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「魔物の群れが見えて来たぞー!間違い無くこっちに向かって来ているー!」
火の見櫓の上で見張りをしていた若者が大声で叫び、村の警備隊に非常事態の到来を知らせた。
「それではみなさん!気を引き締めて警戒してくだされ!」
村の長老が檄を飛ばすと、百人ほどの男衆が剣や棒を握り締めた。
魔物の大群を相手にするには心許無い武器だが、それでも戦わないと村が滅んでしまう。
「ヘンソン道場の皆様も、宜しくお願いします!」
「はい。前線は我々にお任せください」
道場の代表として、師範代であるトハサ・アキサハが返事をした。
正規の騎士団だけでは小さな村までは守り切れないので、王城は世界各地に点在する剣術道場や武術道場に救助要請を出した。
ヘンソン道場もそれを受け、選りすぐりの実力者がこの村に出張って来ている。
「修行の成果を信じ、臆する事無く戦いに挑もうぞ」
「はい!」
トハサが五十人ほどの門下生達に檄を飛ばす。
屈強な男達の返事に妙に可愛い声が混ざっている。
「サコさんは治癒魔法要員ですので、後方に下がってください」
「大丈夫ですよ。一対一なら魔物を追い払う事くらいは出来るでしょう。勿論、無理や深追いはしません」
道着を着ている背の高い少女は、拳を守るタイプのグローブを嵌めた。
そして、鍛えられているその身体に似合っていない可愛い声で呟く。
「まぁ、そんなに気負う事は無いだろうな。今まで被害が出ていないと言う事は、きっとあの子達が何かをしているんだろうし」
時間が経って太陽が少しだけ天辺に近付くと、地響きで村の境を表す垣根が振動した。
魔物の群れが村の近くまでに迫って来たのだ。
事前の情報通り、巨大な白いドラゴンが先導して空を飛び、無数の魔物を引き連れている。
この行軍は愚直な程に法則通りに進んでいる為、目的地が王都だと言う事はすでに分かっている。
しかしだからこそ、進路上に有るこの村が踏み潰される事が決定している。
身構える男達。
このままでは家屋や畑の全てが破壊される。
年寄り女子供は事前に避難させているが、だからと言って村が壊されて良い道理は無い。
絶対に村を守ってやるぞと意気込んでいると、先頭のドラゴンが村の存在に気付いて咆哮を上げた。
それが命令であるかの如く、ゆっくりと進行方向を曲げる魔物の群れ。
村を避ける方向に向かい始める。
「やはり被害を出す気は無い様だ。しかし、魔物相手だ、気を抜くな!」
トハサの号令に統率の取れた返事をする門下生達。
サコも返事をしながら迫り来る魔物達に向けてテレパシーを送る。
『私はサコ。聞こえたら返事をして。私はサコ。聞こえたら返事をして』
繰り返し念じていると、懐かしい魔力がテレパシーを送り返して来た。
『イヤナだよ。どうしてこんな所にサコが居るの?春になったら魔法ギルドに行くんじゃなかったの?』
『やっぱりイヤナ達の仕業か。この騒ぎのせいで魔法ギルドの活動がストップしているんだよ。だから道場の手伝いでこの村を護ってるんだ』
『そうだったんだ。ごめんね、迷惑掛けて。王都に着いたら終わりだから、もう数日待ってね』
『気にしないで。ギルドに入る手続き自体は終わってるから。でもこれ、何の為にしてるの?どう言う意味が有るの?』
『世界を完全にする為と、女神時代の遺物である魔物を消滅させる為と、後色々』
『女神になる為に必要な行動、って事で良いのかな。だから周囲に被害を出さない、と』
『そう言う事だね。私は白いドラゴンの背中に乗ってるよ。お師匠様は魔物の群れの中心に居る。下からは見えないだろうけど』
『ドラゴンは私の前を飛んでるけど、かなり大きいから背中は見えないな』
『このドラゴンは、あのソレイユドールだよ。おっきく育ったでしょ?人間だった頃の記憶が復活してるから安心して』
『安心した。この行軍の意味も分かったしね。この村の人達も不安がってるから、本当の事は言わないけど、それとなく安心させるよ』
『ありがとう。本当にごめんね。私はこのままドラゴンと一緒に海を越えて外国に行くから、これでお別れになると思う』
『外国?』
『今はまだ無い遠い場所だよ。セレバーナが言うには、頑張れば行き来出来るから今生の別れじゃないらしいけど。でも、多分もう会えないと思う』
『何となく理解出来るよ。私も女神の記憶を見たからね。穂波恵吾が産んだ東の島国みたいな所でしょ?』
『うん、そんな感じ。――ああ、テレパシーが遠くなって来た。じゃ、元気でね、サコ』
巨大に成長したドラゴンは、もうかなり遠くに行ってしまった。
魔物の行列はお行儀良くそれに続いているが、稀に知性の無さそうな魔物が村の方に走って来る。
勿論、ヘンソン道場の猛者の拳がそれを追い返す。
『イヤナも元気で。絶対じゃないなら、きっとまた会えるよ。縁が有ったらまた会おう』
『うん。またね』
村のすぐ前を通り過ぎる魔物達を眺めながらテレパシーを終えるサコ。
ソレイユドールはちゃんと復活出来たのか。
そして、イヤナとセレバーナは本当に女神になるのか。
「サコさん。ちょっと良いですか?」
かつての仲間が頑張っている様子を目の当たりにしてしんみりしていると、トハサが茶髪少女の前に来て一枚の紙を差し出した。
「魔物の群れと共に移動している魔法ギルドの人が来て、コレを配って行きました。どう思われます?」
サコは紙に目を落とす。
「訪ね人?三十代後半男性。黒髪。茶色の瞳。偽名、ブラック。本名、セント・ブルーライト。これは、一体……?」
顔を上げたサコは、戸惑った表情でトハサを見る。
サコは女性としては背が高い方だが、トハサはそれよりも背が高い。
「見付けたら最優先で身柄を確保し、保護し、魔法ギルドに連行しろとの事です。これ、セレバーナさんの苗字と同じではありませんか?」
トハサの言葉に頷いてから、再び手配書に目を落とすサコ。
「そうですね。同じです。――魔物の群れの近くに潜んでいる可能性が高いと書いて有りますが、どう言う事なんでしょう」
「ブルーライトなんて性はかなり珍しいですから、恐らくセレバーナさんの父親ですよね。何かご存知ですか?」
「いいえ。でも、保護対象とありますから、被害者かも知れません。この村に隠れていないか探してみますね」
「お願いします。セレバーナさんの父親でしたら顔も似ているはずですから、サコさんが探した方が良いでしょう」
「ですね。行って来ます」
手配書をトハサに返したサコは、後方支援で控えている奥様達の方に駆けて行った。




