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秘書席に座ったままの金髪美女が話を続ける。
「魔王教のせいで我々だけでは監視に穴が開きますので、冒険者ギルドにも進路上の村の警護を依頼しました。セレバーナさんの方はどうですか?」
「女神の鎧のお陰で問題なくペルルドールに会えたので、王城からも警護を出して貰いました。未成年の姫なので詳細は報告されていませんでしたが」
「でしたら、悪い知らせが入るまでは心配は無用かと。多少の被害は想定内ですし」
「そうですね。そうなんですが」
煮え切らない顔をしているセレバーナを不審に思い、秘書席から立ち上がるティセ。
「何か気になる事でも?」
「ええ。大局には影響しない様な個人的な理由なので、無視しても良いのですが――」
言葉を切って言い淀んだセレバーナだったが、思い直して話を続ける。
「緊急時に私情を挟んでも仕方が有りませんね。実は、魔王教の幹部に私の父が居るんですよ」
「セレバーナさんの?」
「私も驚いたんですがね。動いているのが『闇の牙』なら、ほぼ確実に居ます」
「報告では『ダークアイ』と『夜の指』が動いてますね。しかし他の宗派がコソコソと動いている可能性は否定出来ません」
「魔王教の宗派の数は把握していますか?」
「把握はどの組織にも不可能ですね。個人的な小さな集まりも有りますから」
「500年前の再現を行えば、そう言った輩が動くのは当然ですよね。ですが、それはソレイユドールの予想の範囲外です」
「さすがに邪教が動く事までは気が回りませんよね。だから不安だと」
「赤の他人なら然るべき組織に排除して貰うのですが、肉親となると気になって」
「理解出来ます。ですが、魔王教が明確に行進の邪魔をした場合、被害が出る前に排除されます。最悪、殺されますよ」
「魔物の監視をしている人も命懸けですからね。それは彼の自業自得で良いのですが……」
落ち着かない態度のセレバーナを見詰めるティセ。
口では父を見捨てているが、非情になり切れていない様だ。
女神になろうとしている者だから、きっと慈悲の心が育って来ているのだろう。
「どうしましょう。セレバーナさんのお父様を見掛けたら、優先的に保護しましょうか?」
「いえ、そこまでしなくても。――いや、待てよ。彼は魔物を操る術について、何かしらの知識を持っている可能性が有ります」
「本当ですか?」
「彼は件の事件で魔物を操っていた者との繋ぎをしていた。勿論、その事は警察に話しています。しかし、その後については何も聞いていません」
「魔法ギルドでも把握していませんね。では、やはり優先保護の対象になりますでしょうか」
「した方が良いでしょうね。私に遠慮しなくても構いません。拷問なり自白剤なりを駆使して魔物を操る力の正体を掴んでください」
「そんな強引なマネはしませんが、重要人物として手配します。構いませんね?」
「はい。遠慮なく捕まえてください。彼は『ブラック』と名乗っていましたから、ブルーライトでは見付からないと思います」
「偽名、ですか。瞳の色はセレバーナさんと同じ金色でしょうか」
「いえ。黒髪は父譲りですが、彼の瞳は茶色です。実家なら彼の写真が残っているかも知れませんが、何年も帰っていないので分かりません」
「分かりました。急ぎ手配しますので、座ってお待ちください」
「はい」
応接セットに座ったセレバーナは、備え付けてあった菓子箱からクッキーを抓んだ。
ティセは秘書席に座り、水晶玉を使ったテレパシーで指示を出す。
「女神の知恵を得たセレバーナさんでも、魔物を操る術を御存じではないのですか?」
テレパシーを終えた金髪美女も応接セットの方に来た。
「その様な知識は有りませんでしたね。父の存在はどうでも良いですが、魔物を操る術が判明したら教えてください。行進後の憂いを無くしたいので」
「了解です。では、ハマハが戻って来たら、これを受け取ってください」
金髪を掻き上げ、左耳を見せて来るティセ。
その耳には小型のアンモナイトみたいな貝がくっ付いていた。
「これは魔法処理された貝で、大勢の人とテレパシー会話する為の物です。今回の為にギルド長が用意なされた物です」
「ほう、そんな便利な物が」
「今も絶え間無く報告が上がって来ていますよ。これは各地に居る監視の人の声です」
秘書らしいセクシーなスーツを着ているティセが、セレバーナの前まで移動して来て中腰になった。
そして金髪を耳の後ろに撫で付け、貝を黒髪少女の耳に近付ける。
「ほほう……大勢の声が聞こえますね。音声の劣化も無さそうだ」
「物凄い予算と沢山の魔法使いの労力が注ぎ込まれている、今回限りのアイテムです。魔力が切れたら捨ててください」
「もしも私が喋ったら、これを着けている全員に私の声が届くんですか?」
「送受信両用の物なら、全ての声が届きますし、全てに声を届けられます。操作には多少の魔力が必要ですが、修行を終えた人なら問題ありません」
「なるほど」
「最初はやかましいでしょうが、慣れれば重要な内容だけを聞き分けられます。お父様を見付けましたら暗号を言いますので、聞き逃しの無い様に」
「暗号ですか」
「はい。魔王が魔物を引き連れて行進している最中に魔王の弟子に連絡を出したら現場は混乱してしまいますから」
「確かにそうですね。では、私は音声を聞くだけにしておきます」
「暗号は『金色の賢者に報告。ルーン石が入荷しました』です。これを聞いたら一旦ここに来てください」
「復唱します。『金色の賢者に報告。ルーン石が入荷しました』ですね」
「はい。――では、ハマハをお待ちください。私は仕事に戻ります。お茶を淹れる余裕が無くて申し訳有りません」
軽く頭を下げたティセは、秘書席に戻って貝から聞こえる声に集中した。
応接セットのソファーに座ったままのセレバーナは、金の瞳で天井を睨み付けた。
「これが『女神関係の何か』に仕組まれた偶然なら、多分、お父さんは見付かるだろうな。面倒臭いが、あらゆる事態を想定しておかないとな」
事が済んでヒマになったら、『女神関係の何か』についても考えなければな。
きっと女神の争いに関係する事だから、もう必要の無い大昔のゲームのルールなんか消してしまわなければ。
この世界の人間には関係無いのだから。




