
「ありがとう。――ああ、サコ。貴女、自然石割りは出来ますか?」
片付けを終えた少女達がリビングに戻って来た。
それを待っていたシャーフーチは、長身の少女にそう訊いてみた。
「はい?えっと、多分、出来ます。最近はやっていないので自信は無いですが」
「サコなら出来ると、私は信じています。庭に畑を作った時に出て来た石でやってみてください」
「はい」
外に行ったサコは、サツマイモくらいの大きさの石をふたつ持って戻って来た。
なぜか戸惑った表情をしている。
「あの、シャーフーチ。物凄い量の殺気がこっちに向かって来ているんですが」
「勇者様ご一行でしょうか」
「恐らく。どうします?逃げますか?」
「放って置きなさい。朝早くからご苦労な事ですが、彼等はここに辿り付けない」
「なぜ」
当然の疑問をセレバーナが代表して訊く。
「魔王の封印を刺激しない様に、侵入者避けのトラップが仕掛けてあるからです。サコ。殺気を感じただけで、彼等の姿は見ていないでしょう?」
「はい」
「死の呪文の応用です。彼等はここに向かっていますが、ここではない場所を目指しています。どうやら正常に作用している様なので、心配は有りません」
「別の世界に行っている、と言う事ですか?」
腕を組んだセレバーナは、開いている窓に顔を向けた。
良い天気だ。
「そこは本物の魔王の城です。地下百階まで下った後、また百階上がって、更に地上十階の大ダンジョンです。無事にゴールするまで何十日も掛かる」
「ゴールしたらどうなるんですか?お師匠様」
イヤナが怖々と訊く。
「五百年前に一度攻略されている事は彼等も知っているでしょう。だから、空の玉座を見て、無駄足を踏んだ自分達の愚かさを悔む事になります」
「帰りは?」
「当然、来た道をそのまま帰ります。レベルの低い移動魔法は封じられていますし、地下部分は魔物の巣のままでしょうから、苦労するでしょうね」
「魔物……。なら、怪我人や死者が出るのでは?」
「ダンジョン攻略が彼等の仕事ですし。私が呼んだ訳ではないので、私が責任を取る必要も有りません。私は彼等の保護者じゃない」
「そう、ですよね……」
イヤナがションボリとする。
冒険者達を案じている様だ。
「優しいですね、イヤナは。ですが、そんな心使いは無用です。玉座へ行くのが面倒な城に五百年も留まっていると思う方がおかしいんですから」
「そのダンジョンは、元々は裏の崖の位置に有りましたのよね?」
ペルルドールがそちらの方向を指差す。
「はい。ですが、今は歴史を勉強する時間ではありません。魔法の修行をしましょう。サコ、そこに」
師匠に呼ばれたサコが円卓の前に立つ。
「まずは確認。本物の石である事を確かめてください」
三人の少女は、サコが持っている石を撫でたり人差し指で突いたりする。
「石です。ありふれた、ただの石です。私が畑から掘り出したので間違いありません」
訳も分からずに確認したセレバーナの言葉を聞たシャーフーチがサコに目配せする。
頷いたサコは、ズボンのベルトに挟んであるタオルを四つ折りにして円卓に敷いた。
汗を拭く時用の物だが、まだ朝なので汚くない。
その上にふたつの石を重ねて置く。
「行きます」
左手でふたつの石を支えたサコは、掲げた右手を手刀の形にした。
深く息を吸い、吐く。
サコの筋肉の緊張がこの場に居る全員に感じられる。
「ハッ!」
可愛らしい声の気合と共に振り下される手刀。
次の瞬間、上の石がふたつに割れた。
手刀が当たった部分が粉々に砕けている。
下の石は無傷。
イヤナは口を両手で押さえて驚き、セレバーナは腕を組んで感心し、ペルルドールは青い目を見開いて固まった。
