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「お話自体は単純です。お姉様が病気を理由に王位継承権を放棄したら、それがわたくしの陰謀だと唱える一派がクーデターを起こしたんです」


ペルルドールの言葉を聞いたセレバーナは、眉毛を上げて驚く。

しかし口元は笑んでいる。

王家のゴシップは表沙汰になり難いので、面白がってはいけないのだが、出歯亀的な方向で興味が有る。


「ほう、クーデターか。それにしては王都は平和そのものだったが」


トロピカーナがその疑問に応える。


「わたくしはわたくしの意思で王位継承権を放棄したと宣言しました。それを簡単に反故にすると、わたくしの言葉が軽い物になってしまいます」


「姉姫を担ぎ上げたい者にとっては、それは不都合である。だから国民にはまだ何も知らせていない。と言う訳ですか」


「わたくし達も何が起こっているのかを知りません。わたくしに改めて王位継承権を放棄されると困るからでしょう」


「トロピカーナに王位に就いて欲しい者が水面下で動いている状況ですか。つまり、表面的には何も起こっていない訳ですね」


「そうです。護衛団の調査でその動きが分かりましたが、問題は根深いので、調査は引き続き慎重に行われています」


「では、二人の王女が同時に動けば問題は解決するのでは?と思いますが、クーデターは王家の恥ですから、無暗に動くと王の立場が悪くなる、と」


「その通りです。わたくし達は、問題が表面化する事無く終わる様に祈り、信じる事しか出来ません」


ペルルドールが姉姫に続く。


「わたくしとお姉様が離れていると状況が悪化すると思い、こうして同じ部屋で過ごしているんです。わたくし達は仲良しだぞ、とのアピールです」


「なるほど。どちらかの不利になる様な噂が流れても、仲良くしていれば大体は否定出来る訳だな。大変だな」


腕の鎧を撫でたセレバーナは、軽い溜息を吐いてから口を開いた。


「良く出来ているな。これが世界神の力か。世界を守る行動がスムーズに行える」


「何ですの?」


セレバーナの独り言に小首を傾げるペルルドール。

それに金色の瞳を向けたツインテール少女は、確認する様にゆっくりと言葉を紡ぐ。


「トロピカーナは、私達が女神になる為の活動をしている事をペルルドールから聞いていますでしょうか」


「はい。貴女の潜在能力が真実の目だと言う事も知っています」


「なら前置きを省きますよ。――私とイヤナが女神となり、この世界を存続させる為には、この世界を惑星にする必要がある」


「ワクセイ?」


二人の王女が揃って小首を傾げる。

別々の城で育った異母姉妹でも同じクセを持っているとは不思議な物だ。


「ペルルドールには以前話したな。現在の大地は円卓の様な形で、真っ平だと」


「ええ。そして、『辻褄合わせ』で世界を球体にしたい、と言うお話でしたね」


「世界が球体になった状態を惑星と呼ぶのだ。トロピカーナ。この前提を覚えてください」


「理解は出来ていませんが、概念は把握しましたわ」


トロピカーナは、微妙な表情ながらも頷いた。

穂波恵吾の記憶に触れていない姉姫には理解は難しいだろうが、王族特有の理解力の高さで納得はしてくれている。


「不完全な世界を完全な惑星とする為に、別の大陸を造り、そこを外国として世界を補完する事にした」


「別の大陸?新しい概念ですわね。外国、と言う言葉は理解出来ますが……」


そう言ったペルルドールは、チラリとチェス盤を見た。

ゲームの続行はもう無理か。

次の一手は忘れよう。


「聖書が広まり、人の意識が変われば、地図が書き変えられるだろう。船に乗り、海の向こうへと冒険に出る者達によってな」


「海の、向こう?」


「そうだ。極東の島国も海の向こうに有るだろう?それよりも遠くに、それよりも大きな大地を作るのだ」


「ソレイユドールの身体を使って、ですね」


「うむ。封印の丘に来た白いドラゴンは大きかったぞ。遺跡と同じくらいだった」


「あんなに小さかった子が、そんなに」


「だが――別の大陸を作っても、そこに生物は居ない。当たり前だ。今まで大地が無かったのだからな」


「ではどうしますの?」


「丁度良い素材が有る。と、ソレイユドールが提案した。彼女自身を使った実験により、それが可能である事が証明されている」


「それは何ですの?」


「転生だ。各地のダンジョンなり異次元なりに閉じ込めてある魔物を可能な限り別大陸に連れて行き、無害な動物へと転生させるのだ」


「ソレイユドールがドラゴンに転生した様に?それが実験だったと?」


「そうだ。制御出来ないくらい凶暴な魔物も居るから、全てが人畜無害になる事は無いが。知恵が有る魔物は人の形とする。『別の人種』を作るのだ」


「魔物を人に転生させる!?そんな事が可能なんですか?」


「失敗してとんでもない事になっても、海の向こうの出来事だからエルヴィナーサ国に迷惑は掛からない。心配は無用だ」


「そう、なんですの?わだかまりの様な物は有りますが、まぁ、そう言う事にしておきましょう」


「成功したら、その外国人は『エルフ』と言う種族になる。結果、この世界から魔物の害が無くなる事になる」


「それは素晴らしいですわ」


ペルルドールは優雅に手を合せ、高貴に笑む。

