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姉姫の姫城で朝を迎えたセレバーナは、やたらとテカテカしているシルクのパジャマから神学校の制服に着替えた。
そして妙に量が多い黒髪をツインテールにして、最後に青い甲冑を両手両足に着ける。
「姫城での暮らしと言っても、高級ホテルと大差ないな。まぁ、どちらにしても一般市民には無縁の生活だが」
そんなどうでも良い事を考えながら巨大な窓の前に立つ。
そして顔の幅だけカーテンを開ける。
城から見下ろす街の風景はどんな物かと期待していたのに、城壁が邪魔で空しか見えない。
良い天気だ。
「ああ、そうか。姫城を複数建て、暗殺予防でどれに住んでいるのかを公表していないのに、外から見える訳無いよな」
望遠鏡や遠見の魔法で見られたら姫城の意味が無い。
納得したセレバーナは適当な椅子に座り、豪華な客間を観察する。
姫達の部屋とは違い、変な絵画や綺麗な花瓶が飾ってある。
こう言う外面は気にするらしい。
「おはようございます、ブルーライト様」
若いメイドが起こしに来た。
姫の友人がお泊まりしたのは初めてらしく、妙に緊張している。
普通は失礼が無い様に経験豊富な先輩メイドがその任に当たると思うのだが、なぜか新人が担当させられている。
外交と言う概念がまだ無い世界なので、来賓用のマニュアルが即席で発生したのだろう。
便利な機能だが、これも歪みの元なので、世界が球体になったら排除しなければ。
「おはよう。ペルルドール達は起きているかな?」
「はい」
「早起きだな。まぁ、規則正しい生活も彼女らの美貌を保つ為に必要なんだろう」
客間から出たセレバーナは、メイドの先導に従ってリビングに相当する部屋に行く。
そこではメイドのルマーテに髪の手入れをさせているトロピカーナが居た。
ここは姉の姫城なので、いつでも横になれる様になのか、ベッドや椅子が大きめとなっている。
「おはよう、トロピカーナ。今日のお身体はどんな感じかな?」
「おはようございます。ここ数日は調子が良かったので、明日あたり寝込みそうです」
「慣れていますね」
「いつもの事ですから」
「そうか。体調は万全にしておいてください。外国はまだ存在すらしていないので、ちゃんとした医療は期待出来ませんから」
「では、具合が悪くなくても、横になる時間を増やしておきますわ」
「おはようございます、お姉様。セレバーナ」
ペルルドールも部屋に来たので、華やかな朝食が始まる。
メニューはパンとスクランブルエッグと言うオーソドックスな物なのだが、用意されているジャムの数がやたらと多かった。
「何なんだ?このジャムの群れは。しかも全部新品じゃないか」
セレバーナは黄色のビンを手に取り、レモンの絵が描かれているラベルを見る。
王都で売っている、普通の市販品だ。
「毎日新品ですわよ。これも毒を警戒しての事です」
上品にパンを食べながら言うペルルドール。
「ふむ。税金の無駄使いな気もするが、毒見の手間が減るので、逆に人件費が減るのだろうな」
「無駄にはなりませんわ。残ったジャムは使用人の食卓に並びますから」
「なるほどな。――毎日新品が来るのなら、こんな贅沢をしても許されるのかな」
セレバーナはビンの封を開け、レモンの香りがするジャムをパンに塗りたくった。
山盛りになったジャムを見て苦笑する妹姫。
「許されますけど、それを続けると太りますわよ」
「確かにな。これをするのは今回だけにしよう」
大口を開けたセレバーナは、ジャムが零れない様にパンを齧った。
そして口の中の甘味を飲み込まないまま、砂糖を入れていない紅茶を啜る。
「面白い食べ方をしますね。少々お行儀が宜しくないですが」
「おっと、済まない。穂波恵吾の記憶の中に、ジャムを紅茶に入れる飲み方が有るのだ。冬の間そのアレンジを色々と試していたので、クセになっていた」
「へぇ、面白いですわね。お城の生活は退屈ですので、良い刺激になりますわ。特に今は。ね?お姉様」
「そうですわね」
姉姫はパンを粥にした物を食べていて、ジャムは小さじ一杯だけを舐めただけだった。
カップの中は白湯で、朝はカフェインを取らない様だ。
