表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第九章
299/333

29

神学校の周囲は、陽が落ちると極端に静まり返る。

特殊な学校なので、通いの生徒が少ないからだ。

女神の教えを学ぶ者は不良になり難く、寮の門限を破る者も滅多に居ない。

教師向けの大人な店は有るが、数が少ない。

そんな静かな地域の路地裏に入る、赤髪をおさげにしている少女。


「こんな所で何してるの?」


暗がりで蹲っているツインテール少女の頭に積っている雪を優しく払うイヤナ。


「なぜ……ここに来た」


セレバーナは、立てた膝に顔を埋めながら応える。


「勇者様が魔物退治しているから外出に注意してくださいってお触れが出ているのに、全然帰って来なかったから。心配になってさ」


「マギに訊いたのか」


「ううん。全方位にテレパシーを向けたら、セレバーナの寂しい心が伝わって来たの。でも、なぜか声が通じなかったから探しに来たんだ」


「そうか。転移する魔力も残っていないだろうに、心配掛けて済まなかったな」


「無事ならそれで良いよ。風邪引くから早く帰ろう」


しかしセレバーナは動かない。

だからイヤナもその隣に座った。

特に何も言わず、傘がいらない程度の降雪を眺める。

雪が積もっていて白いからなのか、暗いのに見え難くない。


「悪いな。私の悪いクセなのだ。嫌な事が有ると、一人ぼっちになりたくて堪らなくなるのだ」


なぜ赤髪の仲間は何も言わないのか。

その居心地の悪さに負けたセレバーナが目を閉じたまま口を開く。


「本当ならイヤナが隣に居るのも嫌なのだが、居てくれ。このクセは治さないといけないからな」


「うん」


雲が多い夜空を見上げるイヤナ。

夕方から降り始めた雪。

量が少ないので積もる事はないだろうが、雪に馴染みの無いイヤナは、白い物が落ちて来ている様子を眺めているだけで面白い。


「お父さんとクレアさん、どうなった?」


「悪事をやめてくれなかった」


「そっか。でも、最初からそうなるって予想してたじゃない。マギに訊くまではない、って言って」


「ああ。それでも期待していたんだ。私の親で居続けてくれる、友人で居続けてくれると。――やはり、人と言う生き物は悪い方に傾く物なんだな」


「そうだね。でも、しょうがないよ。綺麗事だけで生きて行けるんなら苦労は無い」


イヤナは明るい声で厳しい事を言った。

それは人生経験から来る断言だった。


「イヤナも苦労して来たんだな」


「まぁね。だからセレバーナを甘やかしたりしないよ。自分でも、これじゃダメだって承知してるしね。はい、立って」


黒髪少女の腕を取り、無理矢理立たせるイヤナ。


「もう十分落ち込んだでしょ?これ以上は時間の無駄。ベッドでだらけている方がまだマシよ」


強引な行動に驚いたセレバーナは、目を見開きながらイヤナに顔を向けた。

イヤナは普段と変わらない笑顔をセレバーナに向けていた。


「晩御飯を食べよう。お腹一杯になったら元気が出るよ」


予想外の成り行きに口を半開きにしていた黒髪少女は、微かに笑んでから身体に力を入れて自分で立つ。

ツインテールが雪に濡れて萎んでいるが、熱気溢れる食べ物屋に入れば復活するだろう。


「そうだな。肉だ。雑に焼いた大量の肉が食べたい。熱せられてとろけたチーズが乗せられている肉だ」


「うわ、超おいしそう。私もそれにしよう」


「宿に戻ったら聖書の最終調整に入ろう。人間とはかくあるべし、と言う夢物語を書こう」


「うん。後世の人が清く正しく美しく生きられる様にね。――じゃ、行こう」


夜の闇の中、神学校を背にしたセレバーナとイヤナは歩き出す。


「イヤナは、どう思う?」


「ん?」


「友達としての縁を切ってでも、クレアの悪い行動を止めさせようとした私の判断だ」


「私も同じ事をすると思うよ。まぁ、私がセレバーナ、ペルルドール、サコの行動を止める事は出来ないと思うけど」


「そうか」


電気で光る街灯が等間隔で並んでいる大通りに出る。

夕飯の時間は過ぎているが、食べ物屋が有る付近は人が多い。

雪が降っている上に、魔物に注意しろと言われているにも関わらず。

女神教が強い地域だから、女神の加護を信じているんだろう。

まぁ、街中に魔物が出る方が不自然なので、危機感が無いのは仕方がない。

