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数人のメイドが無言で紅茶を淹れているが、それを全く気にせずに話を続けるセレバーナ。


「しかし、事は魔物の大行進。被害がゼロと言う訳にも行くまい。王に従わぬ愚か者も居るはずだ。王族である君達なら、それは深く承知しているだろう」


力強く頷くペルルドール。


「だからこそ暗殺を警戒した姫城が有る訳ですからね。魔物ならその危険もより強いでしょう。では、どうしますの?」


「我々にはどうしようも出来ない。地方地方に魔物や無法者から身を守る自警団が組織されているから、それに頼るしかない」


「そんな無責任な」


「だが、魔王による魔物の大行進を民衆に見せ付けなければならない。――トロピカーナは500年前の真実を知っているかな?」


妹姫は、姉姫と視線を合わせた。


「500年前の悲劇の王女が実は魔王で、誘拐劇は自演だったと言う話はお姉様と王にすでに伝えてあります」


「そうか。その時の家臣達の行動が発想の基本だそうだ。その時も、王家から出されたクエストで当時の勇者パーティーが救出作戦を行っている」


「去年の春に起こった、わたくしを救出しようとしたあの騒ぎの様な?」


「うむ。普段いがみ合っている政敵も、王家の機嫌を取る為だったとしても、手を取り合って協力したそうだ」


その救出作戦にはシャーフーチや魔法ギルド長も参加している。

穂波恵吾との冒険の中で王女と顔見知りにはなっていたが、彼女の計画を知ったのは魔王城の最奥に辿り着いてからだったそうだ。


「そして『辻妻合わせ』で500年経った、と。ん?もしや――」


ペルルドールがハッと気付く。

姉姫の誘拐事件が起これば、今回も国を挙げての救出クエストが発令され、世継ぎ争いを起こしている場合ではなくなる。

しかし、自らの意思で海の向こうの外国に行くのだから、今回も王女は救出されずに終わる。

となると次の王はペルルドールで決定となり、姉姫派も救出クエストのどさくさに紛れて次の王に忠誠を誓わなければならなくなる。

生死不明の姉姫にこだわって次の王の機嫌を損ねたら、立場やら政治力やらが失われてしまうから。


「――結果、王家が一丸となって強くなると?」


「その発想に至らせる為に、大騒ぎにならない、どう考えても無意味なクーデターが起こっているのではないかと、私は思った」


「『辻褄合わせ』で?」


「もしくは、明かされていないそれ以外の女神の奇跡か」


「さすがにそれは考え過ぎでしょう」


顔色が悪い姉姫は、そう断言してから紅茶を啜る。


「クーデターは、言ってしまえば人の欲が起こしている物です。人の世の営みです。そこに女神の意思が関わっているとは思えません」


「確かに。まぁ、私が考える事を止める時は死ぬ時だと思っているので、考え過ぎてしまうのは勘弁して欲しい」


「構いません。様々な可能性を想像しておけば、いざと言う時に慌てないで済むでしょう」


笑む姉姫。

セレバーナは、なるほど、と感心する。

こうしていちいち相手を認めるのも人に好かれる秘訣なんだな。

人の上に立つ者に必要なスキルだ。

それを知っている者なら姉姫に王になってほしいと思うだろうが、今はどうでも良い。


「何にせよ、ソレイユドールはそれを狙っている。各地を回るのも王家に救援要請を出させる為だ。秘かに王都に反発していた地方が有ったとしても――」


「助けて貰った以上は、王家に悪い感情を持つ事は無くなる、と言う流れですか」


言葉の続きを奪ったペルルドールに頷くセレバーナ。

しばらく考えた妹姫は、紅茶を啜ってから口を開く。


「確か、ソレイユドールは王家の存続も願っていましたよね。これがその計画だと?」


「その様だ」


「計画が失敗したらどうするつもりなんですの?魔物がドラゴンに従わず、地方が王家を頼らなかったら」


「疑ったら『辻妻合わせ』は起こらん。残念ながら、その様な心配をしている時点で、君はただの人なのだ。もう女神にはなれない」


「むむ……」


「私は成功すると信じている。すでに行軍は始まっているので、対策は早めにしなければならない。これを乗り切れば魔物の脅威が無くなる」


無表情に言うセレバーナ。

王女姉妹は顔を見合わせ、渋々頷き合う。


「仕方有りませんね。自警団の強化を指示させましょう」


「頼む。魔王軍は世間を騒がせながら進軍し、ここ王都を目指す」


人差し指をテーブルに突き立てるセレバーナ。


「そして、その末にドラゴンが城を襲う。その背には魔王シャーフーチが立っている。トロピカーナはその時に誘拐されて貰う」


