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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第九章
297/333

27

勇者と会えたあの日から数日の時が経った。

一人でカフェに入ったセレバーナは、お気に入りの席が空いていたので真っ直ぐそこに座った。

神学生時代、嬉しい事が有った時に来ていた店なので、遠慮も緊張も無くゆったりとお茶を楽しんだ。

メープルシロップとブルーベリーをたっぷり乗せたフレンチトーストを自分のご褒美にする事がささやかな贅沢だった。


「そろそろかな」


変わらず美味しいフレンチトーストで満腹になったセレバーナは、安い紙で印刷されている雑誌を閉じた。

初めて昼間から何時間も居座ってみたが、こうしてのんびりしてみると退屈せずに落ち付ける。

ただ、時間を潰す為に食後も飲み物を注文したので、少々水腹だ。

ちょっと苦しいと思いながらマフラーを巻き、レジに向かう。


「ありがとうございました。――お久しぶりです、ブルーライトさん。また来てくださいね」


レジのお姉さんに苗字を呼ばれたセレバーナは、財布を懐に仕舞いながら驚く。

一年ぶりの来店なのに名前を覚えていてくれたのか。


「ええ、機会が有りましたらまた来ます。この店の静けさは大好きですから。とても落ち着きます」


口の端を上げて応える。

セレバーナにしては満面の笑みだが、顔の筋肉がほとんど動いていないので、多分相手には伝わっていないだろう。

それには構わずコートを羽織り、外に出る。

放課後になったばかりだと言うのに随分薄暗い。


「今夜は雪が降るな」


マフラーを上げて口元を覆ったセレバーナは、安雑誌を放り投げた。

空中で風に煽られて広がった雑誌に小さな雷が落ち、一瞬で灰になる。


「良し。付け焼刃の攻撃魔法だが、攻撃力はまぁまぁ有るな」


コートの下で魔法の杖を握っているセレバーナは、満足気に頷いた。

そのまま路地裏に入り、魔法で透明になって進む。

積もった雪に遺された小さな足跡だけが少女が居た証となった頃、とある屋敷に金髪の少女が訪れた。

窓が全て締め切られているので、玄関から差し込むぼんやりとした薄明光線以外の光源は無い。


「ブラックさん。例の物の用意は出来ましたか?」


「ああ。先方からの連絡は予定通り来たよ。魔物の名前はギーヴル。姿はこれだ」


玄関脇の客間に立っている中年男性が、小さな額に入っている絵を胸の高さに掲げた。

暗いので、玄関からの光に絵が向く様に角度を調節する。


「人を食べる魔物……ですか?」


玄関ドアを閉めた金髪の少女が絵に顔を近付ける。

冠を被り、人を飲み込みかけている大蛇の絵が描かれている。


「報酬が貰えれば、この絵の通りに実行される。しかし、クレアさん。本当に良いのかい?かなり残虐な報復になるが」


「構いません。この目の恨み、晴らさずには居られません」


「そうか。その罪を背負う覚悟が有るのなら、報酬をここに」


動物の骨にコウモリの羽根が生えている邪悪な紋章が描かれているお盆を客間の中心に有るテーブルに置くブラック。

クレアがそれに右目を向けたその時、居ないはずの第三者の声がした。


「復讐は愚かで無意味な選択だ。考え直す気は無いか?クレア」


驚く少女と中年男性。

周囲を見渡すが誰も居ない。


「その声は、セレバーナ?どうしてここに?」


「私の話を聞いてくれる気が有るのなら、まずは明かりを点けて貰えるかな」


ブラックがランプに火を灯すと、妙に量が多い黒髪をツインテールにしている少女の姿が現れた。

一人掛けのソファーに座り、偉そうに肘掛けに凭れ掛かっている。


「ありがとう。では、座って貰えるかな。私は君達を叱りに来たのではない。行動を咎める気も無い。ただ話をしたいだけだ」


言われるまま、クレアとブラックは適当なソファーに座った。

その表情には後ろめたさと緊張が見える。


「反抗されたら戦う覚悟をしていたので、荒事にならなくて良かった」


分厚いコートを着ているセレバーナは、手に持っている魔法の杖を弄りながら話を始める。

それは三十センチくらいののし棒の様な形をしていて、そうと言われなければ魔法の杖だとは思えないだろう。


「まずは、お父さん。先日は失礼な態度を取ってしまいましたね。会えるとは思っていなかったので、動転してしまいました。すみませんでした」


口では謝っているが、偉そうな座り方は変えない黒髪少女。

ブラックも緊張したまま応える。


「俺の方も驚いてまともに話せなかった。――セレバーナは魔法使いになる為に魔王に弟子入りしたと聞いていたが、本当だったんだな」


「ええ。一人前の魔法使いになれたから、貴方達が密会する場所に予め侵入出来た訳です。何日も掛けてここを調べた仲間は魔力切れで寝込んでますがね」


セレバーナは無表情のままで肩を竦める。


「さて。お父さんは魔王教とやらに加担して妙な商売をしている様ですね。それはもしや、私の名前を利用していますか?」


見透かされている。

そう思ったブラックはいつでも逃げられる様に身構える。

身体が全然成長していない娘の走りは遅そうなので、大人の足なら簡単に逃げられるだろう。


「あ、ああ。向こうが……魔王教の幹部が勝手にやっているんだ。俺が進んでやってる訳じゃない」


「ですが、お父さんもこうして魔王教の幹部として活動なさっている様ですが」


「真っ当な職に就こうとすると、ブルーライトの姓が邪魔になる。犯罪歴も有るし、食って行くのは裏社会しか無かったんだ」


「犯罪歴。それは、私を殺そうとした、あの?」


「そ、そうだ」


「他人も巻き込みましたから仕方がありませんね。被害者として、それには同情しません。――だからブラックと言う偽名を名乗っているんですね」


「本名だと『あのブルーライト家の者がどうしてこんな所に?』という目で見られる。機械関係の研究者だと事件を知っている人も多い」


真冬だと言うのに、中年男性は滴り落ちる額の汗を素手で拭った。


「それに、最近は全ての魔王教に目を付けられてしまう。だから名前を戻す事は出来なかった」


「全て、と言う事は、魔王教は他にも有るのか。――私が魔王に弟子入りしたから、そう言った集団が私の親に接触して来る、と」


「どこから情報を得るのかは分からないが、ああ言った輩にはどこからでも湧いて来る。だから逆に魔王教のひとつに入って守って貰っているんだ」


すると、サコの実家の方にも魔王教が邪魔した可能性が有るな。

まぁ、治癒魔法と言う女神の加護を大切にしている格闘道場なので、怪しい宗教は門前払いだろうが。

王城の方は……絶対に近寄らないな。

イヤナの実家はかなり遠くに有る様だが、怪しいから後で彼女に伝えておこう。


「なるほど、行方が分からない訳だ。ずっと行方不明だったので心配していたんですよ。お父さんが元気で良かった」


ツインテール少女が口の端を上げる。

幼馴染みであるクレアには、それが心からの笑みだと分かった。

しかし、脛に傷の有る父には邪悪な笑みにしか見えなかった。

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