「こうして三人で食卓を囲んでいると、自由だった遺跡の生活が懐かしくなりますわ」
パンを一口大に千切りながら笑むペルルドール。
その気持ちが分かるセレバーナも口の端を上げる。
「戻りたいな」
「ですが、あそこはもう無いんでしょう?無い物ねだりはしません」
「ふふ。遺跡に居た時は世間知らずの小娘だったのに、随分成長したもんだ」
「セレバーナは全く変わりませんわね」
「自分ではそう思わないんだがな。しかし変化と言う物は人の評価が全てだから、多分変わっていないんだろう」
「それがセレバーナの良い所でもありますからね」
「微妙な言い方だが、好意的に受け止めておこう」
笑んだ少女達は、食事を進めながら雑談を続ける。
「封印の丘はもう無くても、あそこが思い出の地である事には変わりません。女神の神殿が完成したら、お忍びで遊びに行きたいですね」
「それは構わんが、あの円卓を神殿に設置したら入れなくなるかも知れないぞ」
「あの丘に施されていた封印が復活するんですの?」
「本来は女神の領域を下界と分ける為の物だったからな。異世界に飛ばされる事は無くなるだろうが、代わりに何が起こるのかはまだ分からん」
「円卓を設置しなかったらどうなりますの?」
「今までの苦労が全て無に帰す。あの円卓は、建物を支える大黒柱の様な物だ。設置しないと言う選択肢は無い」
「そんなに重要な物だったんですの?」
「女神がこの世界を去る時、勝者の円卓を壊す予定だった様だ。アレが壊れたら世界が壊れる仕組みだったんだ」
「円卓を女神の領域で安置しないと、この世界が壊れてしまう可能性も有ると言う事ですか?」
「うむ。あの円卓の状態とこの世界の状態が同期している、と思って間違いは無い」
「ならしょうがないですわね。世界が球状になったら、円卓も球状になったり……はしませんよね?」
「分からん。外国にも別の円卓を設置するから、ならないとは思うが」
少し考えたセレバーナは、金色の瞳を斜め上に向けた。
「世界ではなく大陸の形を表す物だと認識すれば円卓のままになるだろうな。この考えはイヤナと共有しておこう」
今度は普通に紅茶を啜るツインテール少女。
「まぁ、会いたくなったら私が動くよ。上手く行けば魔物が根絶されるから、最果ての丘の封印が不安定になっても問題は無いしな」
「女神の許可が有れば入れるんじゃなくて?」
「私情で神の領域を解放しても良いのか分からんからな。考え無しに円卓に負担を掛けたくない」
「確かに」
「あの円卓は元々使い捨てだったから、長持ちさせないといけない。世界が歪めば円卓も歪むし、逆さで設置すると、そこの国は地下で暮らす様になる」
「恐ろしいですわ。その様な机で食事をしていたとは。実はわたくし、フォークで擦ってしまい、傷を付けていたんですよ。黙ってましたけど」
「私なんか土足で上がったな。まぁ、頑丈だから人の力ではどうにもならんよ」
「なら良いのですけれど」
「通信機能も有るので、外国に行ったイヤナと魔力の消費も無しにクリアな会話が出来る。しかも魔力の補充も無しで無制限に」
「つうしん?」
「道具を使った超超遠距離テレパシーみたいな物だ。他にも使い道が有る、便利な道具なのだ」
「どんな能力が有りますの?」
「女神の秘密だ。意地悪で言っているのではない。ほとんどが使い物にならないからだ。例えば、異世界から勇者を召喚する機能がそれだ」
「ああ……なるほど。過去の戦いの名残りですか。その様な戦いを繰り返す意味が無いので、あえて情報を残さないと」
「うむ。私とイヤナが女神となった後の仕事を一言で表現すれば、バグ取りとメンテナンスが主な仕事となる。変な情報を残すと仕事が増えるのだ」
「バグ?メン……テ?」
小首を傾げたペルルドールは、溜息を吐いて眉尻を下げた。
「良く分かりませんが、わたくしが理解する必要は無いと仰りたい訳ですね。寂しいですけど」
「私は王家の仕事を完璧に把握していないし、する必要もない。それは私の役目ではないからだ」
無表情でそう言ったセレバーナは、唇に付いたジャムのカスを舌で舐め取った。
「それぞれがそれぞれの仕事をする。それで良いのだ」




