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25

最小限の魔法を使って気配を消しているセレバーナは、静かにドアに手を掛けた。

ノブは難無く回ったので、そのまま開ける。

すると、むせかえる様な血の匂いが溢れて来た。


「う……これは酷いな」


吐き気を催すほどの臭いに怯むセレバーナ。

つい反射的に左の掌で顔の下半分を覆うが、右手に持っている魔法の杖への集中は解かない。


「その声は、セレバーナ?」


「お、クレアか。久しぶりだな」


「貴女がどうしてここに?誰も入って来られない様に、屋敷中の鍵を閉めたのに」


「そちらの人達が逃げられない様に、ではないのかな?」


「ふふふ。そうね。そっちが正解ね」


その会話があまりにも日常的だったので、警戒を解いたペルルドールが部屋の中を覗いた。


「……!」


息を飲む金髪美少女。

血塗れの男性二人が床で転がっていて、すでに絶命していた。

それを無言で見詰めている一人の男。

その男は明らかに普通の人間ではなかった。

体中の肉が腐り落ちていて、一部の骨が見えている。

血の臭いは死体から、腐った臭いはその者からの様だ。


「まぁ、ペルルドール様まで。こんなむさくるしい所にようこそ」


花のアップリケが施された黄色い眼帯を左目に着けている少女が礼儀正しく礼をする。

金髪が美しい少女の所作は正しいので、この豪邸の娘だろう。

頬やドレスに返り血を付けていなければ普通に礼を返していたところだ


「いえ、あの、その」


「ペルルドール、ですって?」


凄惨な現場を前にして戸惑っている王女の名前に反応し、部屋の隅で蹲っていた人物が立ち上がった。

その存在に気付いていなかったセレバーナは杖を構え直し、ペルルドールは使い魔を髪に留めた。


「た、助けてください、ペルルドール!私の護衛が殺されてしもうたのじゃ!」


「動かないでください、王妃様」


クレアが厳しく言うと、腐っている男が動いた。

どう見ても魔物なので、セレバーナがペルルドールを背に隠して庇う。

黒髪少女は頭ひとつ分背が低いので、そのつむじの上から部屋の中に居る人物に注目する金髪美少女。


「貴女は、お義母様?地方の別荘で軟禁されているはずでは?」


腐った男に威嚇されて動けない王妃に金色の瞳を向けるセレバーナ。


「姉姫の母親である王妃様が、なぜこんな所に?」


「それは、ペルルドール様の暗殺計画を実行する為に、魔物を操る術を奪いに来たからですわ」


セレバーナの質問には、クレアが笑顔で応えた。

常に笑顔なのはイヤナと同じなので気にならないが、クレアはそう言う子ではなかったはずだ。

魔物の臭いや死人の存在を全く気にしていないし、何だか狂気を感じる。


「トロピカーナ様に王位継承権を戻す為にペルルドール様を暗殺して欲しいとかで色々な人が暗躍していたから、私がコッソリと持ち出したの」


「今『審判の筆』を持っているのはクレアで間違いなのか?」


無表情のセレバーナに笑顔で頷くクレア。


「そうよ。アイテムの存在を知っているのね」


「ああ。小さな筆だろう?ちょっと見せてくれないか?」


「嫌よ。だって、貴女とは絶交中だもの。貴女の言う事は聞かない。――でも、貴女は魔王様の弟子だから、見捨てたりは出来ないの」


王妃を冷たい目で見下ろしたクレアは、小馬鹿にする様に鼻で笑った


「バカな人。魔王教の信者が、魔王様の弟子に牙を剥く訳ないのに。審判の筆を悪用されないシステムがある事を考えなかった王妃様の負け」


「お義母様?」


呆れるペルルドールから目を逸らす王妃。


「ヴァスッタの街を危険に晒した事を不問にされましたのに、またそんな企みを?なぜ?」


問答の膠着状態になる前にクレアがウフフと笑う。


「私、そしてセレバーナと同じく、ペルルドール様も困った親に苦労させられていらっしゃるご様子。私、そう言うのが許せませんの」


口を笑んだ形のままにしているクレアは、ノートを取り出して何かを書いた。

ノートを垂直に立てているので手元が見えない。

すると身体が腐っている男が王妃を威嚇した。


「だから魔物を操り、計画を阻止して差し上げましたの。私が適任だから、私に協力してくれる人も居ます」


「それが審判の筆か。私の目的は、君が持っている審判の筆だ」