サコは目を瞑って悔んだ後、シャーフーチに頭を下げた。
「申し訳有りません。失敗しました。お恥ずかしい」
「私は武術の師ではないので、この結果で結構です。反省が必要なら、また後で」
「はい」
「失敗とは?成功の定義を知らないと、我々は混乱します」
セレバーナに質問されたサコは、シャーフーチに視線を送った。
シャーフーチは無言で手振りをし、答える様に指示する。
「ちゃんとすれば、包丁で大根を切る様に、綺麗に真っ二つに割れるんだよ。でも、私に鍛錬が足りないから砕けてしまった」
「素手で砕いただけでも凄いよ。手、大丈夫?」
サコの手を取ったイヤナは、怪我が無いかを確かめる。
傷ひとつ無いばかりか、女の子の手らしく柔らかい。
「彼女の真似をして石を叩いたら、砕けるのは手の骨の方です。普通の人間なら、ね」
シャーフーチがゆっくりと言う。
その言葉には少女達全員が心の底から納得する。
当たり前の事だ。
「しかし、サコは毎日身体を鍛え、技を磨いたから出来た」
シャーフーチは円卓に転がる石の破片を抓み揚げた。
それを見詰めながら続ける。
「例えばセレバーナが石を割る技術を学び、正確に技を繰り出しても、一朝一夕では真似出来ない」
「当然です。知識だけで石が割れたら機械は要らない」
相変わらずセレバーナの冗談は意味が分からない。
「その違いが第二の扉、『資格』です」
「なるほど。昨日の話の続きですね。順番に扉を開けると言う」
「そうです」
円卓の上を片付けさせたシャーフーチは、少女達を座らせた。
ペルルドールだけは、ずっと目を剥いてサコの腕を見詰めている。
「魔法も毎日の鍛錬が必要です。これから貴女達は、身体を鍛え、知識を蓄え、精神を研ぎ澄まします。サコ程の体力は必要有りませんが、せめて」
シャーフーチがイヤナに視線を送ると、赤毛のおさげ少女は自分の顔を指差した。
「セレバーナとペルルドールは、彼女くらいの体力を目指してください」
「そう言うシャーフーチは、体力に自信が?」
「私はすでに極めているから関係無いのですよ、セレバーナ」
「なるほど。さすが我が師」
「イヤナとサコは体力では優秀。セレバーナは知識では優秀。ペルルドールは」
名前を呼ばれたペルルドールは、サコからシャーフーチへと顔の向きを変える。
しかしシャーフーチは先を言わず、視線を他の少女に移した。
「全員、第二の扉は遠い、と言う事です」
その行動にカチンと来たペルルドールは、奥歯を噛み締めて怒りを顔に出す。
国民の反感を買わない様に負の感情を表に出さない様に育てられているので、普段なら絶対に怒りを飲み込んでいた。
しかし、空腹のせいもあってか、今はそれが我慢出来なかった。
「はっきり仰ってください。わたくしが邪魔だと」
突然何を言い出すんだこいつ、と言う顔のシャーフーチ。
他の少女達も戸惑いの表情でペルルドールに注目する。
「わたくしに帰って欲しいんでしょう?血豆でクワが持てず、みんなに迷惑を掛けているわたくしは必要無いと。体力も無い、知力も無い、わたくしなんか……」
拗ねた顔で俯いているペルルドールの口から洩れて行く、ここに来てから常々感じていた事。
王宮を出た自分は、何も出来ない。
仲間の助けとなる才能も持ってない。
無能な自分が情けなくて涙が溢れて来る。
「大丈夫だよ、ペルルドール」
立ち上がったイヤナが金髪美少女の肩を抱く。
「ちょっと疲れてるだけだよね。大丈夫、大丈夫。お師匠様はペルルドールに帰って欲しいなんて思ってないよ。ね?お師匠様」
口を開き掛けたシャーフーチと、イヤナに遅れて立ち上がったサコが、揃って窓の外に目を向けた。




