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豪華なドレスを着た金髪美少女が原稿用紙に書かれた聖書を読んでいた。
思考のスピードにペンが追い付かない事が辛抱出来ないのか、文字が多少雑になっている。
それなのに読み難くはない、不思議なクセ字だ。
そうしていると、聖書の作者である妙に量が多い黒髪をツインテールにしている少女が背後に現れた。
「邪魔するぞ」
「いらっしゃい、セレバーナ。まだ二日しか経っていませんけど、北の民とやらの説得は成功しましたの?」
顔を上げたペルルドールは、対面に予め用意させていた椅子を勧めた。
両手両足に青い甲冑を着けているセレバーナは遠慮無くそこに座る。
「二日?説得には五日掛っていた様だが――ああ、そうか。女神交代の時期だからか、時間の流れが不安定になっているのか」
「あら。そうなんですの?大丈夫なんですの?」
心配そうなペルルドールに無表情で頷くセレバーナ。
「大規模な『辻褄合わせ』が進行中なんだろう。歪みが表面化する前に事を進めれば大丈夫だ。――では、これから我々が何をするかを説明しよう」
「その前に、お茶を」
ペルルドールが手を上げると、メイドがテーブルにお茶を並べた。
来客の気配を感じたのか、奥まった所のベッドで横になっていた姉姫がこちらに来た。
ゆったりとした部屋着の上にカーディガンを羽織っており、綺麗な金髪が微妙に乱れている。
「ごきげんよう、セレバーナ」
「こんにちは、トロピカーナ。呼び捨ての許可も貰ったし、面倒なので、人目の無い場所では王女扱いしないよ。なので、座ったままでも許してくれ」
「構いませんわ」
笑顔で頷いたトロピカーナは、メイドが運んで来た椅子に腰を下した。
更に別のメイドがヘアメイクを始める。
一般人の感覚では無関係の人間がウロウロしているのは邪魔臭いが、王族達は全く気にしていないので、メイドは人目にカウントしなくても良いだろう。
「ありがとう。ペルルドールは聖書を読んでくれていた様だが、トロピカーナは読まなくて良い」
「あら、なぜですの?」
「外国にはイヤナが書いた聖書を広めるからだ。まぁ、内容はほとんど一緒だがな。それでも基本思想は違うので、なるべくなら読んで貰いたくない」
「イヤナは農民。セレバーナは神学生。思想が同じな訳が有りませんね」
苦笑するペルルドール。
「うむ。それに、北の民は主食の薬草を新大陸に根付かせないといけない。だからこそイヤナが外国の女神になるのだ」
「なるほど。イヤナの潜在能力は『緑の手』。正に適任と言う訳ですね」
「ペルルドールは知らなかったな。イヤナの潜在能力は『女神の雫』だったのだ。『緑の手』とほとんど同じ物だが、厳密には違うらしい」
「あら、そうでしたの?」
「そうだったのだ。さて。大規模な『辻褄合わせ』を起こす為に今行っている事を話そう」
背筋を伸ばし、場の空気を引き締めるセレバーナ。
「まず、シャーフーチが各地の異次元を消滅させ、全ての魔物を解放する。それはすでに最果てから始まっており、渦巻きを描く様に行う予定だ」
「すでに『エルフ』や『無害な動物』に転生させているのですか?」
「いや、まだだ。ソレイユドールは500年前の魔王軍を再現したいそうだ。なので大量の魔物を引き連れての大行進を行う」
「ええ……?」
「そのニュースが王都に届いたらクーデターどころではなくなるな。それこそがソレイユドールの狙いだ」
「大丈夫なんですか?危険は無いんですか?」
ペルルドールは不安そうに訊く。
「我々と言う新しい女神が産まれた事により、ドラゴンは魔物の王に変化した。変化させた、か。新しい魔王だから魔物を従わせる事が出来る」
腕を組もうとし、青い鎧に阻まれるセレバーナ。
このクセが治るのは当分先だろう。
「だからシャーフーチはもう魔王ではないが、それはここだけの話にしておいてくれ。歴史には『魔王シャーフーチ再侵攻』と残して貰う事になる」




