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「そろそろ夕飯の時間ですね」
空腹を感じたシャーフーチが締めに入る。
完全に日が沈んだら料理がやり難いだろうから、ここで終わらせるのが丁度良いだろう。
「では、ひとつ目の真理の扉を開けましょう。これを知る事により、貴女達は魔法使いになる為の第一歩を踏み出す事になります」
弟子達は息を凝らし、師の言葉に耳を傾ける。
「先程話した属性には、それぞれに対応した神が居ます。七つの属性に、七人の神。その神の知恵を借り、人々を導く事が神官の務め。ですよね?セレバーナ」
「その通りです」
元神学生の頷きを確認したシャーフーチは、再び質問する。
「七人の神の上位に一人の女神が居る。――セレバーナ。女神とはどう言った存在ですか?」
「七人の神を産みし、全ての源。私達の祖先の母であり、命そのもの。海、大地、空の全てを見守る大いなる存在です」
「イヤナは農民でしたね。家に女神像は有りましたか?」
「有りました。木とか石とかで作られた像が、村の全ての家に有りました」
「サコの家にも?」
「門下生に怪我が無い様にと女神に祈る事が毎日の始まりです。今もそうです。ここには像が無いので、朝日に向かって祈っています」
「王族が傅く唯一の存在ですね?」
「はい。祖父、父、母、姉、そしてわたくし。王家の全員が外敵を遠ざける祈りを捧げ、国の平和を願っております」
「この様に、女神の存在は全ての人間の心の支えとなっています。そうですね」
一斉に頷く少女達。
「その女神は、実はとうの昔にこの世を見捨て、別の世界へと旅立っています。彼女はこの世を見守ってなどいないのです」
少女達全員の顔が険しくなる。
「まさか。また質の悪い冗談を。女神はいついかなる時も我々を見守り、慈しんで下さっています。その証拠として、今も大地がここに有る」
眉間に微かな皺を寄せているセレバーナは、大地を示す様に右手を床に向けた。
そんなツインテール少女に真顔を向けるシャーフーチ。
「事実です。人が人である為の文明を持つと同時期に女神は去ったとされています」
「バカな!女神信仰は人類の歴史と共に有る!神学校は何の為に有る?女神は我々を愛し続けてくださっていると皆に伝える為です!」
今まで学んで来た物を否定されたセレバーナが憤る。
「魔法の進歩も!科学の進歩も!人類の進歩も!全て女神の導きが有ってこそです!女神が居なければ、争い事を好む人類は文明さえ持てていない!」
しかしシャーフーチは落ち着いて話を続ける。
「属性を司る七人の神も、女神と共に去っています。この世には一人の神も存在していません。人は導かれていません」
「存在していない女神の教えが何故いつの時代でも色あせずに語られているのですか?女神魔法も存在している!つまり、女神が居ないなど有り得ない!」
「セレバーナ、落ち着いて」
イヤナに窘められたセレバーナが我に返る。
「少し、頭に血が上っていた様だ。講義中だと言うのに。謝罪します、シャーフーチ」
前髪を払うセレバーナの手が震えている。
普段は感情の起伏が殆ど無いツインテール少女が声を荒げている。
その姿に面食らっている他の弟子達。
「構いません。信仰を否定される経験が無いですからね、この国は。他宗教の全てが弱小な為、宗教戦争も起こりませんし」
「では、わたくし達が信じていた女神とは、一体……?」
ペルルドールが訊く。
セレバーナの大声のせいでうやむやになったが、他の少女達も少なからず衝撃を受けている。
「それを知り、世の中の理を知る。それが魔法の真理のひとつ目です」
シャーフーチが指を鳴らした。
その音に応え、ホタルの光の様な物がリビングを舞う。
「これは光線魔法です。私は今、光線魔法を司る神の座を借り、一時的に神となっています。それが魔法を使うと言う事です」
シャーフーチが全員に視線を送る。
あどけなささえ残る少女達の顔が淡い光に照らされている。
「神が不在で神の座が空席だからこそ、人がその座を借りられるのです。もしもまだ神が居るのなら、私達はその域に行く事は出来ない」
「……なるほど。納得出来る説ではあります」
セレバーナは深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「けれども人の身体は弱くて小さい。ですから、神の力は一部分しか使えません。身体が強ければ、それだけ強い魔法が使える事になります」
「だからペルルドールとセルバーナに体力を付けさせたんですね」
シャーフーチは、そう言うサコに頷く。
「神の座を借りる資格が無い者が魔法を使うと、必ず手痛いしっぺ返しを食らいます。その現象は神の罰と名付けられています」
「女神様が居ないのに神の罰は有るんですか?」
「イヤナのツッコミももっともです。才能が有れば修行をしなくても魔法が使えますので、真理を知らない者に事の重大さを伝える為に分かり易くしているのでしょう」
「わたくし、何も知らずにアンロックを使ってしまった様ですけど……。神の罰とやらを受けてしまうのでしょうか?」
ペルルドールが不安そうに表情を曇らせた。
「先程も言いましたが、潜在能力は人の才能です。神とは無関係です。安心してください」
「良かった」
胸を撫で下ろすペルルドールに笑顔を向けていたシャーフーチは、一転して表情を引き締める。
「ですが、貴女のそれは魔法の効果を持っています。それを応用すれば、無理矢理神の域に達する事が出来ます。そうならない様、注意してください」
「どの様に注意すれば宜しいのでしょうか」
「体力と同じく、魔力も使えば使うほど強くなります。効果的に鍛えれば、どんどん。それを自分勝手にしなければ大丈夫です。他のみなさんも良いですね?」
頷く弟子達。
「続きはまた明日にしましょう。今の話は決して忘れない様に。それと、何が有っても絶対に他人に話さない事」
「言ったらどうなります?マイチドゥーサ神学校主席の私が知らなかった話です。余程の罰則が有るのでしょう。でなければ、少なからず漏れている筈」
「話が漏れない理由はそれに有ります」
シャーフーチはセレバーナの小さな手を指差した。
その左手の中指に金色の指輪が嵌っている。
「真理の扉を開けても、貴女達はその指輪に守られます。しかし、守りも無しに真理に近付いた者は、世の中に否定されます」
「否定、とは?」
「この世界から追い出され、別の世界に旅立ちます。人は神ではないので、別の世界に辿り着く前に消えてしまうでしょうね」
「消滅と言う事は、死ぬと言う事ですか?言葉が人を殺すのですか?」
「はい。真理は、別名死の魔法と言います。もう一度言います。真理は、別名死の魔法と言います」
弟子達はお互いの目を見詰め、頷き合った。
「決して忘れず、決して話しません」
セレバーナがそう言うと、リビングを漂い続けていた蛍の光が消えた。
「結構。皆さんも誓ってください」
「はい。決して忘れず、決して話しません」
残りの三人がセレバーナの言葉の真似をする。
「では、今日の勉強はこれでおしまいです」
「ありがとうございました」
セレバーナが頭を下げたので、他の三人もそれに倣って礼を述べながら頭を下げた。




