3
「うーん……。純粋そうな弟子希望者が来てしまいましたねぇ……。私はどうしたら良いんでしょうねぇ……」
眉をへの字にしながら自室に戻ったローブの男は、木の窓を開けてみた。
遺跡の外では気が遠くなるほどの時間が経っている筈なのに、風景は全く変わっていない。
忌々しい程の良い天気に向けて溜息を吐いたローブの男は、窓脇に手を突いて朽ちている門を見下ろした。
次の弟子希望者は、まだ現れない。
「このまま誰も来ないと気が楽なんですけど……。いや、あの赤毛の子と二人っきりってのも気まずいか……」
どう見ても十代半ばの子供だったし。
再び溜息。
多感な少女と暮らすなんて面倒臭いなぁ、と思いながらクサクサしていると、階下から鼻歌と水音が聞こえて来た。
あの子が元気に掃除をしている。
「まぁ、来てしまった物は仕方ない。なるようになるでしょう。――どうせヒマだし」
揺り椅子を窓際に置き、外を気にしながら読書を始める。
心地良い春風が灰色のローブと長い黒髪を揺らす。
「……ん?」
数時間後。
本を読み終わり、次の巻を取りに行こうと立ち上がった拍子で窓の外に目をやった男が見た物は、大勢の人間が列を作って丘を登っている光景だった。
見えているだけで百人は居る。
その列は真っ直ぐこちらに向かって来ている。
「ウソ、でしょう?まさか、あれ全員が弟子希望……?いや……」
様子がおかしい。
先頭に陣取っているのは数騎の騎士団。
旗などは掲げていないが、彼らの持つ盾には薔薇の紋章が描かれている。
それだけで正体が分かった。
「一番面倒なのが来た……」
頭を抱えた男は崩れ落ちる様に揺り椅子に座る。
あんな物、どう扱えば良いのか。
しかし気を取り直す。
事の起こりを考えれば、アレの血筋が来るのは当然なのかも知れない。
「これで赤毛の子と二人っきりは無くなりましたが……。でも、面倒だなぁ……」
数十分後、謎の行列は無事に門前へと辿り着いた。
ローブの男は舌打ちする。
「トラップが作動してしまえば楽だったのに。あんなに大仰なんだから、少しは敵意を持ってくださいよ」
行列の中から一人の老人が歩み出て来て、周囲を窺いながら敷地内に入って来た。
そしてドアノッカーの無い遺跡の入り口をノックした。
間を置かず、階下で少女が叫ぶ。
「お師匠様ー!お客さまですよー!」
一部始終を見ていたから知っている。
しかし無視する訳にも行かないので、ローブの男は面倒臭そうに石造りの階段を降りる。
「はいはい」
玄関先で深々と白髪頭を下げていた老紳士は、ローブを着た男の登場を受けて改めて頭を下げた。
「魔法使い様への弟子入りの件で……」
「おやおや。随分とお年を召した弟子入りですねぇ」
ローブの男は老紳士の言葉を途中で遮る。
「いえ、私では……」
「分かってます、冗談ですよ。――どこのお偉いさんかは知りませんけど、まずは弟子入り希望者が顔を見せるべきでしょう?それが礼儀です」
とぼけた口調で再び言葉を遮ったローブの男は、門の外に控えている仰々しい集団に目をやった。
この土地の曰くを承知しているからこそ、ああやって大袈裟に警戒しているのだろう。
「失礼は重々承知しておりますが、まずは……」
「決まりが有りますので、弟子入り希望者を追い返す事は出来ません。ですが、弟子入り希望者ではない者を追い返す事は出来ます」
ボロボロのデッキブラシを握り締めて成り行きを見守っている赤毛の少女を一瞥したローブの男は、大仰に肩を竦めて言葉を続ける。
「失礼な行いをするつもりなら、このままお引き取りください。薔薇の紋章を持つ一団には、この地は特に不浄でしょうし」
老紳士は姿勢良く固まって考えを巡らす。
しかしそれほど間を置かずに分かりましたと頷いた。
「少々、お待ち頂けますでしょうか?」
「はいはい。私も鬼ではないので、少々くらいは待ちますよ」
一礼した老紳士が門の外へ戻って行く。
粘ってくれたら問答無用で追い返せた物を。
すんなり引いてしまったら待つしかないではないか。