件数は少ないとは言え、魔物の害が一件でも起きたら誰かが確実に傷付いてしまう。

誰かが不幸になる。

それが無くなるのなら、それは喜ぶべき事だ。


「更に、北の地に隠れ住んでいる人々を新大陸の原住民とする。彼等は王国の戸籍に登録されていないし、外部との接触が無いから問題が無い」


「そんな人達がいらしたんですか」


「生きた女神の遺産で、彼らの種族名は『ドワーフ』と言う。もっとも、彼等が拒否したら諦める。そちらには、今、イヤナが行ってる」


トロピカーナに金色の瞳を向けるセレバーナ。


「だが、問題が有る。ドワーフには彼等の狭い文化しかない。だからトロピカーナに外国へ行って貰い、エルフの王室を作る手伝いをして貰いたいのです」


「わたくしが、エルフとやらの王室を?」


「はい。外国には『エルフ』と『ドワーフ』と言うふたつの人種が住み着く事になります。しかし、両方同じ文化では二種類居る意味が無い」


「だからこの国の文化を『エルフ』に伝えて欲しい、と。ですが、同じ様に、外国と我が国の王室が似ているのは如何な物かしら」


「確かにその通りなのですが、かと言って他にアテは有りません。『エルフ』独自の文化が生まれるまで無法地帯にしておく訳にも参りませんし」


「元が魔物ですから、人となっても『ドワーフ』に害を成す存在になるかも知れないんですね」


「そうなんです。南のヴァスッタでも良いのですが、残念ながらあそこの王室はもう有りません。過去の資料から復活させようにも、適任者が思い付かない」


ペルルドールが女神になっていたら、そちらの文化を利用していただろう。

しかし、ここで『たられば』の話をしても意味が無い。

無表情のまま姉姫に向き直るセレバーナ。


「酷な言い方になりますが、言います。ここに居てクーデターの元になるよりは、世界の為にその命を使ってみませんか?トロピカーナ」


姉姫の眉が微かに歪む。


「確かに、クーデターの原因はわたくしが姫城に居るせいです。しかし、わたくしの身は長旅に耐えられません。姫城から出られないんです」


「以前、ペルルドールに育成を頼んだ薬草が有ります。実は、それは北の民の主食なんです」


「わたくしが飲んでいる薬草を王家で育ててみようと言う実験のお話は聞いています。今まで存在が確認されていなかった花が発見されたのは――」


「私とイヤナが北の民からの依頼を受けたからです。彼等は地下で暮らしており、太陽の下に出たがっていましたから」


だからきっと彼等は外国に行くでしょう、と噛み砕く様にゆっくりと言うセレバーナ。


「彼等が外国に行ったら、薬草がこの国から無くなってしまう可能性が有ります。『ドワーフ』以外が育てても定着するのなら残りますが、賭けですね」


しばらく考えたトロピカーナは、妹姫に顔を向けた。


「わたくし、セレバーナと共に行きます。ペルルドール。後は頼みましたよ」


「お姉様……」


「ああ、言い方が悪かった。今すぐは移動しません。まだ大陸が出来ていないので。誤解をさせてしまい、申し訳有りません」


ツインテールの頭を軽く下げるセレバーナ。


「私がここの女神になり、イヤナが外国の女神になる。そう役割分担をしました。トロピカーナを外国に連れて行くのはイヤナです」


「そうなんですか。そのイヤナさんはいつ頃迎えに来てくださるのかしら」


「早ければ明日。北の民の説得が長引いて遅くなっても、クーデターが悪化する前には来たいと思います」


セレバーナは、転移魔法を行う為の魔力を纏いながら立ち上がる。


「次はこの部屋に直接来ます。警備が邪魔なので。問題が有れば位置を指定してください」


姉姫と視線で会話したペルルドールは、黒髪少女に向けて頷いた。


「ここで問題ありません。しかし、ここは遺跡で言えばリビングです。必ずここにわたくし達が居るとは限りませんよ」


「承知した。では、シャーフーチ達が待っている最果ての遺跡に報告に行って来る」


友人の魔力を感じたペルルドールも立ち上がり、セレバーナを見送る体制に入る。

トロピカーナは身体が弱い為、立ち上がらない。


「取り合えず旅立つ準備をしておいてください。貴女はご病気なのでお供も必要でしょう。勿論、大勢は連れて行けません。せいぜい二、三人ですね」


「はい」


頷くトロピカーナ。

その頭の中ではすでに供のリストを想い浮かべている。

幼い頃からベッドの上で過ごしていたせいか、周りの人を動かす能力に長けている。


「では、そう言う事で」


片手を上げて別れの挨拶をしたセレバーナは、転移魔法で姿を消した。


「本当に魔法を使えていますね。魔法が封じられている城内なのに。彼女はもうわたくしとは比較にならないレベルの魔法使いになった様ですね」


黒髪少女が立っていた位置に移動したペルルドールは、改めて姉姫を見た。


「宜しいのですか?お姉様。新大陸は海の向こうに作るそうですので、きっとかなり遠いでしょう。そのお身体で行くとなると、恐らく……」


「ええ。ですが、ここで無駄に腐り落ちるよりは遥かにマシです、世界の為になるのなら、喜んでこの身を捧げましょう」


優しい笑顔で冷めた紅茶を飲んだ姉姫は、誰にも聞こえない小声で続けた。


「それに、王位に着くと言う野望も問題無く果たせますしね」

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