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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第九章
302/333

32

「魔物は私に任せ、君達は安全な所に!」


勇者は抜刀し、大蛇に切り掛かった。

蛇のくせに鱗が固く、剣の刃を弾いている。

しかし勇者は一歩も引かずに巨大な魔物と互角に渡り合っている。


「勇者様も随分と修業を頑張ったんですね。とても強くおなりで」


「ありがとう!」


黒髪少女の言葉に爽やかな笑みを返す勇者。


「はいはい、お嬢さん達はこっちに避難しましょうね~」


軽装の若い男が急にクレアの腕を取ったので、金髪の少女は驚いて身を縮めた。


「あ、貴方は?」


「俺は勇者様の仲間だよ。とにかくこっちこっち」


包帯を鉢巻の様に巻いている少女が路地裏から引っ張り出されて行く。

魔物は勇者に任せ、イヤナとセレバーナも共に裏路地から出る。

そこにはトレンチコートを着た中肉中背の中年男性と大勢の警察官が居た。


「クレア・エスカリーナさんですね。少々伺いたい事が有るので、一緒に来て貰いますか」


トレンチコートの男性が示した警察バッジを見て観念するクレア。


「勇者が来るのも、ここに逃げるのも、全て計算付く、と言う訳ですか」


「うむ。私が放った魔法の雷鳴で正確な位置を知らせていたのだ」


魔法の杖をコートの下に仕舞ったセレバーナが頷く。

その視線の先には、神学校を現す金の紋章付きの白いローブを着た中年の女性が立っていた。


「クレアさん。無事でよかった」


「ユキ先生……私は……」


クレアの腕を持っていた軽装の男は、その金色の頭を撫でた。


「この金髪ちゃんは、そのおちびちゃんを庇っていたよ。完全に事件に巻き込まれただけの被害者ですね」


「え?」


「当然です。クレアさんはセレバーナさんと仲良しですもの」


手を祈りの形で組んでいるユキ先生は、慈愛の籠った表情で頷いた。


「いえ、私は魔物を――」


クレアは眉間に皺を寄せる。

大人達の会話が何か不自然だ。


「クレア。言ったはずだ。君にとっては最悪な状況で釈放されるとな」


セレバーナが厳しい声で友人の言葉を遮った。

ここでやっと察するクレア。

小娘の言葉より、勇者の仲間の言葉の方がより信用される。

それに、クレアは実際に魔物を操っていた訳ではない。

対象の最後を見届けようとしていただけだ。

しかも未遂。

事が起こっていない以上、警察はクレアの身柄を拘束出来ない。


「もしや、ここまで全て計画してたの?この事件を、このままうやむやにして解決に向かわせるつもり?」


「私達は魔法使いだからな。君の動きは全て魔法で把握していた。だが、うやむやにはならない。魔物を操る者は逮捕されなければならないからな」


そこに割って入って来るユキ先生。


「クレアさんはコートを着ていませんから、雪が降っている中での立ち話は風邪を引きます。早く警察に行きましょう」


「ユキ先生……」


若い男から自分の生徒を取り返したユキ先生は、その肩やスカートに付いている雪を手で払い落とす。


「事件解決に協力するのは国民の義務ですよ、クレアさん。貴女が知っている情報を包み隠さず証言すれば、警察が左目の敵を取ってくれます」


「包み隠さずに言いますけど、でも……」


「分かっています。クレアさんは自ら囮になり、犯人と接触したんでしょう?」


ユキ先生は黒髪少女と赤髪少女に笑みを向ける。


「セレバーナさんとイヤナさんも協力してくれて、魔法で魔物の位置を知らせてくれたんでしょう?」


無表情で頷くツインテール少女。


「そう言う事だ。犯行予告の手紙も、囮として警察を呼び出す為と言う事にしてある。君が手紙を出す前にな」


「そう言う事、ですか。警察とユキ先生の両方に事前の根回しをしていたのなら、詰み、ですね」


諦めの笑みを浮かべたクレアは、トレンチコートのおじさんの方に歩を進めた。


「……セレバーナ。貴女も警察に?」


「いや。私とイヤナは勇者のクエスト終了を見届けなければならない。そして、許可されたら彼の家に行く。それがこの街に来た目的だからな」


「そう。――貴女の行動は、友人として許せない部分が多々有るわ。だから絶交です」


「そうだな。少々無茶をし過ぎた。だが、私は感謝されたかった訳じゃない。大切な友人を失いたくなかっただけだ」


ぎこちない笑顔になったセレバーナは、腰に手を当てて続ける。


「最果てに制服や機械の部品を送ってくれたりと、クレアにはお世話になったからな。そのお礼と怪我のお見舞いを持ってまた来るよ。友人としてな」


「絶交しましたので、もう口を利きません」


「今後の状況によってはもう会えないかも知れないから、私は絶対に絶交を認めない。――では、ユキ先生」


頷くユキ先生。


「クレアさんは私が責任を持って神学校に連れて帰ります。セレバーナさんとイヤナさんも風邪を引かない様に気を付けてくださいね」


元生徒に深々と頭を下げたユキ先生は、警察の人達と共にクレアを連れて行った。


「さて。後は勇者の帰還を待つだけですね」


残された二人の少女は、共に残った若者を見上げた。

去年の春、勇者と共に封印の丘に乗り込んで来たパーティーの一人である事にイヤナは気付いた。

その時のセレバーナは怪我人の避難誘導をしていたので、彼の顔を知らない。


「街中で魔物を退治したら死体の処理をしないといけないから、結構な時間が掛かるよ。毒とか呪いとかが有ったら、それを浄化しないといけないからね」


「魔物退治とはそこまでしなければならないんですか。大変ですね」


「そ、大変なの。だから、俺達は一足先に冒険者ギルドに戻っておこうか。時間が掛かっても、絶対に報告に戻って来るからね」


「そうですね。寒いですしね。――行くか、イヤナ」


「うん」


仲間の頷きを確認したセレバーナは、道の雪に残されたクレアの足跡を一瞥してから歩き出した。


「またな、クレア」

第九章・完

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