セレバーナは持っている魔法の杖をクレアに向ける。


「そんな事だろうと思ったわ。この前も計画を実行しようとした途端現れたし」


「それが人の手に有ると困るのだ。この現場を見る限り、君の目的は果たしたのだろう?それをこちらに渡してくれないか?」


女神の鎧を纏った左手を差し出すセレバーナ。

その手に視線を送ったクレアは、つまらなさそうに魔物の方に顔を向けた。


「まだ目的を果たしていないわ。例え王妃様でも、ペルルドール様の暗殺を企てている者を放置出来ません。でも、急に魔物が言う事を聞かなくなって」


「白いドラゴンが王都の近くに来ているからな。ニュースをチェックしていないのか?魔王が魔物の群れを率い、列を成しているんだ」


「知ってるから何匹か呼ぼうとしたんだけど……もしや、先程聞こえた獣の声がドラゴンの?あの声を聞いた途端、筆の効果が薄くなったのはそのせい?」


「恐らくな。ドラゴンの統率力は相当高いが、その筆は行軍の邪魔をする。嫌だと言っても渡して貰う。駄々を捏ねると魔王様が出張って来るぞ」


黒髪少女の本気の目を見たクレアは、スッと笑みを消した。


「魔王教の信者としては、魔王様の足を引っ張る訳には行きませんね」


「なら、素直に渡してくれるのか?」


「渡しても良いけど、この魔物が暴れないかしら。筆を手放した途端に暴走したりしないかしら」


「暴れない様に君が命令すれば良い。命令が無効になったとしても、ドラゴンが統率の魔力を発しているから、無意味に人を襲う事はしないはずだ」


「分かったわ。――ヴェリオニス、私達を絶対に襲わないで、っと」


ノートにそう書くと、ヴェリオニスと言う名前の魔物が微かに頷いた。


「これで大丈夫。じゃ、これを魔王様に返しますね」


「させぬ!王位を継ぐのは私の娘じゃ!」


決死の形相で飛び掛かって来る王妃。

そして筆を奪い取り、窓を突き破って逃げて行った。

重そうなドレスを着ているのに、随分と元気の良い動きだった。

あの母に似ていれば姉姫も健康だったろうに。


「追い掛けて!」


ペルルドールが己の使い魔を飛ばし、王妃を追い掛けさせた。

とっさの決断力はさすが王族、と言ったところか。


「私も追い掛けたいが、魔物とクレアを置いて行く訳にも行かん。ペルルドールの使い魔を頼っても良いか?」


「任せてください。転移魔法を使われない限りは見失いません」


「では任せよう。――クレア。その魔物は何なんだ?」


酔っ払いの様に揺れている腐り掛けの男が邪魔でクレアに近付けない。


「ゾンビ、と言うらしいですわ。何とこの男、私の左目を潰した犯人ですのよ」


「何?」


セレバーナの驚きに笑みを返したクレアは、冬の騒ぎの後に起きた事を語った。

審判の筆を持っていたこの男は、魔物を使って警察を翻弄していた。

なかなか捕まらなかったが、魔物退治の専門家である勇者が再び警察に協力したので、次第に追い詰められて行った。

切羽詰まった男は起死回生の策を思い付く。

以前、自分にコンタクトを取ろうとしていた少女を脅し、匿って貰おうとしたのだ。

クレアの実家はそこそこの名家なので、自分の様な者との関わり合いを表沙汰にするぞと脅せばどうにかしてくれるだろう、と計算して。

少女本人は神学校で軟禁状態になっていたし、本家の方は妙に警備が厳重だったので、王都の別邸の方に来た。

この家でどんな話し合いが行われたのかは、クレアには分からない。

だが、結果的にクレアの両親は逆にこの男を利用しようとした。

どんな魔物でも操れるなら、熟練の冒険者でも入れない様なダンジョンも安全に探索出来る。

それが出来るのなら、チマチマと鉱石を掘るより大儲け出来る。

そしてそれは大当たりだったらしく、雪で冒険者が動けない中、少人数パーティーでレアアイテムをゲットしたらしい。


「でも、悪い事は出来ない物ね。そのレアアイテムにトラップが仕込まれていたの」


「トラップ、か。ダンジョンにはそんな物も有るのか」


「それは封印解除に失敗した者をゾンビ化する物だった。つまり、その男は失敗したなれの果て、と言う訳ね」


しかし、そのトラップが護っていたアイテムは、目が飛び出るほどの価値が有った。

だからゾンビ化した男を地下に閉じ込め、神学校からクレアを呼び戻した。


「呼び戻した目的は、そのトラップの解除を私にさせる事。手紙には『親戚が集まってパーティをするから、娘である私も出席しろ』って書いてあったわ」


