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妙に量が多い黒髪をツインテールにしている少女が、道端に生えているツクシやタンポポを無表情で眺めていた。
しばらくそうした後、思い出したかの様に歩き出す。
「一年前は緊張と不安で周りを見る余裕が無かったが、余裕を持って春を感じてみると、本当にのどかな村だな」
子供達が無邪気に走り回り、鳥や蝶は思うがまま飛び回り、草花は柔らかい日差しを十分に浴びている。
最果ての村を無軌道に歩いた黒髪少女は、封印の丘前に辿り着いた。
「ここも久しぶりだな。庭の畑は、きっと草ボウボウだろうな。雪解け直後の今なら手入れも楽なんだろうが」
神学校の制服を着ているセレバーナが緩やかな丘を見上げる。
石造りの遺跡が小さく見えるので登ってみたいが、下手をすると異次元に迷い込むらしいので無暗に近寄れない。
「――それよりも、呼び出したシャーフーチがどこにも居ないんだが。さてどうした物か」
腕を組むセレバーナ。
魔法の水晶を介したテレパシーで最果ての村に来いと言われたから転移魔法で来たのだが、来てから気が付いた。
待ち合わせ場所の指定がされていない事に。
だからこうして歩き回っている訳だ。
相変わらず抜けていて尊敬出来ない師だ。
呼び出しの内容は予想出来るので早く探さないといけないのだが、すでに結構歩いたので、もう疲れた。
「あ、居た。おーい、セレバーナさーん」
背が低い黒髪少女に駆け寄って来る中年のおじさん。
「貴方は確か、役所の人」
「今、役所にシャーフーチさんが来て、君達を呼んで来てくれってお願いされたんだ」
「役所の方に行きましたか。彼は自由に外出出来ないのでここかそちらかの二択でしたが、勘が外れたな。お手数を掛けてしまって申し訳ありません」
「良いよ。イヤナさんも居るって話だけど、どこに居るのかな」
「彼女は私が魔法で呼びます。役所に戻りましょう」
一緒に呼び出されたイヤナは、早々に村の畑の手伝いに行ってしまった。
いつもの継ぎ接ぎだらけのドレスを着て。
もうアルバイトをする必要は無いのだが、今年の土が気になって仕方がないとダダを捏ねたので引き止めなかった。
自然を感じるのも一人前の魔法使いに必要な事だろう。
『イヤナ。シャーフーチは役所に居るそうだ。すぐに向かってくれ』
『分かった』
セレバーナは、中年のおじさんと並んで歩きながらイヤナにテレパシーを送った。
テレパシーの感度からすると、そこまで遠くには行っていない様だ。
さすがに本気で土弄りを始めるまで自由ではないか。
そして役所に着くと、灰色のローブを着た優男がベンチに座ってボケッとしていた。
「お久しぶりです、シャーフーチ」
少女は、妙に量の多い黒髪をツインテールにしている小さな頭を下げた。
それに気付いたシャーフーチが我に返って笑顔になる。
「こうして面と向かうのは久しぶりですね。ええと、イヤナは?」
「テレパシーで呼んでありますので、すぐに来るでしょう」
「一緒に行動していないんですか?」
「冬の間、何ヶ月も退屈でしたからね。女神について飽きるほど話し合いました。その結果、お互いに行動を束縛しない事にしています」
「そうですか。なら私がとやかく言う必要はありませんね。貴女も座ってお待ちなさい」
「失礼します」
シャーフーチの右手側に座ったセレバーナは、金色の瞳で役所の人達を眺めた。
超田舎の役所だから来客も無くヒマそうだ。
しかし仕事中なので、無駄口を叩く事も無く書き物をしている。
失礼ながらも何をする事が有るんだろうと考えて、思い出す。
最果ての村には商店が少ないので、確実に入荷しなければ経済活動が滞る大事な物は役所で取り扱っている。
間もなく本格的な農作業が始まるので、肥料や種等の発注が有るんだろう。
そうだった、そうだった。
たった一年の出来事なのに、何だか懐かしい気分になって来た。
不思議な感覚だ。