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「あっ、お師匠様!遅れて申し訳有りません」


スカートの裾に泥を付けたイヤナが、音を立てて役所の引き戸を開けた。

春の日差しを背負うと、彼女の赤髪は燃えている様な鮮やかな色になる。


「いえいえ、二人共元気そうでなによりです。イヤナもお座りなさい」


「はい」


赤髪を三つ編みにしているイヤナは、師の左手側に座った。

二人の少女に挟まれる形になったシャーフーチは、役所の人に聞こえない声量で話を切り出す。


「本題に入る前に。――サコが魔法ギルドに来て、ギルドの入門試験に合格しました。本人から直接報告を受けました」


その言葉を聞いたセレバーナとイヤナが笑顔になる。


「おお、それはめでたい」


「良かった。じゃ、もう修行に入っているんでしょうか」


「いえ、まだです。入寮の準備をしなければなりませんからね。今は実家で色々やっているんじゃないでしょうかね」


「ふむ。家の問題は解決したんだろうか。他人事ながら心配なので知りたい気もするが、知ったところで何も出来ないしな」


腕を組んだセレバーナは、役所の床に視線を落として言う。

そんな元弟子のつむじを不思議そうに見詰めるシャーフーチ。

ツインテール少女は座高が低いので、普通に視線を向けるだけで髪の分け目が良く見える。


「サコの家で何か有ったんですか?」


「ああ――申し訳ありません。つい呟いてしまいましたが、家の恥だから口外しないでくれと言われているので、私からは何も言えません」


セレバーナは軽く頭を下げる。

それに頷きを返したシャーフーチは、正面に顔を向けて続ける。


「なら、サコの話は一旦終わりましょう。本題に入りますよ」


「はい」


「ソレイユドールの意識が蘇りました。転生前の人格と記憶がそのまま復活した様です。彼女と会話して、そう確信しました」


二人の少女が身を引き締める。

その報告を待っていた。


「もっとも、私とテイタートットがそう思うだけで、実際にどこまで復活したかは分かりませんけどね」


肩を竦めたシャーフーチが溜息を吐く。

そんな元師匠に質問するイヤナ。


「どうしてですか?本人が本人だと言ったのなら、それは本人なんじゃないですか?」


「ややこしいですけど、まぁそうです。しかし、自分が自分である証明は出来そうで出来ない物ですからねぇ」


苦笑いするシャーフーチに無表情を向けるセレバーナ。


「恐らく、その心配は無用でしょう。人としての意識が戻ったのなら、それはソレイユドールでしょう」


「なぜそう思うんですか?」


「件の『辻褄合わせ』が実在するのなら、赤の他人が事象の中心に割り込んで来る事は有り得ないからです。ここで一悶着有るのは無意味です」


「なるほど。『辻褄合わせ』による時間の跳躍は実際に体験しているので、私はその考えに納得出来ますね。その強制力はかなりの物でした」


「言い換えれば、この世界にはイレギャラーが無いと言う事になりますけどね。未だにゲームのルールに縛られているんでしょう」


「納得はしますが、やはりソレイユドールである確証は有りません。そうでしょう?」


「絶対ではありませんね」


「ですので、イレギャラーが有るかも知れない事を念頭に置いてください」


頷くセレバーナ。

難しい話になると割り込めなくなるイヤナも取り合えず頷く。


「で、貴女達の事も全て話しました。この一年、何が有ったのかを全て。そうしたら貴女達と話したいと言う事になり、明日、封印の丘に彼女が来ます」


「え?来るんですか?ソレイユドールって、ドラ……」


シャーフーチは、自分の唇に人差し指を当ててイヤナを黙らせる。


「自分の姿を人目に晒し、騒ぎを起こしたい様です。ですから、ここでは言わないでください」


「はぁ」


気の無い返事をしたイヤナはセレバーナに視線を送った。

無表情で頷く黒髪少女を見て、イヤナも頷いた。


「考えが有ってそうしたいのでしょうから、分かりました」


「結構。明日、彼女と色々なお話をしてください。そこで女神になるかどうかの最終確認が行われる様です。覚悟しておいてください」


「む。いきなりですね。女神になる前に色々と相談や準備がしたかったのですが、無理ですか?」


眉を顰めるセレバーナに笑顔を向けるシャーフーチ。


「私からは何とも言えませんね。世界の命運を左右する事なので、多少の融通は効くでしょうが」


「シャーフーチにも話は通っていると思いますが、私達が女神になった後のルールとなる聖書をペルルドールに渡したいんですよ」


「ああ、聞いています」


「ただペルルドールに渡すだけではいけません。内容を理解して貰わなければ無意味になります。ですので、私が直接解説したいんです」


「その程度なら何とかなるんじゃないでしょうかね。で、肝である女神の鎧はどうなりました?」


「ああ、勇者の家に有りましたよ。しかし転移魔法では運べませんでした。魔法が世界神の気配に通用しないんです。ですので、魔法ギルドに運搬を頼みました」


セレバーナの言葉に続くイヤナ。


「今は魔法ギルドに保管されているはずです。ギルドを信用して、無事に運搬されたかの確認はしてませんけど」


「問題が有れば我々かシャーフーチのところに話が行くはずですから」


弟子達の言葉に頷くシャーフーチ。


「そうですね。それから、ええと、女神の剣?でしたっけ。それはどこに有りますか?」


応えるのは赤髪少女。


「北の国にお返ししました。必要ならいつでも転移魔法で借りられますし」


「分かりました。剣はともかく、女神の鎧は必須アイテムですから、この村に運んで貰える様手配しておきます」


「持って来るのは良いですが、どこに置くんですか?」


「ソレイユドールが望めば貴女達も封印の丘に入れるはずですから、遺跡に置きましょう。入れなかったら、宿を取って貴女達が見張りでしょうかね」


シャーフーチの言葉を聞いたセレバーナは組んでいた腕を解き、姿勢を崩してベンチに片手を突く。

木の板を組み合わせて釘で打っただけのベンチなので、長時間姿勢良く座っていると尻が痛くなる。


「分かりました。では、私達は一旦王都のホテルに戻って引き払います。そして、今日は最果ての村の宿に泊まります。良いかな?イヤナ」


「良いよ。こっちの方が宿賃が安いしね」


「では、私はソレイユドールの許に戻ります。こちらから連絡するまで、この村で待機していてくださいね」


立ち上がったシャーフーチは、そう言い残して姿を消した。

残された少女達は、お互いの顔を見合せる。


「では王都に帰るか」


「あ、待って。もし許されるんなら、私だけこの村に残りたいんだけど、良いかな?」


「畑の手伝いに行くのか?」


「うん」


「そうか。では、私一人で王都に行って手続きをするが、構わないかな?君の荷物も勝手に纏める事になるが」


「良いよ。私はこっちで夕飯の材料を準備しておくから、セレバーナは心配しなくても良いよ」


「久しぶりに新鮮な食材を口に出来そうだな。では、そう言う事で」


「そう言う事で。――じゃ、お邪魔しましたー」


「お邪魔しました」


役場の人達に頭を下げた二人の少女は、仲良く木造平屋の役場を後にした。

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