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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第九章
298/333

28

「そ、それで、ここには何の用で来たんだ。魔王の弟子として魔王教を咎めに来たのか」


セレバーナは、絶え間なく冷や汗を流している父に無表情を向けた。

たっぷりと間を開けてから、ゆっくりと足を組む。


「咎めないと最初に断りましたが。ただ、忠告はします。魔王は、魔物を使って何かをする立場の人ではない」


「伝説では、魔王が魔物を引き連れて世界を混乱に陥れた、とあるが」


「詳細は話せませんが、真実は違う、とだけ言っておきましょう。どうやって魔物を使うのかは分かりませんが、それが魔王教の在り様なら間違っている」


「どう言う事だ?」


「言葉の通りですよ。貴方が父でなかったら放置していましたが、貴方を恨んでいない証拠に情報の提供をしていると言う訳です」


「そ、そうか。なら、ひとつ質問しても良いだろうか」


「私に答えられる事なら」


「人間が勝手に魔物を使っている事を怒ったりするんだろうか、魔王は。俺は、それが気掛かりなんだ」


なるほど、だから魔王教が咎められると思っていたのか。

魔王を怒らせるのは、普通の人間ならとても怖い事だろう。


「彼はこの事をまだ知りません。知っても放置するでしょう。しかし、魔物が人に害をなす事を嫌う存在が居ます。それは魔王に匹敵する存在です」


それはソレイユドールの事だが、詳しく説明するのが面倒なので適当にぼかした。

すると、父は普通の人間なら容易に連想する事を言った。


「それは女神か?魔王教には女神の天罰が下ると言いたいのか?」


「正解でもあり、間違いでもあります。魔王の弟子以外は真実を知る事を許されていません。ですので、痛い目を見る前に転職を進言します」


一人掛けのソファーに座っているセレバーナは視線を友人に切り替える。

今日も包帯で左目を覆っている。


「そして、クレア。君は私にウソを言ったな。魔王教は犯罪集団ではないと」


「それはごめんなさい。セレバーナが魔王教の味方になってくれるのなら真実を話すつもりだったの。いきなりこんな事は言えないからね」


「私が魔王教の味方になると思うのか?」


「神学生だった頃なら、無関心だったでしょうね。でも、魔王様の許で修業した今なら、あるいは」


「ふむ。まぁ、無い判断ではないか」


セレバーナは魔法の杖で手遊びをする。


「それはさておき。君は悪い事をしようとしている。聞いた話では、君の親は善意の行為をして、その逆恨みを君が受けたとなっている。それは真実か?」


「何の話?それは事件の事、よね?」


「君の親が何者かに低金利で金を貸し、その取り立てが乱暴だったせいで逆恨みされたと」


鼻で笑ったクレアは立ち上がり、ツインテール少女近くの長ソファーに座り直した。


「父が警察に伝えた苦しい言い訳ね。セレバーナもそれがウソだと承知しているから、私に話を聞きに来た」


「まぁな。いくら借りたのかは知らないが、魔物を使役出来る者を雇うくらいなら、普通に金を返した方が早くて簡単だからな」


「確かに。ブラックさんに支払う報酬は、私の貯金の半分を注ぎ込むレベルだからね」


「金が勿体無い。友人として忠告する。やめてくれ」


「……嫌。やめない」


片目のクレアは低い声で応える。

優しくて落ち着いた少女だったのに、今の声には心の闇が滲み出ていた。

悲しい事だ。


「私の両親は悪い事をして人を悲しませている。でも助かっている人も居る。だから私は試すの」


「試す?」


「両親の仕事、――裏の仕事だけど、それは確かに低金利の金貸し。でも、担保が酷いの」


「担保か。何を預けるんだ?」


「それは労働力よ。我が家は秘密裏に金山を所有していて、担保として預けられた血縁者をそこで働かせているの」


「ほう。それはウハウハだな。羨ましい。――借金を返せなかったらどうなるんだ?」


「勿論、借りた金額分、タダ働き。お金が返せれば、スズメの涙ほどの給金が出る。給金のピン跳ねをするから金利が安いって訳」


「なるほどなぁ。上手く考えた物だ」


「私を狙った者は、自分の子供が金山の毒に殺されたそうなの。自分の子供がやられた事をやり返した、と言うのが動機」


「だからエスカリーナ家の子供である君が狙われたのか」


「子供の死には同情するけど、私の左目を潰した犯人は絶対に許せない。私と同じ恐怖を味わって貰わないと気が済まない」


「ふむ。文字通り、目には目を、か」


「だって、犯人はそれを承知でお金を借りた訳でしょう?承知で子供を労働力として差し出したのでしょう?ならなぜ逆恨みをするの?おかしくない?」


想いを吐き出して興奮しているのか、クレアの声が次第に高くなって行く。

対照的に、セレバーナは努めて無表情で応える。


「君の憤りは分からんでもない。が、恨みの連鎖を起こすのは愚かだな」


クレアも足を組んで「全て承知の上よ」と言いながら自嘲的に笑む。


「勇者と警察が動いている中で被害者が出れば、きっと私は逮捕される。でも、私を襲った犯人はまだ逮捕されていないから、私も逮捕されないかも知れない」


セレバーナから顔を逸らしたクレアは、テーブルに置かれた邪悪な紋章が描かれているお盆を見た。


