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「マギ。ドラゴンが来たら教えてね」
三つ編みの裏に隠れている妖精型の使い魔にお願いしたイヤナは、丘から離れない程度の散歩をした。
こんなにもヒマなら土弄りをしたいが、自分達の畑は丘の上に有る。
今はとにかく待つ事しか出来ない。
いよいよ立っているのも辛くなって来た頃、小さな手がイヤナの首筋を叩いた。
「ん?マギが何かを感じたみたい。来たかな?」
不意に、一瞬だけ辺りが暗くなった。
驚いて空を見上げる少女二人の頭上を白い物が通り過ぎて行く。
直後、突風が二人を襲う。
「おおぅ、大迫力だな。大きく育ったもんだ」
風に煽られて暴れる制服のスカートとツインテールを押さえながら感心するセレバーナ。
イヤナは質素なドレス以外の服に慣れていない為、制服のスカートの様子を気にせずに空飛ぶ物体を目で追っている。
「アレがドラゴン?空を飛んでるけど、鳥じゃないんだよね。穂波恵吾の記憶じゃ大きなトカゲって感じだけど、逆光で良く見えないから分からないや」
「確かにな。――もう丘に入っても良いのかな。まだかな」
「一応、お師匠様のテレパシーを待った方が良いんじゃないかな。勝手をしてご迷惑になったら嫌だし」
白いドラゴンは、遺跡が有る場所に降り立った。
庭に降りたのなら畑が踏み潰されているかも知れない。
ここからでは豆粒程度にしか見えない遺跡をやきもきしながら窺っていると、大きな咆哮が聞こえて来た。
二人の少女は、一年前、最果ての村に来たサーカス団を思い出す。
グオオォ、ガオオォ、と言う咆哮は、その時に見たライオンの声に似ている。
「今のはドラゴンの声、だよな。来いって事かな?しかし、丘に施された封印に阻まれて異次元に飛ばされたら困るしなぁ」
セレバーナが判断に困っていると、村と丘の間に人が集まって来た。
子供だけではなく、遠くで農作業をしていたはずの大人までこちらに向かって歩いて来ている。
そして興味深そうに丘を見上げている。
「魔物か?」
「一年前にも魔物騒ぎが有ったよな」
「暖かくなると魔物も目覚めちゃうのかねぇ」
ざわめいている村人達に近付いたセレバーナは、無表情で声を張り上げる。
「みなさん、ご心配無く。今騒いでいる物はシャーフーチの知り合いです。村に危害を与える事はありません」
「おや、お弟子さん達じゃないか。久しぶり」
「魔法使い様の知り合いかぁ。なら怖い魔物じゃないんだな。良かった良かった」
それで納得してくれた村人達は各々の畑に帰って行く。
相変わらず大らかな人達だ。
子供達はまだ残っているが、セレバーナ達にちょっかいを出して来る事は無い。
ペルルドールが居たら、きっと近付いて来ただろう。
この国の第二王女であるペルルドールは、意外と子供受けが良かった。
王族だから人を引き付ける魅力が有るんだろう。
逆に、セレバーナは子供に嫌われていた。
きっと無表情が悪いんだろう。
「しかしまぁ、地元の人間に信頼されている魔王ってのも不思議な物だな。都会では魔王教が産まれるくらい恐れられていると言うのに」
去って行く村人達の背中を眺めながら肩を竦めるセレバーナ。
すると、もう一度咆哮が聞こえて来た。
数人の村人が振り向いたが、セレバーナの言葉を信用しているのか、そのまま視界の外に消えて行った。
「やっぱり呼んでるみたいだね。行ってみようか」
セレバーナの返事を待たずに丘を登り始めるイヤナ。
ここで暮らしていた時と同じ様に、何の問題も無く歩けている。
少々不用心だと叱りたくなった黒髪少女だったが、その思い切りの良さがイヤナの長所でもあるので、小さな溜息で気持ちを切り替えてから後に続いた。
「久しぶりに遺跡に入れるか。再び入れる様に願掛けしておいて良かった」
遺跡の自室に数冊の本を置きっ放しにしておいたので、次に出る時は持って行こう。
また帰って来れる保障は無いと思うから。
そして丘を登り切ると、巨大な白いドラゴンが遺跡の門の前で静かに佇んでいた。
トカゲの様な瞳で、畑が無事だったと胸を撫で下ろしているイヤナと、腕を組んでいるセレバーナを見詰めている。
「貴女達が女神候補の子ですか?」
白いドラゴンが喋った。
先程の咆哮がウソの様に優しそうな女性の声だった。
「はい。私はセレバーナ・ブルーライトです」
「私はイヤナです。貴女がソレイユドールですか?」
興味津々で訊くイヤナに頷くドラゴン。
「そうです。貴女達の事はシャーフーチに聞いています。一人前の魔法使いになった後も、世界の保全の為に尽力してくれたとか。ありがとう」
「それでは早速お話を始めましょうか。立ち話もなんですから、お茶でもしながら進めましょう」
ドラゴンの影に居たシャーフーチが前に出て来た。
そして簡単な造りのテーブルと椅子を魔法で出した。
丘の斜面でも水平になる様に足の長さが調節された家具だった。