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柔らかいソファーに深く座っている背の低い女の子が、高級ホテルの一室でぼんやりとしていた。

妙に量が多い黒髪をツインテールにしていて、その毛先を指で弄んでいる。


「上がったよー。次どうぞ」


三つ編みを解き、ポニーテールにしているイヤナが浴室から帰って来た。

もうすぐ冬が終わるがまだまだ寒いので、濡れた赤髪から湯気が上がっている。


「って言うか、暗いね。火を点けても良い?」


「ああ、もうそんな時間か。点けて貰えるかな」


「うん」


頷いたイヤナは、小気味良い音を立てて指を鳴らした。

すると、部屋の中心に有るテーブルに備え付けられている燭台に火が点いた。

一人前の魔法使いとして、思う様に魔力のコントロールが出来ている。

指を鳴らすのは師の真似だろう。

杖を持っていない彼女が集中無しで魔力を使うには何らかのアクションが必要なんだそうだ。


「あのさぁ。お風呂に入りながら考えてたんだけど」


タオルやら洗濯物やらを運びながら切り出すイヤナ。


「何か気になる事でも?」


「『辻褄合わせ』ってさぁ、誰かが何かを常識だと思えば、それが本当になるって事だったよね?」


イヤナの言う『辻褄合わせ』とは、この世界に存在する女神の奇跡のひとつだ。

大昔に存在した女神の時代に必要だった物で、現代もまだ残っている。

それが現存しているお陰で時間の流れが滅茶苦茶になったり、昨日まで無かった物が当たり前の様に隣に有ったりする。


「乱暴に言ってしまえばそうだな。それが?」


「もしかするとだけど、ソレイユドールはそれを期待してたんじゃないかな」


「ん?どう言う意味だ?」


ソファーに深く座っていたセレバーナは、座り直して姿勢を正した。


「白いドラゴンに転生してからもう何ヶ月も経つのに、全然記憶が戻らないじゃない?それって、私達全員が疑っているからだと思ったの」


そう言ったイヤナは、テーブルの上に置いてあった風呂敷包みを開けた。

中身は薄汚れた数個の壺だった。


「特に私達はドラゴンのソレイユドールしか知らないから、人としての意識が蘇るとか言われてもピンと来ないし」


「まぁ、そうだな」


「だから、私とセレバーナだけでもソレイユドールの意識が蘇るって信じれば、『辻褄合わせ』が起きるんじゃないかな」


「なるほど。そんな事は思いもよらなかった。あり得るかもな」


「でしょう?」


「だが、女神以外の者が意図的に『辻褄合わせ』を起こすとなると、関係者全員が信じる必要が有る。シャーフーチと相談しよう」


「そうなんだけど、それはしない方が良いんじゃないかな」


「なぜ」


「だって、ソレイユドールの転生を手伝ったのって、お師匠様と魔法ギルド長様なんでしょ?って事は、転生の仕組みを理解している」


「当然だな」


「なら、ソレイユドールの意識が蘇る事を心の底から信じる事は出来ないんじゃないかなって。何も知らない私達なら無責任に信じられるかなって」


「ふむ。仕組みを知っていると言う事は、あらゆる事態を熟知している。だから失敗も当然だと言う事を完全には忘れられない、と言いたのか」


「そうそう、そんな感じ」


「イヤナの言う事にも一理有る。なら私達だけで信じてみようか。――ところで、何だその壺は。臭いぞ」


風呂上がりの赤髪少女は、長い箸で壺の中身を掻き混ぜていた。

それから漂う刺激臭は途轍もなく、鼻を抓まずにはいられない。


「故郷土産のピクルスだよ。夕飯に食べようと思って」


「そう言えば転移魔法で故郷の様子を見に行ったんだったな。――魔王教とやらはどうだった?」


「実家の方に行ったみたいだけど、何もなかったっぽい。って言うか、逆に色々と毟り取ったみたい」


「毟り取ったとは?」


「私の村は凄く貧しい村だから、よそ者はあんまり歓迎しないの。食料が無いからね。だから、良くない事を考えている人にはすっごく厳しいの」


一本物のキュウリのピクルスを皿に乗せたイヤナは、それを包丁で刻んで行く。


「詐欺師が来たら、詐欺を仕返してお金を奪う、みたいな。そんな感じで魔王教の人を逆に頼ろうして、結局は追い返しちゃったみたい」


「フフフ。逞しいと言うか、何と言うか。つまり、心配する必要は無かった、と」


「うん。魔王教の人は正体を明かさなかったみたいだけど、そんな事はどうでも良いくらいにさっさと逃げたみたい」


「なら良かった。そんな貧しい村なのに、お土産を貰えたのか」


「私がお土産を持って行ったからね。お返し。さすがに家族相手には、ね」


イヤナは穏やかな表情で続ける。


「――神学校の街から帰って来てから時々ボーっとしているのは、クレアさんの事を考えてるから?」


鼻を抓んでいた手を下した黒髪少女は、溜息と共に返事をした。


「終わった事だから考えない様にしたいんだが、つい考えてしまうんだ。もっと上手いやり方は無かったのか、とかな」


「ま、大切なお友達の事だからね。お風呂に入って気分転換しておいで。私は夕飯を作っておくから。ピクルスをパンに挟むだけだけど」


「そうだな。温まって来るか」


立ち上がったツインテールは、替えの下着を持って浴室に行った。

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