「はい」


頷く姉姫。

覚悟が出来ているのか、不安そうな素振(そぶ)りは一切無い。


「魔物も何匹かは王都に侵入し、建物を破壊したりするだろう。その復興も王家が行ってくれ。惜しみなく予算をばらまけば民の忠誠心も上がる」


「それは構いませんが……」


「王家の金庫も無限じゃないと言いたいんだろう?心配ない」


セレバーナは、神学校の制服のスカートに差していた魔法の杖を取り出し、適当なスペースに向けてそれを振った。

すると、巨大な宝箱が何個も現れた。


「これは最果てに有る魔王の城跡に残っていた財宝だ。あそこの異次元を消すついでに取り出したのだ。シャーフーチの魔法でな」


立ち上がったツインテール少女は、一番近くの箱を開けた。

大型犬の犬小屋程度のサイズの箱の中には、金銀宝石がみっちりと詰まっていた。


「これだけあれば、地方の被害にも対応出来るだろう」


「十分過ぎるほどですわ」


高価な物を見慣れているはずのペルルドールでも、宝の輝きに生唾を飲んだ。

これが有れば、静かなクーデターなら力尽くで制圧出来る。

しかしそれをするとソレイユドールの計画を邪魔してしまうだろうから、心の中で思うに留めておく。

いざとなった時の最終手段としよう。


「余ったら最果ての地に女神の神殿でも造ってくれ。私はそこで暮らす」


「最果ての丘に神殿を、ですか?異次元を消してしまったのなら、あそこの封印はどうなったんですの?大工さんは入れますの?」


「あそこは女神の領域だったから、丘の上半分が無くなった。次の女神が住み着くまでは、あそこはただの崖前の丘だ。今なら誰でも入れる」


「無くなった?それは消滅した、と言う事ですの?」


「うむ。遺跡はもちろん、私達が耕した畑も、もう無い」


「あら……残念ですわね。思い出の地が無くなってしまったとは」


「消滅を目の当たりにしたイヤナは泣いてしまった。仕方が無い事だ」


セレバーナは、目を伏せて薄く笑んだ。

感情の起伏を表に出さない黒髪少女なりの悲しみの表現らしい。


「さて。トロピカーナの誘拐時の話だが」


「はい」


姉姫は静かに頷く。


「すんなりと誘拐されたら怪しまれる恐れが有る。なので、適当に暴れたい。だからその時は壊れても良い城で待ちたいのだが、どうだろう」


「では、わたくしの姫城に移動しましょう。もう帰って来られないのなら壊れても構いませんし」


「そうしよう。次に、時間の流れが不安定なので、行軍の進行状態が把握し難い。だから情報が集まるここで世話になりたいが、良いかな?」


「勿論ですわ」


ペルルドールが笑顔で承知する。


「ありがとう。女神の鎧が有れば、外とのテレパシーも可能だ。予想外の事態が起きたら君達に対処を頼む事になるだろう。覚悟と準備を始めてくれ」


「分かりましたわ。では、夕飯を目処に居城を移しましょう」


トロピカーナは弱々しく手を叩いてメイドを呼んだ。

そして言葉少なに指示をする。

その指示の的確さが新しい文化に必要なので、満足気にお茶を啜るセレバーナ。


「ちなみに、外国に連れて行くのは誰かな?把握しておかないと、いざという時に手間取る。決まっているのなら、今の内に聞いておきたい」


「護衛団団長のジアナと、このルマーテを連れて行く予定です。彼女は治癒魔法の使い手で、例の薬草の調合に長けています。なくてはならない存在です」


指示を受けていたメイドが頭を下げる。

その様子を見もせずに話を続けるトロピカーナ。

掛け替えの無い人物でも、それが使用人なら特別視しない。

それも王族の風格か。


「ひとつ質問なのですが、私の命が終えた後、彼女達はこの国に帰って来られますか?」


「外国は異次元ではない。ただ遠いだけの地だ。物理的に海を越える手段が有れば帰って来られる。転移魔法が使えれば一瞬だ」


「なるほど。では、転移魔法の使い手を追加しましょう」


貴重な魔法使いでも連れて行けるのが当然だと言う態度。

トロピカーナは覚悟をしているので平気なんだろうが、供を命じられた人は家族との涙の別れを覚悟するだろう。

魔物の群れと共に未知の場所に行くのだから、下手をすれば帰って来れないと思っても不思議ではないから。

まぁ、ペルルドールと同じ様な教育を施されて育ったのなら、態度とは裏腹に凄く大切に扱うに違いない。

帰す心配をしているし。

その教育がエルフの王室に根付けば良いが。


「その者の顔と名前は忘れずに教えてくれ。では、手筈通りに」

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