可笑しそうに吹き出すクレア。


「片目が潰れて嫁の貰い手が無くなった私が邪魔になったんでしょうね。トラブルも起こしたし。解除に成功しても失敗しても両親は大儲けって訳よ」


「何て事を……」


ペルルドールは、片目を瞑りながら顔を顰める。

視覚の半分を蝶に預けているんだろう。


「でもね、私は知っている。女神は救いを求める者を優先的に見捨てると言う事を。だから私は全てを疑っていたわ」


「前回会った時もそれを言っていたな。それで助かった訳か」


「ええ。幸い、その男は手の内を晒していなかった。魔王教も監視するだけで近付かなかったし。だから両親は審判の筆の存在を知らなかった」


「魔王教は審判の筆をどう扱っていたんだ?話を聞く限りでは大切にしている訳でもないし、どうにも目的が分からん」


「魔物を操る力は魔王様の力。それを独り占めにしたり仕舞い込んだりしては罰が当たる。だから、運命の赴くまま、筆の自由にさせていたの」


「ふぅん……そう言う考え方か。なら、教団が王妃から筆を取り戻す事は無い、と」


「多分ね。監視はしているから、魔王様に逆らう様な使い方をしたら即没収でしょうけどね」


「なら、没収される前に回収しないとな。我々が持っていても、魔王に迷惑を掛けなければ文句は無いんだろう?」


「ええ。と言うより、魔王の弟子の手に渡るのなら、その日の為に監視を続けていたと思うんじゃないかしらね」


「そうすると、ひとつ腑に落ちない事が有る。私の父は君が審判の筆を奪ったせいで魔王教に殺されると怯えていた。今の話と矛盾するが」


「彼が怯えているのは貴女よ、セレバーナ」


海辺の空き家に隠した時の父の目を思い出し、微かに奥歯を噛むツインテール少女。

あの卑屈な目は人をイライラさせる。

自分がひねくれたドラ息子だったらぶん殴っていただろう。


「……否定は出来ないが、それが?」


「娘から保護してくれとか言って、各地の支部に生活費の無心をして回っていたそうよ。信仰対象の弟子の父親がそんな事をしていたら信者が戸惑うわ」


「彼は資金集めに長けていたのではなかったか?」


「ブルーライトの名前を使っていたからね。でも、貴女に会ってからはそれが出来なくなった。名前を使えば、同姓である貴女に噂が届くかも知れないから」


「なるほど。――金にならないし邪魔になったから、適当なウソを信じ込ませて教団を追い出した、と言う訳か」


「そう言う事。それを知って、貴女にちょっと同情した。だから、絶交はしたけど、こうしてお話してるって訳」


「それはそれは。父もたまには役に立つ。では、絶交は解消かな?」


「それとこれは話が別。今更仲良くは出来ない」


その時、重々しい足音が近づいて来た。

プロンヤ達が来たか、と視線を逸らすセレバーナ。

その隙に何を思ったか、ゾンビが襲い掛かって来た。


「むぅ!危ないペルルドール!」


片目を瞑っていた王女が反応出来ていなかったので、抱き付く様にタックルするセレバーナ。

そして廊下に押し出して避難する。


「姫!セレバーナさん!」


赤い鎧を着た女騎士が抜刀しながら駆け寄って来た。

その後ろに護衛団の騎士が二人居る。


「中に魔物が!少女は敵ではありません!腐っている男が魔物です!」


言葉短かに状況を知らせるセレバーナを庇う位置に立つ女騎士。

二人の騎士は、息の合った動きで迷い無く部屋の中に飛び込んで行く。


「勿論、私は人が殺したかった訳ではありません。ゾンビになった彼は頭の中まで腐ってしまったから、命令がキチンと理解出来ないみたいなの」


薄ら笑いのまま、普通の歩みで部屋を出て来るクレア。

その背後では騎士の雄叫びとゾンビの咆哮が響いている。


「こんな感じで私は審判の杖を使って悪人を片付けた、と言う訳よ。そうしなかったら私は死に、両親のせいで泣く人が増えていた。そうするしかなかったの」


クレアは魂の抜けた緑の右目を廊下の天井に向けた。


「実は、両親は鉱山で働く人達を皆殺しにしようとしていたの。口封じをしたかったらしいわ。詳しい理由は訊かなかったけれども」


理由を知っても結果は変わらないしね、と言ってクレアは嫌な笑みを浮かべた。

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