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「で、アッサリと見付かって拘束された訳ですか、この人は」
妙に量が多い黒髪をツインテールにしている少女は、正座をして脂汗を垂らしている中年男性を仁王立ちで見下ろしていた。
この国の平均身長と比べると大分背が低い彼女だが、母親譲りである金色の瞳が氷より冷たいので、場の空気は真冬の様に冷え切っていた。
「違うんだよ、セレバーナ。この人は私の事を知っていて、それで助けを求めて来たんだよ」
無意味に緊迫した雰囲気と中年男性の情けない姿を見ていられなくなったサコが間に割って入る。
「助けを?お父さんは自らここに来たのか?」
「そうなんだよ。でも、それ以上何も言わなくて。自分の娘なら余計な説明無しで話を理解してくれるから、娘を呼んでくれたら話す、って言ったきり」
「ほう」
「だから魔法ギルドに通信を送った訳だけど、こんなに早く来るとは思わなかった」
「魔法ギルドで通信用の魔法具を貰って状況を窺っていたからな。それに、サコの気配が有ったから転移魔法も楽だった。それを分かっていたのだろう」
周囲を見渡すセレバーナ。
ここはこの村の長老の家で、何て事の無い田舎の一軒家だ。
魔物の大群はとうに通り過ぎ去ったので、村の若い衆で編成された警備隊は解散となった。
しかし、この男が捕まった為に対策本部が解散出来ず、ヘンソン道場から派遣されて来た猛者達も次に護る予定の村に向かえない。
「ペルルドール様とヘンソン家の長女、そして俺の娘は、魔王教では魔王様の次に敬う相手だからな。とても有名なのだ。その情報はすぐ手に入る」
セレバーナの父は、正座をしたままそう言った。
緊張のせいか、声が少し掠れている。
「私達の動きの情報が漏れているなら、魔法ギルドにも魔王教の手下が入り込んでいるな。姫城からは漏れないだろうから」
セレバーナの肩に埃が落ちて来たので、それを手で払う。
この神学校の制服も長い間着て来たので、事が済んだらお役御免にするか。
いつまでも学生の格好をしているのは良くないだろう。
もう一人前なのだから、大人っぽい格好になって、気分だけでも大人な女にならなければ。
「魔王教は魔法ギルドと王家に頼んで潰して貰おう。――で、お父さん。私を呼んだ訳を言ってください」
「クレアは知っているだろう。お前の友人だ。あの事件の後、セレバーナの友人だと言う事で、魔王教での地位を上げた」
無表情だったツインテール少女の眉が微かに上がる。
「ほう。私の友人だと、それだけで有名になる、と言う事ですか」
「そうだ。自身の復讐を果たした事も加味された。親殺しを実行し、それによって莫大な財産を相続したしな」
「何?親を殺してしまったのですか?クレアは」
さすがのセレバーナも声を荒げた。
彼女の復讐は阻止したはずなのに。
あれから何が有ったのだろうか。
「俺は神学校の街から離れていたから詳しい事情は知らない。だから聞いた話になるが、再び魔物を使って事を起こした様だ」
「愚かな……」
セレバーナは唇を噛んで唸った。
無表情が崩れ、眉間に皺が寄っている。
「事が済んでも、あの娘は平然としていた。それも魔王教の上層部に気に入られた」
サコが中腰になって話に入って来る。
「親を殺して財産を相続したとなると、それは普通に犯罪ですよね?莫大な財産を相続しても、お家の取り潰しになるのではないでしょうか」
「それが大丈夫なのだ。加害者は魔物だから、魔物に人間の法律は通用しない。それに、魔物を操った証拠は残らない。自ら情報を漏らさない限りは」
無表情に戻ったセレバーナが頷く。
「クレアが怪我をした事件は、彼女の親を悔しがらせるのが目的だった。つまり、表沙汰にしなければならなかったからワザと証拠を残した。と言う訳ですか」
「問題はここからだ」
「と、仰いますと?」
「今回の魔物の行軍を受け、魔王教全体が浮足立った。その隙を突いて、クレアが魔王教の秘宝を盗み出してしまったのだ」
正座している父は、額の脂汗を袖で拭った。