「どちらにしても、私は魔物を使って復讐する事を両親に報告するわ。事前にね。それによって、両親がどの様な行動に出るかを見たいの」


「二択だな。事前に思い直す様に説得するか、事を起こすかを疑い、本当に行動したら娘の犯行を隠すか」


「私の親は隠すでしょうね。多分、お金の力でもみ消すでしょう。そうなったら、私は両親にも罰を与えます」


「もう一度、あの盆に金を積むつもりか?」


セレバーナも邪悪な紋章が描かれているお盆を見る。


「出来るのならそんな事はしたくはない。でも、放置して我が家が真っ当になるとも思えない」


「そうか。クレアなりに、良くなる事を祈っての行動なんだな。――なら、恥を忍んで自分語りでも始めようか」


分厚いコートの下に有るスカートを押さえながら足を組み替えるセレバーナ。


「神学校時代、私は友人を作らなかった。クレアは例外だが」


妙に量が多い黒髪をツインテールにしている少女は照れ臭そうに目を伏せる。


「なぜクレアと友人になれたのかは、今でも分からん。気が合って、なおかつ会う機会が多かったからかな?」


「そうね。そんな感じね」


「なぜ友人を作らなかったかと言うと、理由は簡単だ。親しくなった人に裏切られたくなかったからだ。実の親に裏切られ、殺されかけたのだからな」


父に金色の瞳を向けるセレバーナ。

離れた位置で座っている中年男性は身動ぎする。


「今はもう平気だが、幼い頃はトラウマだった」


「分かるわ。私も親のせいで一生物の傷を受けたんだもの。――あ、セレバーナを裏切ったのって、ブラックさん……。ごめんなさい」


ブラックに向けて頭を下げるクレア。


「いや……事実だから」


そう応えたブラックは平静を保っているが、脇や背中は緊張で汗を掻いているだろう。

口数が少ないのがその証拠だ。

彼にも思う所は有るだろうが、構わず続ける。


「トラウマを乗り越えた覚えはないが、いつの間にか平気になっていた。その事に気付いたのは、心臓の手術をした時だった」


「死を覚悟する程の大手術だったそうね。ユキ先生からもお話は伺っているわ」


話を聞いていたブラックが驚いた顔をする。

連絡していないのだから知らなくて当然だ。

だからそれを無視するセレバーナ。


「ああ。その時はユキ先生のお世話になった。そこでな、私は恐れたんだよ。一緒に魔法の修行をしている仲間が先に行く事を」


自分の胸に手を置くセレバーナ。

心臓は元気に鼓動している。


「神学校では常に主席だった。つまり全員の先頭に立ってたから分からなかったのだ。同輩に置いて行かれる恐ろしさを」


セレバーナは首を捻りながらソファーの手摺りを摩る。

考えながら喋っているので、言葉を綴るスピードが若干遅い。


「つまり何が言いたいのかと言うと、共に歩んでくれる友人は大切にしたいのだ。――ううむ。自分語りとは難しい物だな。我ながら纏まりが無い」


照れ臭そうに鼻の頭を掻く黒髪少女。

珍しく表情が子供っぽい。


「結論だ。私は友人であるクレアを失いたくない。唯一の血縁者であるお父さんもだ。だから、私はこれから勇者と会う」


組んでいた足を大袈裟に開いて解いたセレバーナは、おもむろに立ち上がる。


「そして、クレアとお父さんの悪だくみを阻止して貰う。魔王の所に居た縁で、彼とは顔見知りだ。すぐ動いてくれるだろう」


「セレバーナ。どうして?」


「常識として、親と子がいがみ合ってはいけない。悪い事をしてはいけない。それだけだ」


クレアも立ち上がり、懐から普通サイズの封筒を取り出す。


「それでも私はやるわ。友達なら見逃して。これを成し遂げなければ、私は恨みと憎しみで壊れてしまう」


「魔王の真実を知っている身としては、見逃す事は出来ない」


「真実とは?」


「言えない」


「私の計画を阻止するなら、貴女を嫌いになるわ。そして、友人としての縁を切る」


「私は縁を切らない。嫌いにもならない」


見詰め合うセレバーナとクレア。

その緊張感にブラックが生唾を飲む。

これが男同士だったら殴り合いが始まりそうだが、しかしクレアは寂そうに笑んで雰囲気を壊した。


「残念だわ。こればかりは譲れない。左目の恨みは、とても深い」


お盆に封筒を乗せるクレア。


「この中には小切手が入っています。これで依頼は成立ですわね?ブラックさん」


「あ、ああ。そうだが……」


「では、行ってください。セレバーナは私が止めます」


「……分かった」


封筒を乗せたお盆を持って逃げて行く父を金色の瞳で追うセレバーナ。

しかしそれを追う事は無かった。


「私も残念だ。折角お父さんと再会出来たのに、こんな別れになるとはな。クレアともだ」


「私だって、こんな大怪我さえしなかったら。両親が恨みを買う事さえしていなければ」


クレアは包帯に隠された左目を手で押さえ、大きな音を立てて歯軋りする。


「では、勇者を探しに行って来る。さらばだ、クレア」


改心してくれるのではないかと言う期待を込めて友人を見詰めるセレバーナ。

数秒ほど相手の出方を待ってみたが、しかしクレアは静かに右目を閉じた。


「さようなら、セレバーナ」


絶望の無表情になったセレバーナは、転移魔法でその場から消えた。

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