実際に痛い目を見なければ、日常のリズムを崩してまで警戒するのは難しい。

不自由無く寮生活をしていたクレアが、自身を襲った不幸の真実を知った途端に激しく親を憎んだ様に。


「私は間違っていなかったんだな」


「正解は分からないけどね」


「そうだな。――ただ、父の事だけは心残りだ。許してはいるが憎んでいる、と言う不自然な気持ちだけは解消したかった」


「そっか。それは残念だったね。でも、別に良いんじゃない。無理に解消しなくても」


「なぜだ」


背が低いセレバーナは、隣を歩くイヤナの顔を見上げる。

変わらず、何も無いのに楽しそうな顔。


「私の名前の意味、以前話したよね」


「確か、食い扶持が増える『嫌な』子、だから『イヤナ』だったか」


「そう。望まれていないのに産まれた子。だからお母さんにこう言われたよ。お前は家族の誰にも愛されていないってね」


「酷いな。そんな事を子供に言う親が居るのか」


「でもね、もしも運良く生き残れたら、自分の子供を全力で愛せって言われた。そうすれば、自分の子供からは愛して貰えるだろうからって」


「受け取り方によっては無責任だが」


「そうだけど、子供が親をどうこうしてもしょうがないと思う。不満が有るのなら、自分の現状と次の世代を良くした方が良い」


「一理は有るな」


「クレアさんはこう言ったんだよね。『女神は救いを求める者を優先的に見捨てる』って。それって、お母さんのその言葉と同じだと思うんだ」


「ほう。そのココロは?」


「神頼みって、人の力じゃどうしようも出来ない問題に直面したから、最後の手段でする物でしょ?」


「色々な状況が有ると思うが、まぁ、通常はそうだろうな」


「でもね、絶対に解決出来ない問題は、絶対に解決出来ないんだよ。そんな物にこだわる人を救っても意味が無いから見捨てる。何もおかしくはない」


白い息を吐きながら続けるイヤナ。

冬の夜は容赦無く少女達を冷やしている。


「ストーンマテリアルは、穂波恵吾が必死に願ったからチャンスをくれたでしょ?自力でなんとかしろって」


「なるほどな。その厳しさも愛と言えなくもない。困難を乗り越えてくれると子供を信じ、人を信じているからこそ冷たい態度を取ると」


「丸投げだけどね。でも、お母さんにそう言われたからこそ一人で生きられる様に頑張った。だから今ここに居る」


「女神のお導きで、か」


「お導きでね。今思うと、子供の頃にそれを悟ったから女神になる資格を得られたんだと思う」


右手を前に出したイヤナは、降っている雪の一粒を掴んだ。

冷え切って感覚が鈍っているので、実際に掴めたかどうかは本人にも分からない。


「幸せは自分で作れってね。やっぱり、幸せを掴もうと頑張ってる人が優先的に幸せになれる世界が一番正しい形だと思うし」


「ふむ。それがイヤナが目指す世界か。しかしそれだと、例えば『辻褄合わせ』で消えてしまう人を見捨てることにならないか?」


「どうして?」


「知らないとは言え、その人は消えたくないと思っているだろう。当然だ。しかし、絶対に救えないなら見捨てるしかない。それは私の考えと同じだ」


「違うよ。私はそう言う状況になったら、その人にちゃんと伝える。生き残りたいなら、自分で何とかしろって。私のお母さんと同じ様に」


「やはり私とは向いている方向が違うか」


「違うね」


「そうか」


セレバーナは一瞬だけ振り向き、神学校の方に視線を向けた。


「確固たる意志を持って動いているクレアも、イヤナに似た正解を導き出しているんだな」


クレアは親を試す為に魔物を使おうとしている。

親にチャンスを与えている。

もしも親が救うに値しない行動をしたら、迷いなく家を見捨てる。

神学校も辞めて裸一貫となり、自分の幸せを魔王教に求めるのだろう。


「人として間違っているがな」


「まだ正せるチャンスは有るよ。遠慮なくマギを使ってくれて良いよ」


「その時が来たらお願いするよ」


そこで会話が途切れ、無言のまま歩く二人の少女。

神学校からそこそこ離れたので、大人の通行が多くなっている。


「あそこの店なら肉料理を出してくれるだろう」


「うん」


二人の少女は肉を求める客達に紛れ、煙と脂で汚れている飲食店ののれんを潜った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