「そのせいで私は責任を問われた。あの娘を魔王教に入れ、魔物使いとの繋がりを斡旋したのは俺だからだ」
「秘宝とは」
「じ、情報を提供する代わりに、俺の身の安全を保証して貰いたい。良いだろう?セレバーナ。わ、私を恨んでいないんだろう?た、助けてくれ」
父は縋る様な表情を娘に向けた。
情けない顔をしている父から顔を背け、これ見よがしに溜息を吐くセレバーナ。
「魔王教を裏切ると、報復で殺されでもするんですか?」
「そうだ」
「本当に?クレアは犯罪集団ではないと言ってましたが」
「分かって言ってるんだろう?魔物を操って人を襲っている時点で、それは表向きの言い訳に過ぎない」
「それは言質になります。――犯罪集団に所属している人を匿えば、我々も犯罪者になってしまいます。ですので、安全の保障は出来ません」
娘に突き放された父は、驚愕の表情で絶望した。
他に頼れる知人が居ないのだろう。
仕方が無い人だ。
「しかし、私としても父を見捨てたくはない。情報の内容いかんによっては、私が魔法ギルドで保護して貰える様に頼みます。それで如何ですか?」
ウソを吐かれても困るので、セレバーナはわざと恩着せがましく言った。
救いの光が見える状況を作れば、素直に重要情報を漏らしてくれるだろう。
「しかし、魔法ギルドにも魔王教が潜んでいると、さっき」
「私が頼るのは魔法ギルド長とその秘書です。絶対に魔王教関係者ではない。お父さんを保護してスパイが尻尾を出すのなら、彼等にとっても好都合です」
しばらく考えた後、意を決して口を開く父。
「分かった、話そう。魔王教の秘宝とは、話の流れで予想していただろうが、魔物を操るアイテムだ。女神が扱っていた物と言われている」
「女神の遺産、ですか。しかし、魔物を操るアイテムなんて物は記憶に無いですね。聞いた事も無い」
ゆっくりと歩き、正座している父の背後に回るセレバーナ。
視界から外れる事で相手の不安感を煽るのが目的だ。
もしもウソを言っていたら、きっと挙動不審になるだろう。
父はそう言う人だ。
「そのアイテムの名前は『審判の筆』。それを使って魔物の名前と行動を書き示せば、魔物はその通りに動くらしい」
「審判……?もしや!」
思い付いたセレバーナは、サコにテレパシーを送る。
『サコ、覚えているか?穂波恵吾の記憶の中で、女神ストーンマテリアルが妖精の様な物を呼んでいた。それは確か審判と呼ばれていなかったか?』
『呼ばれてた!そして、筆とノートを持っていた。アレか!』
テレパシーを通じて妖精と筆のイメージを共有する二人の少女。
蝶の羽を持った身長四十センチの幼児と、幼児サイズの筆。
間違いは無さそうだ。
『元々、魔物は女神が召喚した勇者の鍛錬の為に存在していた。そちらの運営は審判が魔物を操って行っていたんだろう』
突然無言になった二人の少女を不安そうに見上げている父。
『女神の知識を得た私、ソレイユドール、そしてシャーフーチがその存在を知らなかったのは、審判の持ち物だったからか』
腕を組もうとして腕の鎧を思いっきりぶつけてしまうセレバーナ。
陶器の様な音がしたが、割れる事はなかった。
考え事に集中するとこのクセが出て来てしまうか、と溜息を吐きながら腕を下す。
『審判とは何者だろう。女神も逆らえないみたいだったよね?』
『世界神の使い、もしくは代理だろうが、予想の域を出ない。審判の持ち物がなぜこの世界の人の手に残っているのかも説明出来ない』
『――もしかすると、この世界の魔物しか操れないから、消えるはずだった世界に捨てたとか?』
『かも知れない。その予想が当たりなら、そのアイテムの存在は危険だ。回収を最優先にしなければ』
頷き合う少女達。
「サコが居てくれて助かった。私一人だったら、この情報に確信が持てなかった」
「私なんかがセレバーナの役に立ったのなら、それはとても嬉しいよ」
突然微笑み合う少女達を見た父は、また脂汗を袖で拭った。
幼い頃に別れ、あまり成長していない自分の娘は、自分よりも立派な人間になっている様に見える。
嬉しい様な寂しい様な、そんな不思議な気分になる父であった。




